こころに、打ち出の小槌を19

2018.05.22 Tuesday 12:39
0
    以前、テレビで、
    癌(がん)で亡(な)くなった、
    プロサーファーの闘病記録の映像を、
    見たことがあります。

    闘病(とうびょう)記録を、
    パソコンのホームページにつづった日誌も、
    本になって出ているようです。
    映画にもなったので、
    知っているひとも、いるかもしれない。

    限(かぎ)られた生を、
    精一杯(せいいっぱい)、生きようとする姿に、
    人は、感動を、
    おさえることができない!


    けれど、ぼくが、
    心に残ったのは、
    その中で、彼の妻が、
    夫(おっと)が余命(よめい)何年、何ヶ月と
    宣告(せんこく)されても、

    この人が、生きている間は、


    『もしかしたら、この人は、ずっと、
     生きていてくれるんじゃないか?』


    と思っていたと、言っていたことです。


    その妻の思いを考えると、
    ほんとうに、彼が、
    死ななくて、すむ方法は
    なかったんだろうか?
    生きる可能性は、なかったんだろうか?と、
    思ってしまいます。


    もし、彼が、
    創価学会の仏法(ぶっぽう)を知っていたならば・・、

    もし、彼が、
    不可能を可能にする
    『ご本尊(ほんぞん)』と、
    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法を、
    知っていたならば、
    病気を克服(こくふく)する可能性が、
    あったのでは、ないか?

    と、いうことです。


    もちろん、絶対、治(なお)るとは言いません!
    人間は、いつかは死ぬし、
    創価学会(そうかがっかい)の人も、
    当然、
    病気にかかって死ぬ人は、
    いっぱい、います。

    けれど、それにも、かかわらず、
    創価学会の人が、癌(がん)や、さまざまな病気で、
    余命何ヶ月と、宣告されながらも、
    南無妙法蓮華経を、真剣に、となえぬき、
    不可能を可能にする必死の信心によって、
    医学では、不可能と言われた病気を
    克服して、元気に生き切っている人が、
    現実に、
    たくさん、たくさん、いるからです!


    少なくとも、この創価学会が
    実践(じっせん)している仏法には、
    医学で、不可能と言われた病気さえも、
    治す可能性がある!ということだと、
    思います。


    だから、もし、このプロサーファーの彼が、
    創価学会の仏法(ぶっぽう)を知っていたなら、

    『この仏法に、賭(か)けてみよう!』

    と、思ったかもしれない!と、
    思ってしまうんです・・。



    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

    日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
    御書(ごしょ)に、
    (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
    論文とか手紙を、すべて、まとめたものです)

    『南無妙法蓮華経は、師子吼(ししく)のごとし。
     いかなる病(やまい)さはりを、なすべきや!』

    と、あります!

    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
    となえることは、
    ライオンが、ほえるようなものだ。
    だから、どんな病気も、
    南無妙法蓮華経をとなえぬく人を、
    わずらわすことは、できない!
    ということだと、思う。

    ようするに、南無妙法蓮華経には、
    人間の中にある、
    最高に充実(じゅうじつ)した、
    ほとばしるような、すざまじい生命力を、
    湧(わ)き上がらせる力(ちから)が、ある!
    ということだと、思う!

    生きようとする、
    全宇宙を爆発(ばくはつ)させるような、
    最大にして、最強の、最も尊(とうと)い生命力を、
    自分の中から、爆発させる可能性が、
    南無妙法蓮華経には、
    あるんだと思う。


    その南無妙法蓮華経の可能性は、
    時として、奇跡(きせき)とも思えるような
    結果さえも、
    生み出すことが、ある・・・・!!


