こころに、打ち出の小槌を23

2018.07.23 Monday 22:40
0
    ぼくは、
    デザイン関係の仕事をしているせいか、
    いつもではないけれど、
    少し盛(も)り上げたい
    創価学会(そうかがっかい)のセミナーとか、
    創価学会の、ちょっとした総会みたいなものや、
    座談会などで、
    (座談会とは、創価学会で、月に一度、行っている
     地域の創価学会員が老若男女あつまって、
     いろいろ話したり、催(もよお)し物を行ったり、
     仏法(ぶっぽう)を学んだりする会合です)
    横幕(よこまく)とか、
    場を盛り上げるためのポスターみたいなものを、
    つくったりすることがあります。


    創価学会の活動は、
    ご本尊(ほんぞん)に、
    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
    となえていく信心の部分と、
    人と人との、つながり、ふれあい、
    対話といった、
    人間に接(せっ)していく部分が多いですが、
    ぼくみたいに特技を生かして、
    横幕やポスターを描(えが)くのも、
    創価学会の活動だと思っています。

    仕事で、疲(つか)れたあとなど、
    大変ではあるけれど、
    創価学会の活動は、苦(く)ではありません。


    なぜだろう?


    創価学会の活動をすると、
    歓喜(かんき)してきて、
    元気になってきます。


    創価学会の活動は、ボランティアではないし、
    仕事でもないし、
    人のためになるんだけど、
    人のために、やっているという自覚(じかく)も、
    あまり、ありません!

    というより、


    自分のために、やっている!


    という自覚のほうが強いです!!

    そして、現実に、自分のためになり、
    ひとつも無駄(むだ)がなく、
    自分に、すべて、帰ってくるのが
    仏法(ぶっぽう)であり、
    創価学会の活動だと思います。


    人生において、
    幸せになるために、
    絶対に必要なもの。

    たとえば、幸運とか、ラッキーとか、
    人徳(じんとく)とか、お金とか、
    愛とか、自分を愛してくれる家族とか、良き友とか、
    幸せになるためには、他にも、
    言葉では言いあらわせないものが、
    たくさん、あると思いますが、
    それら、人生において幸せになるために
    必要なものに、

    『幸せの元(もと)』

    と、名前をつけたとしたら、
    創価学会の活動は、
    その『幸せの元(もと)』を、生み出し、
    たくさん、たくさん、
    貯(た)めることができるんです!


    世界で、唯一(ゆいいつ)、
    『幸せの元』を、貯金できる方法!


    それが、創価学会の活動だと
    言っていいと思います。


    残念(ざんねん)ながら、
    この『幸せの元』を、自分自身のなかに、
    生み出し、貯金できる方法は、
    ほかには、ないでしょう・・・!


    これは、実際、やってみないとわからないし、
    体験しないと、理解できないと思います。



    昨日、部屋のすみっこに、かくれていた
    古い聖教(せいきょう)新聞を整理していたら、
    その中で、創価学会員の体験がのっていて、
    つい、読んでしまいました。

    すごく、感動しました。
    娘が、水頭症で生まれ、
    医師に、「長生きできないでしょう」
    と言われながら、
    創価学会の信仰で乗り越(こ)えてきた体験でした。

    その中で、その学会員さんが、

    「娘の食事などの面倒(めんどう)をみますから、
     時間に限りはありますが、
     それでも、創価学会の活動に懸命(けんめい)に
     取り組むと、命の姿勢(しせい)が、
     前向きになるんです!」

    と言っているんですが、
    やっぱり、創価学会の活動は、
    ほかの活動と、


    何かが?違(ちが)う!


    と、思いました。


    それは、

    『自分の生命の、こころの、
     方向性(ほうこうせい)を変える!』

    と、いうことだと思います。


    これは、簡単なようで、
    スゴイことだと思います!

    生命を、希望へ、勇気へ、幸せの方向に、
    変革(へんかく)していく!

    たぶん、表面的には、
    こころの方向性を変える方法は、
    いろいろ、あると思いますが、
    自分の生命の方向性を、
    根本(こんぽん)から変革していけるのは、
    創価学会の活動だけだと、
    思います。


    だから、創価学会の活動をすると、
    歓喜して、元気になってきて、
    希望が湧(わ)いてくるんだと、
    思います!


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


    南無妙法蓮華経は、
    『歓喜(かんき)の中の大歓喜なり!』


    と言う。

    それは、南無妙法蓮華経が、
    宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)できる、
    唯一の法則(ほうそく)だからだと思う。


    南無妙法蓮華経を、となえていると、
    無意識(むいしき)のうちに、
    自分の生命は変革され、
    蘇生(そせい)していくのを感じ、
    その、生命が変革されゆく喜(よろこ)びから、
    歓喜してくるんだと思う。

    そして、
    南無妙法蓮華経が、歓喜の中の大歓喜ならば、
    それを、実践(じっせん)している創価学会も、
    歓喜の中の大歓喜なんだと、
    思う!


    創価学会が、南無妙法蓮華経を、
    真実に実践している団体ならば、
    創価学会と、南無妙法蓮華経は、
    『同一』のリズムの中にあるんだと思う。


    南無妙法蓮華経が、宿命を転換できる、
    唯一(ゆいいつ)の法則ならば、
    創価学会の活動も、宿命を転換できる、
    唯一の方法なんだと、思う・・・・・!


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を22

    2018.07.15 Sunday 10:00
    0
      まえに、
      ブログを見ていたら、
      手首を、何度も、何度も、
      切ってある写真が、のっていた。

      自分の身体を、
      傷(きず)つける人の心は
      わからないけれど、
      自分の心を、自分で傷つけたり、
      卑下(ひげ)したりするのも、
      結局(けっきょく)、
      自分を傷つけているのと、
      同じなのかもしれない?と、
      思いました。


      それで、思い出したけれど、
      以前、
      ヤッパリ、自分を傷つけずにはいられない
      若い女性がいて、
      その女の子が、
      創価学会(そうかがっかい)に入会しました。

      その子が、創価学会に入会して、
      どうなったと思いますか?