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を18

    2018.05.21 Monday 08:00
    0
      先日、ルネサンス時代の詩人、
      ダンテが、最愛の女性の死、
      祖国からの不当な追放(ついほう)という、
      二つの大きな失望を味(あじ)わいながらも、
      有名な古典『神曲(しんきょく)』を
      つくりだしたという話しを、
      しました。

      ダンテの話しを通して、
      苦難(くなん)や、悲しみを乗り越(こ)えて、
      希望を持って、
      生き切っていく!という内容の話しを
      したんだけれど、
      それで、思い出したんですが、

      前に、
      テレビで、大変な苦難や悲しみを
      乗り越えて、
      がんばって生きている家族の
      特集みたいな番組を、やっていました。

      確か、四組か、五組の家族の、
      涙を、そそるような体験を、
      過去から現在にいたるまで、
      ドキュメンタリー仕立(した)てで、
      放映(ほうえい)していました。

      その中で、一組だけ、
      創価学会員の家族がいて、
      その創価学会(そうかがっかい)の家族は、
      娘を急病で亡(な)くし、
      また、その後、
      父も、癌(がん)で亡くなり、
      その中で、
      母と、残された二人の兄弟が、
      悲しみに負けず、
      兄弟のひとりは、弁護士として、
      もうひとりは、プロボクサーとして、
      社会で、勝利を、
      おさめていく!とい内容だった。


      それで、思ったんですが、
      その創価学会の家族以外の、
      他の四組の話しも、涙を誘(さそ)うんだけれど、
      他の四組の人たちの話しは、
      なにか、じめじめして、
      暗(くら)い感じがしました!

      それに比(くら)べると、
      その創価学会の家族の場合、
      確かに、他の四組と同じように、
      つらく、悲しいはずなのに、

      何かが?明るい!!
      希望が、光っている!!

      絶対に負けない!という強いエネルギーを、
      感じました!


      その違(ちが)いは、何なんだろう?
      と考えたとき、
      やはり、生命のパワーが違う!
      生きていく上での、信念(しんねん)が違う!
      後ろ向きでない!
      必ず、幸せになるんだ!という、
      確信(かくしん)を、
      強く、強く、感じました!!


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

      この家族の確信が、
      何であるのかと言えば、
      それは、当然(とうぜん)、
      創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰です。

      『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
      歓喜(かんき)の中の大歓喜なり』
      という、生命から、無限の希望を引き出す、
      『南無妙法蓮華経』の信仰です!

      この南無妙法蓮華経を、となえて生きる信仰が、
      どんな苦難(くなん)にあったとしても、

      「絶対に負けない!」
      「絶対に、勝ってみせる!」

      という、
      強い、強い、生命力を、
      この家族の中に、
      湧(わ)き上がらせているんだと、
      思います!


      よく、南無妙法蓮華経を、となえることは、
      ライオンが、ほえることに、
      たとえられます。

      百獣(ひゃくじゅう)の王、ライオンがほえたら、
      どんな苦難や悲しみの悪魔も、
      恐(おそ)れおののいて、
      逃げていってしまう!

      南無妙法蓮華経を、となえることによって、
      ライオンが、ほえるように、
      自分の生命の中から、
      王者の生命を引き出して、
      自分の中にある、
      悲しみや、失望(しつぼう)、苦しみといった、
      暗い命を追っ払(おっぱら)い、
      みずからの心に、
      希望と幸せの太陽を、サンサンと、
      輝(かがや)かせていく!!


      いわば、南無妙法蓮華経をとなえることは、
      希望と勇気と幸せの叫(さけ)びなんです。


      南無妙法蓮華経を、となえることによって、
      自分の中にあるマイナスの命(いのち)を打ち破り、
      自(みずか)らの生命を、
      蘇生(そせい)させ、輝かせ、
      人生と未来を、幸せに変革していく。


      それができる、
      究極(きゅうきょく)の力が、
      創価学会の、
      南無妙法蓮華経をとなえる
      仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。


      だから、テレビで紹介された、
      創価学会の家族にしても、
      大変な苦難に、遭(あ)いながらも、
      『明るい!』
      『輝いている!』


      それは、
      現実に、苦難を乗り越えて、
      夢や希望を、
      かなえていける生き方でもある・・!