      彼女は、


      『自分を、傷つけたくなくなった!』


      そうです。


      彼女の何が変わったのか?と、
      考えてみると、
      二つのことが、考えられると思います。

      一つ目は、

      『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』。

      彼女が、南無妙法蓮華経を、となえ始めた!
      ということです。

      『南無妙法蓮華経は、蘇生(そせい)の義(ぎ)なり』

      といって、
      南無妙法蓮華経を、となえていると、
      身体だけでなく、
      『こころ』も蘇生(そせい)していきます。

      だから、彼女の「こころ」も、
      蘇生して、
      もう、自分の身体を傷つけなくなったんだと、
      思います。

      それと同時に、

      『南無妙法蓮華経は、歓喜(かんき)の中の大歓喜なり』

      と、いって、
      南無妙法蓮華経を、となえていると、
      生命が歓喜して、
      幸せを感じるようになっていきます。

      南無妙法蓮華経を、となえることによって、
      彼女も、幸せを感じるようになってきて、
      楽しくなってきたので、
      もう、自分の身体を傷つける必要は、
      別(べつ)になくなったんだと、
      思います。

      これが、ひとつ。


      もうひとつの理由は、

      『ご本尊(ほんぞん)』です。

      ご本尊とは、
      南無妙法蓮華経をとなえる対象(たいしょう)のことで、
      日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
      未来の全民衆を幸せにするために、
      したためられ、書き残された、
      曼荼羅(まんだら)です。

      曼荼羅(まんだら)とは、
      祈る対象として、仏(ほとけ)などを、
      紙などに描きあらわしたもので、
      日蓮大聖人は、仏(ほとけ)の生命を、
      文字で、表現することによって、
      具体化と抽象化(ちゅうしょうか)の
      絶妙(ぜつみょう)のバランスで、
      仏の生命を、表現しきっています。


      この、ご本尊は、


      『自分を写す鏡(かがみ)』


      だと言われています。


      人間(自分)の中には、
      強くて、あったかくて、やさしくて、
      最高に素晴らしくて、
      魅力的(みりょくてき)な生命が
      あります。

      簡単(かんたん)に言うと、
      本来、自分が持っている、
      最高に素晴らしくて、
      最高に魅力的な自分!

      それを、ご本尊(ほんぞん)は、表現しています。


      人間の心は、たえず、変化しています。

      いつまでも、同じ心でいることは、
      ありません!
      朝、気持ちよく起きても、
      電車でチカンに会えば、ムカっとするし、
      また、会社で好きな人に会えば、
      うれしくなってくるし、
      上司(じょうし)に、しかられれば、
      がっかりする。

      人間の心が変化するといっても、
      いつも、何かの縁(えん)にふれて、
      心は、変化します。

      一万円札を拾(ひろ)えば、その縁によって、
      心が、喜んだりします。
      家族が、病気になれば、その縁(えん)によって、
      心は、悲しくなり、心配になります。

      好きな人に会えば、その縁によって、
      うれしくなり、嫌(きら)いな人に会えば、
      その縁によって、ムカッとします。

      感動する映画を見れば、その縁によって、
      心は、ジーンとしてきます。
      好きな音楽を聴(き)けば、その縁によって、
      心は、気持ちよくなります。


      『こころ』は、すべて何かの縁(えん)にふれて、
      『その縁に合った心』に、変化していきます。


      簡単に考えると、
      縁にふれることによって、
      その心が起こり、
      変化していくのが、
      心のシステムです。

      だから、いろいろな感情や心を、
      引き出すためには、
      それを、引き出す『縁(えん)』が、
      必要なんです。


      その、さまざまな心や感情を引き出す縁は、
      そのほとんどは、
      現実の社会の中に存在(そんざい)しています。

      だから、現実の社会に存在している
      縁によって起こる感情を引き出すのは、
      難(むずか)しくは、ありません!

      だって、普通に生きていれば、
      その縁に、普通にぶつかるので、
      その縁によって、その心や感情は、
      簡単に、引き出されます。


      けれど、ひとつだけ、


      『最高に強くて、あったかくて、やさしくて、
      とっても幸せで、最高に魅力的な自分自身』


      に、めぐり会えることは、
      現実の社会の中では、不可能(ふかのう)です。

      そりゃあ、そうです。
      自分は、ここにいるんだから、
      最高に素晴らしい、魅力的な自分が、
      自分の前に現(あらわ)れることは、
      ありえないからです。

      だから、本来、素晴らしい自分なのに、
      それを引き出す縁がないから、
      なかなか、
      本来の素晴らしくて魅力的な自分は、
      でてこない!

      ようするに、本当に幸せで、強くて、
      魅力的な自分を、引き出すには、
      そういう自分を引き出す『縁(えん)』
      自分は、本当は、こうなんだ!と、
      わからせてくれる『鏡(かがみ)』が、
      必要なんです。

      その鏡がないと、
      本当に素晴らしい自分は、
      出てこないんです!


      その本当に素晴らしい自分を、映(うつ)し出す鏡が、
      『ご本尊(ほんぞん)』なんです。


      最初に話しましたが、
      強くて、あったかくて、やさしくて、
      最高に素晴らしくて、魅力的な生命、
      本来、自分が持っている、
      最高に素晴らしくて、最高に魅力的な自分!
      を、表現したものが、ご本尊です。


      だから、自分を傷つけずにはいられなかった、
      女の子も、
      毎日、ご本尊の前に座(すわ)って、
      南無妙法蓮華経を、となえ、
      ご本尊に、縁する(対面する)ことによって、
      本当の自分を写す鏡である、『ご本尊』を見て、
      本当の自分を、思いだし、
      本当の自分に目覚(めざ)めていくんだと思います。


      だから、自分を、傷つけたりしちゃ
      いけない!

      って、
      こころから、わかったんだと、
      思います。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


      ほんとうの信仰とは、
      おすがりするものでは、ない!

      本当の自分に目覚め、
      本当の自分を自覚(じかく)して、
      みずからの、こころの中から、
      開花していくものだ!


      自分の中から悩みを解決し、
      自分の中から夢をかなえ、
      自分の中から幸せになってゆく。

      ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていると、
      だれでも、自然に、
      それが、できるようになってくる!


      それが、
      創価学会が信じ、
      実践(じっせん)している、
      南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
      『ご本尊(ほんぞん)』なんだと、思う。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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      こころに、打ち出の小槌を21

      2018.06.09 Saturday 11:34
      0
        以前は、
        いろんな週間雑誌が、よく、
        創価学会(そうかがっかい)に関するデマ記事を
        のせたりした。

        なぜ?そんなに、
        創価学会のデマ記事を、のせたかというと、
        創価学会の記事を、のせると、
        雑誌(ざっし)が、売れたからだそうです。

        だから、根も葉もないデマを、
        平気(へいき)で記事にして、のせた。

        また、創価学会が、
        どんなに正しいこと、
        素晴らしいことを、やっていても、
        心の、ひねくれた人間、
        ねじまがった人間、
        浅(あさ)はかで、心が狭(せま)い人間には、
        どうしても、それを、
        真っ直(まっす)ぐに
        受け止めることができず、
        ねじまげるだけ、ねじまげて、
        正反対の、最悪の醜(みにく)い出来事に、
        作り変え、
        でっちあげたりする。

        その醜(みにく)さ、愚(おろ)かさ、
        あさましさ、浅はかさには、
        あきれるばかりだけれど、
        創価学会が、それだけ素晴らしく偉大だから、
        多くの嫉妬(しっと)と中傷(ちゅうしょう)を、
        あびると、考えることもできる。


        世間の多くのデマや中傷は、
        ある意味、創価学会の偉大(いだい)さ!
        素晴らしさ!正しさに対する反動(はんどう)であり、
        それは、創価学会の正しさ、素晴らしさ、
        偉大さの証明になっていると、
        考えることも、できる。


        過去から現在にいたるまで、
        偉人(いじん)や、偉大な事をやってきた人、
        あるいは、正しき行動の人は、
        いつも、非難と中傷(ちゅうしょう)のデマに、
        さらされてきたし、
        それが、歴史上の事実だからです。

        ただし、創価学会は、
        デマは、
        絶対に許(ゆる)さない。
        週刊誌とかが、デマを、のせたならば、
        必ず、裁判に訴(うった)える。
        そうすると、120%、
        雑誌社側が、負ける。
        (創価学会が、勝利する)

        当然(とうぜん)だ!
        だって、デマなんだから。

        そのたびに、雑誌社側は、
        罰金(ばっきん)を払わされるんだけれど、
        日本の法律は、甘くて、
        罰金の金額が安いので、
        雑誌社側は、罰金を払(はら)っても、
        雑誌を売るために、また、
        創価学会のデマを、のせたりしました。

        けれど、雑誌社側が悪質だということで、
        だんだん、罰金の額の桁(けた)が、ちがってきて、
        しかも、自分の雑誌で、
        創価学会にたいする謝罪文(しゃざいぶん)を
        のせないと、いけなくなったりしました。

        そうなると、雑誌社側は、
        こんな、みじめなことは、ない!

        『私の雑誌は、うそしか言わない、
         デマ雑誌ですよーー!』

        と、
        自分の雑誌で、
        宣言(せんげん)しているようなものだからだです。

        それで、雑誌社側も、
        だんだん、考えを変えるようになってきて、
        こんどは、創価大学の出身者が、
        何々省とか、超一流の企業とかに、
        こんなに、たくさん就職している!とか、
        そんな話しを、
        記事にしたこともありました。
        (創価大学出身の人が、優秀で、
        実力があるということです。)


        節操(せっそう)がないというか、
        ともかく、雑誌が売れるのなら、
        なんでも、する!ということだろう。

        だから、こっちが気を許(ゆる)せば、
        また、好き勝手、デマを書き散(ち)らすのは、
        目に見えている!


        それが、悪質なデマ雑誌の
        本質(ほんしつ)なのだろう・・・。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


        時代は、動いている。
        世界は、刻々(こくこく)と変化している。


        創価学会の世界に広がる平和行動、
        正義の行動を、
        世界は、大きな賞賛と期待を持って、
        絶賛(ぜっさん)している。

        その真実の評価(ひょうか)は、
        小さな島国根性の
        悪(あ)しき三流のマスコミであろうとも、
        認(みと)めなくてはならない時代に、
        なってきていると思う。

        だから、デマ週刊誌であっても、
        創価学会のデマ記事が、
        書きづらくなってきたのは、
        確かだと思う。

        けれどそれは、創価学会が、
        デマ報道の悪を、徹底的に、
        責(せ)め抜(ぬ)いたからだと、思う!

        だまっていたら、なにも、変わらなかった!


        仏法(ぶっぽう)では、

        『声、仏事(ぶつじ)を成(な)す!』

        といって、
        声を出すことを、重要視(じゅうようし)する!

        悪は、悪だと、叫(さけ)びぬく!
        マスコミのデマ報道は、絶対に許さない!


        そう、叫びぬくことが、
        創価学会だけでなく、
        日本の、さまざまな環境(かんきょう)を、良くし、
        世界を、良くしていくことに、
        つながっていくんだと、思う・・・・!


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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        こころに、打ち出の小槌を20

        2018.06.06 Wednesday 11:57
        0
          よく、テレビなどを見ていると、
          大きな成功を、おさめた人、
          言い換(か)えれば『大金持ち』になった人の
          特集みたいな番組を、やっていたりする。

          逆に、どん底(ぞこ)を体験した人のストーリーなんかも、
          よく、やっている。

          どっちにしろ、大成功した人、
          あるいは、女性でも、男性でも、
          素晴らしい結婚をした人などを見ると、
          確かに、うらやましいと思う。

          よく、「勝ち組」とか「負け組」とかいう
          言葉を使うけれど、
          まあ、芸能人なんかは、
          勝ち組にしろ、負け組にしろ、
          なんか、トレンドとして、
          一種の個性として、軽(かる)く、使っているようです。

          けれど、「勝ち組」「負け組」という言葉は、
          良い、悪いは、別にして、
          まじめな人は、気に、さわることも
          あるようです。

          だれだって、勝ち組になりたいのは、
          あたりまえだと思うけれど、
          問題は、何を持って、勝ち負けを
          決めているかだと、思う。

          女性の場合で言えば、
          昔は、結婚して、家庭に入ってしまうことのほうが、
          負け組のように考えられていたようだ。
          けれど、現代は、逆になったようです。

          なにかとテレビとかで、話題になりやすい、
          勝ち組、負け組は、
          世間から見て、どう見えるかが、
          基準(きじゅん)になっていると思う。

          人から見て、

          「みっとも良いか?」
          「みっとも悪いか?」

          これが、勝ち負けの判断(はんだん)のように思う。


          けれど、
          仏法(ぶっぽう)のとらえかたは、違(ちが)う!