      また、それが、
      南無妙法蓮華経を、となえて生きる、
      創価学会の生き方なんだと、
      思う。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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      こころに、打ち出の小槌を17

      2018.05.13 Sunday 12:07
      0
        前に、
        ルネサンス時代の詩人である、
        ダンテの古典、
        『神曲(しんきょく)』を、読んだ。

        聖教(せいきょう)新聞に、ダンテの話しがのっていて、
        それで、興味(きょうみ)をもって、
        読んだんだけれど、
        地獄篇、煉獄篇、天国篇の三部からなっていて、
        地獄編、煉獄編(れんごくへん)は、
        映画みたいなイメージがあって、おもしろいんだけれど、
        天国編は、まったく、わけがわからなくて、
        難(むずか)しかったです。

        ダンテ自身も、天国編の前書きで、
        「天国編は、地獄編、煉獄編とは違(ちが)い、
         難解(なんかい)きわまりないので、
         その難解さに、ついていけない人は、
         読むのを、やめたほうがいい!」
        と、自分で、言っていたので、
        よく、わからなくて当然(とうぜん)かもしれない。

        天国編となると、まったく、
        空想に頼(たよ)らざるえないので、
        きっと、ダンテも、よく、
        わかっていなかったのではなかろうか・・・・?
        (ダンテ先生、失礼いたしました・・・!)


        それは、ともかく、
        ダンテは、
        ルネサンス時代の偉大(いだい)な詩人だった。

        ダンテは、最愛の女性の死、
        そして、祖国からの不当な追放(ついほう)という、
        二つの大きな失望を、味(あじ)わいながらも、
        その中から、この有名な古典『神曲』を、
        つくりだしていったと、いうことだ。

        まえに、聖教新聞に書いてあったけれど、
        ダンテは、自(みずか)らの私的な不幸を、
        世界の多くの人々の希望へと、
        転換(てんかん)していったと、いう。

        失(うしな)うことは、
        あまりにも、つらいし、
        残酷(ざんこく)だ!

        けれど、


        『失うことは、ゼロではない!』


        たとえ、あまりにも大切なものを失ったとしても、
        人間は、そのマイナスをプラスに転換する力を、
        持っているということだと、
        思う。


        人間が本来、持っているエネルギーというのは、
        スゴイんだと、思う!

        けれど、ダンテのような精神の持ち主なら
        ともかく、普通は、失ったマイナスを
        プラスに転換してゆくのは、
        なかなか、難しいし、
        それには、物凄(ものすご)いパワーが、
        必要だと思う・・。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

        仏法(ぶっぽう)では、
        『変毒為薬(へんどくいやく)』という法則が、
        説かれています。

        読み下(くだ)すと、
        「毒を変じて、薬となす」と読むんですが、
        人生における、さまざまな苦難、災難、苦悩を、
        逆(ぎゃく)に、薬に変えていくという意味です。

        さっきも言いましたが、
        苦難や災難、苦悩は、
        それはそれは、辛(つら)いし、悲しいし、
        それを乗り越(こ)えていくには、
        物凄いエネルギーが必要です。

        どう考えても、
        『辛すぎる!!』
        と、言っていい。

        けれど、仏法(ぶっぽう)では、
        その苦難を、
        乗り越えていく法則(ほうそく)が、
        説かれている!

        ということは、仏法には・・・、
        創価学会(そうかがっかい)が実践している
        南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
        となえる仏法には、
        どんな苦難も、乗り越えられる、
        ものすごいパワーとエネルギーが、
        ある!と、いうことだ。


        人間には、苦難を乗り越える、
        素晴(すば)らしい生命力が、ある!!


        たしかに、それは、あるんだけれど、
        その素晴らしい生命力を、
        どうやって?出したらいいのか?
        そのことが、わからないし、
        知らない人が、多いと思う。

        実は、その方法を、
        だれでも、簡単にできるようにしたのが、
        仏法(ぶっぽう)であり、
        日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
        「南無妙法蓮華経」の信仰なんです。


        人間には、どんな苦難も、乗り越(こ)えられる、
        すごいパワーと、エネルギー!生命力が、ある!