          人から見てではない。
          自分から見て、
          自分は、

          本当に、幸せなのか? 違うのか?

          それが、基準だ。

          だから、創価学会(そうかがっかい)の世界では、
          負け組は、いない!
          すべての人が、勝利に向かって、
          前進している自覚(じかく)がある。


          仏法(ぶっぽう)では、すべての人に、
          かけがえのない使命(しめい)がある!
          と、説く。
          無駄(むだ)な人なんて、絶対にいない!
          ひとりひとりが、自分と、世界の幸せのために、
          前進していく。

          世界には、いろんな人がいるし、
          いろんな立場(たちば)で、
          いろんな境遇(きょうぐう)の人たちがいる。
          同じ人は、ひとりも、いない!
          世間から見て、
          勝ち組だろうが、負け組だろうが、
          そのすべての人が、希望を持って、
          個性を発揮(はっき)して、
          幸せになっていく空間(くうかん)が、
          創価学会には、ある!

          どんな境遇の人であろうと、
          自分に最高の価値(かち)を見いだして、
          自分の存在に、
          最高の満足(まんぞく)を感じて生きていける場所が、
          創価学会には、ある!


          池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

          「創価学会は、幸せの安全地帯なんだよ」

          と、言っていたけれど、
          創価学会のひとりひとりが、
          どんな苦難(くなん)の中であっても、
          幸せの安全地帯を、感じることができる!


          こんな、スゴイところは、
          他には、絶対にないと思う。

          単純(たんじゅん)な言い方だけれど、
          創価学会は、
          ほんとうに素晴らしいところだと、思う!!


          だから、創価学会は、
          世界192ヶ国に広がり、
          どの国の人々にも、
          受け入れられているのだろう。


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


          『仏法(ぶっぽう)は、勝負!』


          と、よく言う。

          なぜ?仏法は、勝負なのか?

          仏法は、因果(いんが)の法則だ。
          現在の行動、現在の一念(いちねん/こころ)が
          原因となって、
          必ず、結果として、
          花開いていく!

          ようするに、仏法は、
          最高の勝利と幸せを、もたらす!
          ということです。

          たとえば、病気を克服(こくふく)できたり、
          困難な悩みを解決していけたり、
          夢や希望をかなえていけたりする。

          それは、この仏法(ぶっぽう)が、
          幸せを勝ち取る、
          絶対にして最強の法則(ほうそく)であるからであり、
          その仏法を、
          真剣に実践(じっせん)していくならば、
          当然の結果として、
          必ず、勝利できる!!

          しかも、その勝利は、
          世間的な、ありきたりな勝利ではない!

          死ぬ時に、
          『自分は、勝った!』と、
          心の底(そこ)から、ニッコリ、ほほえんで
          死んでいける、
          生命の底からの完全勝利だ。


          それが、仏法(ぶっぽう)でいう勝利だと思う。


          よく、この創価学会の仏法の信仰をつらぬいていくと、

          『生きていること自体(じたい)が、幸せ』

          という、絶対的幸せをつかめる!という。

          人から見て、どうだとか、いうのではない。
          もう、生きていること自体が、幸せなのだ。


          きっと、これが、
          ほんとうの、
          『勝ち組』なんだと、思う・・・!


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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          こころに、打ち出の小槌を19

          2018.05.28 Monday 11:55
          0
            以前、テレビで、
            癌(がん)で亡(な)くなった、
            プロサーファーの闘病記録の映像を、
            見たことがあります。

            闘病(とうびょう)記録を、
            パソコンのホームページにつづった日誌も、
            本になって出ているようです。
            映画にもなったので、
            知っているひとも、いるかもしれない。

            限(かぎ)られた生を、
            精一杯(せいいっぱい)、生きようとする姿に、
            人は、感動を、
            おさえることができない!


            けれど、ぼくが、
            心に残ったのは、
            その中で、彼の妻が、
            夫(おっと)が余命(よめい)何年、何ヶ月と
            宣告(せんこく)されても、

            この人が、生きている間は、


            『もしかしたら、この人は、ずっと、
             生きていてくれるんじゃないか?』


            と思っていたと、言っていたことです。


            その妻の思いを考えると、
            ほんとうに、彼が、
            死ななくて、すむ方法は
            なかったんだろうか?
            生きる可能性は、なかったんだろうか?と、
            思ってしまいます。


            もし、彼が、
            創価学会の仏法(ぶっぽう)を知っていたならば・・、

            もし、彼が、
            不可能を可能にする
            『ご本尊(ほんぞん)』と、
            南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法を、
            知っていたならば、
            病気を克服(こくふく)する可能性が、
            あったのでは、ないか?

            と、いうことです。


            もちろん、絶対、治(なお)るとは言いません!
            人間は、いつかは死ぬし、
            創価学会(そうかがっかい)の人も、
            当然、
            病気にかかって死ぬ人は、
            いっぱい、います。

            けれど、それにも、かかわらず、
            創価学会の人が、癌(がん)や、さまざまな病気で、
            余命何ヶ月と、宣告されながらも、
            南無妙法蓮華経を、真剣に、となえぬき、
            不可能を可能にする必死の信心によって、
            医学では、不可能と言われた病気を
            克服して、元気に生き切っている人が、
            現実に、
            たくさん、たくさん、いるからです!


            少なくとも、この創価学会が
            実践(じっせん)している仏法には、
            医学で、不可能と言われた病気さえも、
            治す可能性がある!ということだと、
            思います。


            だから、もし、このプロサーファーの彼が、
            創価学会の仏法(ぶっぽう)を知っていたなら、

            『この仏法に、賭(か)けてみよう!』

            と、思ったかもしれない!と、
            思ってしまうんです・・。



            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

            日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
            御書(ごしょ)に、
            (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
            論文とか手紙を、すべて、まとめたものです)

            『南無妙法蓮華経は、師子吼(ししく)のごとし。
             いかなる病(やまい)さはりを、なすべきや!』

            と、あります!

            南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
            となえることは、
            ライオンが、ほえるようなものだ。
            だから、どんな病気も、
            南無妙法蓮華経をとなえぬく人を、
            わずらわすことは、できない!
            ということだと、思う。

            ようするに、南無妙法蓮華経には、
            人間の中にある、
            最高に充実(じゅうじつ)した、
            ほとばしるような、すざまじい生命力を、
            湧(わ)き上がらせる力(ちから)が、ある!
            ということだと、思う!

            生きようとする、
            全宇宙を爆発(ばくはつ)させるような、
            最大にして、最強の、最も尊(とうと)い生命力を、
            自分の中から、爆発させる可能性が、
            南無妙法蓮華経には、
            あるんだと思う。


            その南無妙法蓮華経の可能性は、
            時として、奇跡(きせき)とも思えるような
            結果さえも、
            生み出すことが、ある・・・・!!


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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            category:病気 | by:kokouchi | - | -

            こころに、打ち出の小槌を18

            2018.05.21 Monday 08:00
            0
              先日、ルネサンス時代の詩人、
              ダンテが、最愛の女性の死、
              祖国からの不当な追放(ついほう)という、
              二つの大きな失望を味(あじ)わいながらも、
              有名な古典『神曲(しんきょく)』を
              つくりだしたという話しを、
              しました。

              ダンテの話しを通して、
              苦難(くなん)や、悲しみを乗り越(こ)えて、
              希望を持って、
              生き切っていく!という内容の話しを
              したんだけれど、
              それで、思い出したんですが、

              前に、
              テレビで、大変な苦難や悲しみを
              乗り越えて、
              がんばって生きている家族の
              特集みたいな番組を、やっていました。

              確か、四組か、五組の家族の、
              涙を、そそるような体験を、
              過去から現在にいたるまで、
              ドキュメンタリー仕立(した)てで、
              放映(ほうえい)していました。

              その中で、一組だけ、
              創価学会員の家族がいて、
              その創価学会(そうかがっかい)の家族は、
              娘を急病で亡(な)くし、
              また、その後、
              父も、癌(がん)で亡くなり、
              その中で、
              母と、残された二人の兄弟が、
              悲しみに負けず、
              兄弟のひとりは、弁護士として、
              もうひとりは、プロボクサーとして、
              社会で、勝利を、
              おさめていく!とい内容だった。


              それで、思ったんですが、
              その創価学会の家族以外の、
              他の四組の話しも、涙を誘(さそ)うんだけれど、
              他の四組の人たちの話しは、
              なにか、じめじめして、
              暗(くら)い感じがしました!

              それに比(くら)べると、
              その創価学会の家族の場合、
              確かに、他の四組と同じように、
              つらく、悲しいはずなのに、

              何かが?明るい!!
              希望が、光っている!!

              絶対に負けない!という強いエネルギーを、
              感じました!


              その違(ちが)いは、何なんだろう?
              と考えたとき、
              やはり、生命のパワーが違う!
              生きていく上での、信念(しんねん)が違う!
              後ろ向きでない!
              必ず、幸せになるんだ!という、
              確信(かくしん)を、
              強く、強く、感じました!!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              この家族の確信が、
              何であるのかと言えば、
              それは、当然(とうぜん)、
              創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰です。

              『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
              歓喜(かんき)の中の大歓喜なり』
              という、生命から、無限の希望を引き出す、
              『南無妙法蓮華経』の信仰です!

              この南無妙法蓮華経を、となえて生きる信仰が、
              どんな苦難(くなん)にあったとしても、

              「絶対に負けない!」
              「絶対に、勝ってみせる!」

              という、
              強い、強い、生命力を、
              この家族の中に、
              湧(わ)き上がらせているんだと、
              思います!


              よく、南無妙法蓮華経を、となえることは、
              ライオンが、ほえることに、
              たとえられます。

              百獣(ひゃくじゅう)の王、ライオンがほえたら、
              どんな苦難や悲しみの悪魔も、
              恐(おそ)れおののいて、
              逃げていってしまう!

              南無妙法蓮華経を、となえることによって、
              ライオンが、ほえるように、
              自分の生命の中から、
              王者の生命を引き出して、
              自分の中にある、
              悲しみや、失望(しつぼう)、苦しみといった、
              暗い命を追っ払(おっぱら)い、
              みずからの心に、
              希望と幸せの太陽を、サンサンと、
              輝(かがや)かせていく!!


              いわば、南無妙法蓮華経をとなえることは、
              希望と勇気と幸せの叫(さけ)びなんです。


              南無妙法蓮華経を、となえることによって、
              自分の中にあるマイナスの命(いのち)を打ち破り、
              自(みずか)らの生命を、
              蘇生(そせい)させ、輝かせ、
              人生と未来を、幸せに変革していく。


              それができる、
              究極(きゅうきょく)の力が、
              創価学会の、
              南無妙法蓮華経をとなえる
              仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。


              だから、テレビで紹介された、
              創価学会の家族にしても、
              大変な苦難に、遭(あ)いながらも、
              『明るい!』
              『輝いている!』


              それは、
              現実に、苦難を乗り越えて、
              夢や希望を、
              かなえていける生き方でもある・・!