        その根本の生命力!
        どんな苦難や悲しみ、悩みも、乗り越えていける、
        強力なエネルギー、強い強い生命力!

        その強力なエネルギー、
        あらゆる苦難を乗り越えていける生命力のことを、
        『南無妙法蓮華経』と言うんだと思う。

        そして、
        その強力なエネルギー、生命力を、引き出す方法が、

        『南無妙法蓮華経を、となえる!』

        と、いうことです。


        単純に言うと、
        創価学会の人たちは、
        『南無妙法蓮華経を、となえる!』ということを、
        知っているし、実践(じっせん)している!!

        だから、創価学会の人たちは、
        さまざまな苦難にも負けないで、変毒為薬して、
        幸せを、つかんでいけるんだと思う・・・・!


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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        こころに、打ち出の小槌を16

        2018.05.06 Sunday 12:52
        0
          以前、
          創価学会(そうかがっかい)の幹部の人が、
          話してくれました。

          池田SGI(創価学会インターナショナル)会長は、
          世界平和のために、
          さまざまな国の識者と対談(たいだん)したり、
          また、世界中のSGI(創価学会)のメンバーを、
          激励(げきれい)するために行動してきました。

          当然、国によって言語が違(ちが)うわけだから、
          いろんな国の言語の通訳が、
          必要になってきます。

          だいたい、池田先生の通訳(つうやく)は、
          創価学会の人が、やっているんだけれど、
          昔は、なかなか、良い通訳の人がいなくて、
          世界の超一流の学者や、識者と、
          池田先生が対談をしていると、
          世界の学者や識者から、
          「通訳を、かえてくれ!」とか、
          よく、言われたそうです。

          それで、
          はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
          池田先生が、昔、

          「いつか、創価学会も、超一流の通訳をつれて、
           各国の識者と対話できるようになろう!」

          と、言ったそうです。


          そして、現在、
          創価学会の通訳たちは、
          組織(そしき)を超えて、
          世界で、ひっぱりだこの『超一流の通訳』になって、
          活躍(かつやく)しているそうです!


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


          仏法(ぶっぽう)は、必ず!
          結果を、ともなう。


          創価学会の人材として活躍していくと、
          必ず、組織を超(こ)えて、
          世界で活躍していけるような、
          素晴らしい人材に、
          なってゆく!!


          これが、仏法の法則(ほうそく)なんだと思う!


          仏法の法則は、
          人間の幸不幸を決定づける、
          生命における
          因果(いんが)の法則だから、
          原因と結果が、はっきりとしている。

          仏法という、幸せになる絶対的な法則であり
          力(ちから)にもとづいて行動していった時、
          その原因によって、
          必ず、『幸せ』という結果が出てくる。

          だから、
          仏法のために(創価学会のために)努力したことは、
          絶対に、ひとつも、無駄(むだ)にならない!
          やったことが、すべて、自分に、
          ブラスの結果、幸せの結果として、
          返(かえ)ってくる!

          たとえば、悩みが解決したり、
          夢が、かなっていったり、
          仏法(ぶっぽう)のために、
          創価学会のためにやったことが、
          必ず!すべて、
          現実の社会のなかで、
          花、開いていく!


          それが、創価学会が実践(じっせん)している、
          仏法の信仰です。


          すごいことだと思う!!


          それは、この仏法(ぶっぽう)が、
          人間を幸せにする、人間を勝利させる、
          本当の生命の法則であることの、
          証明になっている・・・・・!