              また、それが、
              南無妙法蓮華経を、となえて生きる、
              創価学会の生き方なんだと、
              思う。


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              JUGEMテーマ:日記・一般



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              こころに、打ち出の小槌を17

              2018.05.13 Sunday 12:07
              0
                前に、
                ルネサンス時代の詩人である、
                ダンテの古典、
                『神曲(しんきょく)』を、読んだ。

                聖教(せいきょう)新聞に、ダンテの話しがのっていて、
                それで、興味(きょうみ)をもって、
                読んだんだけれど、
                地獄篇、煉獄篇、天国篇の三部からなっていて、
                地獄編、煉獄編(れんごくへん)は、
                映画みたいなイメージがあって、おもしろいんだけれど、
                天国編は、まったく、わけがわからなくて、
                難(むずか)しかったです。

                ダンテ自身も、天国編の前書きで、
                「天国編は、地獄編、煉獄編とは違(ちが)い、
                 難解(なんかい)きわまりないので、
                 その難解さに、ついていけない人は、
                 読むのを、やめたほうがいい!」
                と、自分で、言っていたので、
                よく、わからなくて当然(とうぜん)かもしれない。

                天国編となると、まったく、
                空想に頼(たよ)らざるえないので、
                きっと、ダンテも、よく、
                わかっていなかったのではなかろうか・・・・?
                (ダンテ先生、失礼いたしました・・・!)


                それは、ともかく、
                ダンテは、
                ルネサンス時代の偉大(いだい)な詩人だった。

                ダンテは、最愛の女性の死、
                そして、祖国からの不当な追放(ついほう)という、
                二つの大きな失望を、味(あじ)わいながらも、
                その中から、この有名な古典『神曲』を、
                つくりだしていったと、いうことだ。

                まえに、聖教新聞に書いてあったけれど、
                ダンテは、自(みずか)らの私的な不幸を、
                世界の多くの人々の希望へと、
                転換(てんかん)していったと、いう。

                失(うしな)うことは、
                あまりにも、つらいし、
                残酷(ざんこく)だ!

                けれど、


                『失うことは、ゼロではない!』


                たとえ、あまりにも大切なものを失ったとしても、
                人間は、そのマイナスをプラスに転換する力を、
                持っているということだと、
                思う。


                人間が本来、持っているエネルギーというのは、
                スゴイんだと、思う!

                けれど、ダンテのような精神の持ち主なら
                ともかく、普通は、失ったマイナスを
                プラスに転換してゆくのは、
                なかなか、難しいし、
                それには、物凄(ものすご)いパワーが、
                必要だと思う・・。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                仏法(ぶっぽう)では、
                『変毒為薬(へんどくいやく)』という法則が、
                説かれています。

                読み下(くだ)すと、
                「毒を変じて、薬となす」と読むんですが、
                人生における、さまざまな苦難、災難、苦悩を、
                逆(ぎゃく)に、薬に変えていくという意味です。

                さっきも言いましたが、
                苦難や災難、苦悩は、
                それはそれは、辛(つら)いし、悲しいし、
                それを乗り越(こ)えていくには、
                物凄いエネルギーが必要です。

                どう考えても、
                『辛すぎる!!』
                と、言っていい。

                けれど、仏法(ぶっぽう)では、
                その苦難を、
                乗り越えていく法則(ほうそく)が、
                説かれている!

                ということは、仏法には・・・、
                創価学会(そうかがっかい)が実践している
                南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                となえる仏法には、
                どんな苦難も、乗り越えられる、
                ものすごいパワーとエネルギーが、
                ある!と、いうことだ。


                人間には、苦難を乗り越える、
                素晴(すば)らしい生命力が、ある!!


                たしかに、それは、あるんだけれど、
                その素晴らしい生命力を、
                どうやって?出したらいいのか?
                そのことが、わからないし、
                知らない人が、多いと思う。

                実は、その方法を、
                だれでも、簡単にできるようにしたのが、
                仏法(ぶっぽう)であり、
                日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
                「南無妙法蓮華経」の信仰なんです。


                人間には、どんな苦難も、乗り越(こ)えられる、
                すごいパワーと、エネルギー!生命力が、ある!


                その根本の生命力!
                どんな苦難や悲しみ、悩みも、乗り越えていける、
                強力なエネルギー、強い強い生命力!

                その強力なエネルギー、
                あらゆる苦難を乗り越えていける生命力のことを、
                『南無妙法蓮華経』と言うんだと思う。

                そして、
                その強力なエネルギー、生命力を、引き出す方法が、

                『南無妙法蓮華経を、となえる!』

                と、いうことです。


                単純に言うと、
                創価学会の人たちは、
                『南無妙法蓮華経を、となえる!』ということを、
                知っているし、実践(じっせん)している!!

                だから、創価学会の人たちは、
                さまざまな苦難にも負けないで、変毒為薬して、
                幸せを、つかんでいけるんだと思う・・・・!


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                こころに、打ち出の小槌を16

                2018.05.06 Sunday 12:52
                0
                  以前、
                  創価学会(そうかがっかい)の幹部の人が、
                  話してくれました。

                  池田SGI(創価学会インターナショナル)会長は、
                  世界平和のために、
                  さまざまな国の識者と対談(たいだん)したり、
                  また、世界中のSGI(創価学会)のメンバーを、
                  激励(げきれい)するために行動してきました。

                  当然、国によって言語が違(ちが)うわけだから、
                  いろんな国の言語の通訳が、
                  必要になってきます。

                  だいたい、池田先生の通訳(つうやく)は、
                  創価学会の人が、やっているんだけれど、
                  昔は、なかなか、良い通訳の人がいなくて、
                  世界の超一流の学者や、識者と、
                  池田先生が対談をしていると、
                  世界の学者や識者から、
                  「通訳を、かえてくれ!」とか、
                  よく、言われたそうです。

                  それで、
                  はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
                  池田先生が、昔、

                  「いつか、創価学会も、超一流の通訳をつれて、
                   各国の識者と対話できるようになろう!」

                  と、言ったそうです。


                  そして、現在、
                  創価学会の通訳たちは、
                  組織(そしき)を超えて、
                  世界で、ひっぱりだこの『超一流の通訳』になって、
                  活躍(かつやく)しているそうです!


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                  仏法(ぶっぽう)は、必ず!
                  結果を、ともなう。


                  創価学会の人材として活躍していくと、
                  必ず、組織を超(こ)えて、
                  世界で活躍していけるような、
                  素晴らしい人材に、
                  なってゆく!!