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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          こころに、打ち出の小槌を15

          2018.04.28 Saturday 13:25
          0
            まえに、テレビで、
            筆跡(ひっせき)による性格診断(しんだん)を、
            やっていたのを見たことがあります。

            けっこう!、当たるらしい!
            そういえば、以前、
            お笑い番組でも、
            筆跡診断に、はまった女性のコントを、
            やっていました。

            文字は、無意識に書くと、
            脳(のう)と、連動(れんどう)していて、
            性格が、出てしまうという
            根拠(こんきょ)もあるらしい。

            確かに、良く当(あ)たるにしても、
            ぼくが思うのは、
            当たったから、どうなんだ?ということです!
            当たったからといって、
            自分の人生は、切り開けるのだろうか?
            確かに、当たったとして、

            『じゃあ、そういう自分を、
             いったい、どうすれば、いいんだ?』

            と、いうことです。

            そういう自分に生まれてしまったということを、
            あるいは、そういう性格になってしまった、
            自分を、いったい、どうしてくれるんだ?
            ということです。

            筆跡診断にしても、血液型性格診断にしても、
            当たったのは、自分の過去のことです。
            それらが、ある意味、確かに当たるにしても、
            それで、自分の未来を、希望を持って、
            しかも、良い方向に、
            変革(へんかく)していく力になるのか?
            ということです。

            そういう自分である自分に対して、
            筆跡診断も、血液型診断も、
            未来の自分に、
            なにも、解決策(かいけつさく)を、
            与(あた)えてくれない!!と、いうことです。


            仏法(ぶっぽう)では、
            現当二世(げんとうにせ)という言葉が、
            あります。
            過去は、関係ない!
            現在と、未来が、大事だ!!という意味です。

            日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
            御書(ごしょ)に、
            (御書とは、日蓮大聖人が書いた
            論文や手紙を、すべて、集めたものです)

            『過去の因(いん)を知らんと欲(ほっ)せば、
             その現在の果(か)を見よ。
             未来の果を知らんと欲せば、
             その現在の因を見よ!』

            とあります。

            過去の自分が原因となって、
            現在の自分がある。
            それは、しょうがない。
            だから、こんどは、未来の結果を希望したいなら、
            現在の自分を、見ていきなさい!
            現在の自分を、変えていくことによって、
            未来は、どうにでも、変わっていく!
            というような、意味です。

            もっと、厳密(げんみつ)に言うと、
            現在の自分の一念(いちねん/こころ)を、
            変えていくことによって、
            未来は、大きく開けていく!ということです。

            創価学会(そうかがっかい)の人が、
            南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
            となえるのは、
            南無妙法蓮華経を、となえることによって、
            自分の一念(いちねん/こころ)を、変革して、
            未来を、変えていけるからだと思う。

            南無妙法蓮華経には、一念(いちねん/こころ)を、
            良い方向に、大きく変革していく力が、
            ある!ということです。

            それは、別に、自分とは
            かけ離(はな)れた人間になるということではなく、
            自分らしい、自分の個性を生かした、
            自分らしい幸せが、つかめる!という意味です。

            それが、現実に、確実に、できるから、
            創価学会の人たちは、
            日々、ご本尊(ほんぞん)に、
            南無妙法蓮華経を、となえていくんです!

            (※ちなみに、ご本尊(ほんぞん)とは、
            仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、
            自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、
            その自分自身の生命に、
            必ず、幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
            そなわっていることを、あらわしたものが、
            ご本尊です。)


            欠点(けってん)は、ある意味、
            長所にも、なりえます。
            創価学会が実践(じっせん)する、
            仏法(ぶっぽう)の信仰は、
            どんな人であっても、すべての人が、
            欠点を長所に変え、
            自分らしい幸せが、つかめるようになっていく。

            ご本尊に南無妙法蓮華経を、
            となえていくことによって、
            今と未来を、みつめながら、
            現実の中で、
            悩みの解決に挑戦し、
            また、夢や希望を、
            かなえていくことに挑戦していく。

            それは、
            自身の境涯(きょうがい)を
            変革していくことにつながり、
            今まで欠点だと思っていたことまでが、
            長所のように変わっていく。

            すべてが、プラスに生(い)かされると
            いうことです。

            そしてそれは、
            本当に悩みを解決することにつながり、
            夢や希望をつかんでいくことに、
            なっていきます。
            その現実にあらわれた、
            「幸せ」という、
            はっきりとした結果を、つかみながら、
            確信と歓喜(かんき)をもって、
            進んでいける!