                  これが、仏法の法則(ほうそく)なんだと思う!


                  仏法の法則は、
                  人間の幸不幸を決定づける、
                  生命における
                  因果(いんが)の法則だから、
                  原因と結果が、はっきりとしている。

                  仏法という、幸せになる絶対的な法則であり
                  力(ちから)にもとづいて行動していった時、
                  その原因によって、
                  必ず、『幸せ』という結果が出てくる。

                  だから、
                  仏法のために(創価学会のために)努力したことは、
                  絶対に、ひとつも、無駄(むだ)にならない!
                  やったことが、すべて、自分に、
                  ブラスの結果、幸せの結果として、
                  返(かえ)ってくる!

                  たとえば、悩みが解決したり、
                  夢が、かなっていったり、
                  仏法(ぶっぽう)のために、
                  創価学会のためにやったことが、
                  必ず!すべて、
                  現実の社会のなかで、
                  花、開いていく!


                  それが、創価学会が実践(じっせん)している、
                  仏法の信仰です。


                  すごいことだと思う!!


                  それは、この仏法(ぶっぽう)が、
                  人間を幸せにする、人間を勝利させる、
                  本当の生命の法則であることの、
                  証明になっている・・・・・!


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                  こころに、打ち出の小槌を15

                  2018.04.28 Saturday 13:25
                  0
                    まえに、テレビで、
                    筆跡(ひっせき)による性格診断(しんだん)を、
                    やっていたのを見たことがあります。

                    けっこう!、当たるらしい!
                    そういえば、以前、
                    お笑い番組でも、
                    筆跡診断に、はまった女性のコントを、
                    やっていました。

                    文字は、無意識に書くと、
                    脳(のう)と、連動(れんどう)していて、
                    性格が、出てしまうという
                    根拠(こんきょ)もあるらしい。

                    確かに、良く当(あ)たるにしても、
                    ぼくが思うのは、
                    当たったから、どうなんだ?ということです!
                    当たったからといって、
                    自分の人生は、切り開けるのだろうか?
                    確かに、当たったとして、

                    『じゃあ、そういう自分を、
                     いったい、どうすれば、いいんだ?』

                    と、いうことです。

                    そういう自分に生まれてしまったということを、
                    あるいは、そういう性格になってしまった、
                    自分を、いったい、どうしてくれるんだ?
                    ということです。

                    筆跡診断にしても、血液型性格診断にしても、
                    当たったのは、自分の過去のことです。
                    それらが、ある意味、確かに当たるにしても、
                    それで、自分の未来を、希望を持って、
                    しかも、良い方向に、
                    変革(へんかく)していく力になるのか?
                    ということです。

                    そういう自分である自分に対して、
                    筆跡診断も、血液型診断も、
                    未来の自分に、
                    なにも、解決策(かいけつさく)を、
                    与(あた)えてくれない!!と、いうことです。


                    仏法(ぶっぽう)では、
                    現当二世(げんとうにせ)という言葉が、
                    あります。
                    過去は、関係ない!
                    現在と、未来が、大事だ!!という意味です。

                    日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
                    御書(ごしょ)に、
                    (御書とは、日蓮大聖人が書いた
                    論文や手紙を、すべて、集めたものです)

                    『過去の因(いん)を知らんと欲(ほっ)せば、
                     その現在の果(か)を見よ。
                     未来の果を知らんと欲せば、
                     その現在の因を見よ!』

                    とあります。

                    過去の自分が原因となって、
                    現在の自分がある。
                    それは、しょうがない。
                    だから、こんどは、未来の結果を希望したいなら、
                    現在の自分を、見ていきなさい!
                    現在の自分を、変えていくことによって、
                    未来は、どうにでも、変わっていく!
                    というような、意味です。

                    もっと、厳密(げんみつ)に言うと、
                    現在の自分の一念(いちねん/こころ)を、
                    変えていくことによって、
                    未来は、大きく開けていく!ということです。

                    創価学会(そうかがっかい)の人が、
                    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                    となえるのは、
                    南無妙法蓮華経を、となえることによって、
                    自分の一念(いちねん/こころ)を、変革して、
                    未来を、変えていけるからだと思う。

                    南無妙法蓮華経には、一念(いちねん/こころ)を、
                    良い方向に、大きく変革していく力が、
                    ある!ということです。

                    それは、別に、自分とは
                    かけ離(はな)れた人間になるということではなく、
                    自分らしい、自分の個性を生かした、
                    自分らしい幸せが、つかめる!という意味です。

                    それが、現実に、確実に、できるから、
                    創価学会の人たちは、
                    日々、ご本尊(ほんぞん)に、
                    南無妙法蓮華経を、となえていくんです!

                    (※ちなみに、ご本尊(ほんぞん)とは、
                    仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、
                    自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、
                    その自分自身の生命に、
                    必ず、幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
                    そなわっていることを、あらわしたものが、
                    ご本尊です。)


                    欠点(けってん)は、ある意味、
                    長所にも、なりえます。
                    創価学会が実践(じっせん)する、
                    仏法(ぶっぽう)の信仰は、
                    どんな人であっても、すべての人が、
                    欠点を長所に変え、
                    自分らしい幸せが、つかめるようになっていく。

                    ご本尊に南無妙法蓮華経を、
                    となえていくことによって、
                    今と未来を、みつめながら、
                    現実の中で、
                    悩みの解決に挑戦し、
                    また、夢や希望を、
                    かなえていくことに挑戦していく。

                    それは、
                    自身の境涯(きょうがい)を
                    変革していくことにつながり、
                    今まで欠点だと思っていたことまでが、
                    長所のように変わっていく。

                    すべてが、プラスに生(い)かされると
                    いうことです。

                    そしてそれは、
                    本当に悩みを解決することにつながり、
                    夢や希望をつかんでいくことに、
                    なっていきます。
                    その現実にあらわれた、
                    「幸せ」という、
                    はっきりとした結果を、つかみながら、
                    確信と歓喜(かんき)をもって、
                    進んでいける!


                    それが、創価学会の、
                    南無妙法蓮華経を、となえて、
                    人生を歩(あゆ)む、
                    仏法の信仰なんです。


                    だから、この仏法(ぶっぽう)では、
                    筆跡診断も、血液型診断も、
                    気にすることはない。
                    そこには、過去を否定することもなく、
                    未来を、小さく固定(こてい)することもなく、
                    現在を未来に向けて、
                    希望を持って前進していける
                    真理(しんり)と、哲学(てつがく)と、
                    生活観!が、あります。

                    これは、ほんとうに、
                    素晴らしいことだと、思います!!!


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                    ちなみに、ぼくは、
                    左利(き)きですが、
                    子供のころ、ちゃんと、
                    右手で、文字を書く練習をしたので、
                    左手でも、右手でも、
                    文字を書くことができます!

                    筆跡診断によると、
                    ぼくの場合、
                    右手で書いた場合と、左手で書いた場合とでは、
                    まったく、反対のような性格診断がでます!

                    ということは、筆跡診断で、
                    自分の性格を、判断(はんだん)されるほど、
                    人間は、ちゃちな生き物では、なく、
                    自分次第で、可能性は
                    無限に開けていく!
                    ということだと、思います。

                    それに、筆跡診断なので、
                    そう言われれば、
                    それに合ったことなど、
                    人間なら、ひとつや、ふたつ、
                    見つけ出すことは、簡単(かんたん)だと思います!

                    問題は、筆跡診断や、血液型診断で、
                    自分は、こうだ!と決め付けて、
                    自分を、型(かた)に、はめないことだと思います!


                    南無妙法蓮華経は、
                    変革の仏法(ぶっぽう)!

                    日々、
                    南無妙法蓮華経を、となえることによって、
                    自己の生命を、変革し、
                    昨日より今日!
                    今日より明日!と、
                    自分の個性を生かした、
                    自分らしい幸せを、めざして、
                    希望を持って、確信を持って、
                    生きていきたいと、思います。


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                    こころに、打ち出の小槌を14

                    2018.03.28 Wednesday 12:16
                    0
                      このまえ、ビデオで、
                      『星になった少年』という映画を、
                      見ました。
                      日本人で、初めて、ゾウ使いになった
                      少年の物語で、
                      哲夢という若くして亡くなった少年の実話を
                      もとにして、作られた映画なので、
                      大げさな脚色(きゃくしょく)もなく、
                      たんたんと描(えが)かれていました。

                      それでいて、
                      親子の絆(きずな)など、
                      しんみりと、ジーンとくる映画でも、ありました。

                      また、気が向いたら、
                      この映画の話しでもしようと思います。


                      この映画を見て、思い出しましたが、
                      日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
                      御書(ごしょ)に、
                      (御書とは、日蓮大聖人が書いた手紙や論文を、
                       すべて、集めたものです)
                      ゾウの話しが、のっていました。

                      御書によると、
                      象(ゾウ)は、敵(てき)の力によって、
                      強い相手ならば、強い力を、
                      弱い相手ならば、それだけの弱い力を
                      だして、戦うそうです。
                      ゾウは、とても利口(りこう)な、
                      やさしい動物なのかもしれません。

                      けれど、
                      これも、御書に、書いてあるんですが、
                      それとは逆(ぎゃく)に、
                      ライオンは、
                      相手の強い、弱いにかかわらず、
                      全力を出して、戦うそうです。

                      日蓮大聖人の別の御書(ごしょ)に、

                      『師子王(ししおう・ライオン)は、
                      前三後一(ぜんさんごいち)と申(もう)して、
                      ありの子を、とらんとするにも、
                      又(また)たけきものを取らんとする時も、
                      いきをいを出す事は、同じき事なり』

                      と、あり、ライオンは、
                      三本の足を前に、一本の足を後ろに構(かま)えた、
                      ベストの姿勢(しせい)で、アリ(虫)の子を
                      とろうとする時も、猛獣(もうじゅう)をとろうとする時も、
                      全力を出して、戦うという意味です。

                      動物学的に、どうかは知りませんが、
                      ライオンが、なぜ、
                      百獣(ひゃくじゅう)の王かというと、
                      たとえ、どんな状況(じょうきょう)であれ、
                      ライオンは、全力を、出し切るということだと、
                      思います。


                      創価学会(そうかがっかい)の信仰を、
                      真面目にやって、
                      「カリスマ美容師」になった人が
                      いるんですが、
                      その人が、
                      「どうしたら、チャンスを、つかめるか?」
                      という質問に対して、

                      まず、創価学会の信心、活動を、
                      まじめにやることは、当然(とうぜん)として、
                      人って、これが、チャンスだっていう時は、
                      全力をだすけど、そうでない時は、
                      往々(おうおう)にして、全力を出さない場合が、
                      多い!
                      けれど、本当は、チャンスは、
                      どこから生まれるか、わからないので、
                      『たとえ、どんな時でも、ベストを尽(つ)くす!!』
                      ということを、あげていました。

                      また、そのカリスマ美容師が、
                      最も、貧乏(びんぼう)で苦しいときに、
                      創価学会の先輩に相談したら、
                      その時の状況からすると、
                      そんな夢みたいなこと、あきらめろ!
                      とか言われても、
                      おかしくなかったけれど、

                      『絶対に、あきらめるな!
                      信心根本に、戦っていけば、
                      必ず、夢は、かなうよ!!』

                      と、力強く、
                      励(はげ)まされたそうです。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                      『ベストを尽(つ)くす!』

                      この言葉は、素晴らしい言葉だと思います。
                      ベストを尽くすことに、差別(さべつ)はない!
                      どんな人でも、ベストを尽くすことは、
                      できる!
                      それでいて、こんな価値(かち)のある行動は、ない!


                      人は、往々(おうおう)にして、
                      自分を、世間や人と比(くら)べたりして、
                      卑下(ひげ)しがちかもしれない!
                      けれど、そんなこと考えるまえに、
                      自分に、問いただすべきなんだと思う。

                      『自分は、自分にベストを尽くしているのか?』

                      小さなことであっても、
                      それが、自分の目標を、かなえていく道であり、
                      人生の勝利者、
                      百獣の王になっていく道なんだと、
                      思う・・・・・!


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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