            それが、創価学会の、
            南無妙法蓮華経を、となえて、
            人生を歩(あゆ)む、
            仏法の信仰なんです。


            だから、この仏法(ぶっぽう)では、
            筆跡診断も、血液型診断も、
            気にすることはない。
            そこには、過去を否定することもなく、
            未来を、小さく固定(こてい)することもなく、
            現在を未来に向けて、
            希望を持って前進していける
            真理(しんり)と、哲学(てつがく)と、
            生活観!が、あります。

            これは、ほんとうに、
            素晴らしいことだと、思います!!!


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

            ちなみに、ぼくは、
            左利(き)きですが、
            子供のころ、ちゃんと、
            右手で、文字を書く練習をしたので、
            左手でも、右手でも、
            文字を書くことができます!

            筆跡診断によると、
            ぼくの場合、
            右手で書いた場合と、左手で書いた場合とでは、
            まったく、反対のような性格診断がでます!

            ということは、筆跡診断で、
            自分の性格を、判断(はんだん)されるほど、
            人間は、ちゃちな生き物では、なく、
            自分次第で、可能性は
            無限に開けていく!
            ということだと、思います。

            それに、筆跡診断なので、
            そう言われれば、
            それに合ったことなど、
            人間なら、ひとつや、ふたつ、
            見つけ出すことは、簡単(かんたん)だと思います!

            問題は、筆跡診断や、血液型診断で、
            自分は、こうだ!と決め付けて、
            自分を、型(かた)に、はめないことだと思います!


            南無妙法蓮華経は、
            変革の仏法(ぶっぽう)!

            日々、
            南無妙法蓮華経を、となえることによって、
            自己の生命を、変革し、
            昨日より今日!
            今日より明日!と、
            自分の個性を生かした、
            自分らしい幸せを、めざして、
            希望を持って、確信を持って、
            生きていきたいと、思います。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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            category:希望 | by:kokouchi | - | -

            こころに、打ち出の小槌を14

            2018.03.28 Wednesday 12:16
            0
              このまえ、ビデオで、
              『星になった少年』という映画を、
              見ました。
              日本人で、初めて、ゾウ使いになった
              少年の物語で、
              哲夢という若くして亡くなった少年の実話を
              もとにして、作られた映画なので、
              大げさな脚色(きゃくしょく)もなく、
              たんたんと描(えが)かれていました。

              それでいて、
              親子の絆(きずな)など、
              しんみりと、ジーンとくる映画でも、ありました。

              また、気が向いたら、
              この映画の話しでもしようと思います。


              この映画を見て、思い出しましたが、
              日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
              御書(ごしょ)に、
              (御書とは、日蓮大聖人が書いた手紙や論文を、
               すべて、集めたものです)
              ゾウの話しが、のっていました。

              御書によると、
              象(ゾウ)は、敵(てき)の力によって、
              強い相手ならば、強い力を、
              弱い相手ならば、それだけの弱い力を
              だして、戦うそうです。
              ゾウは、とても利口(りこう)な、
              やさしい動物なのかもしれません。

              けれど、
              これも、御書に、書いてあるんですが、
              それとは逆(ぎゃく)に、
              ライオンは、
              相手の強い、弱いにかかわらず、
              全力を出して、戦うそうです。

              日蓮大聖人の別の御書(ごしょ)に、

              『師子王(ししおう・ライオン)は、
              前三後一(ぜんさんごいち)と申(もう)して、
              ありの子を、とらんとするにも、
              又(また)たけきものを取らんとする時も、
              いきをいを出す事は、同じき事なり』

              と、あり、ライオンは、
              三本の足を前に、一本の足を後ろに構(かま)えた、
              ベストの姿勢(しせい)で、アリ(虫)の子を
              とろうとする時も、猛獣(もうじゅう)をとろうとする時も、
              全力を出して、戦うという意味です。

              動物学的に、どうかは知りませんが、
              ライオンが、なぜ、
              百獣(ひゃくじゅう)の王かというと、
              たとえ、どんな状況(じょうきょう)であれ、
              ライオンは、全力を、出し切るということだと、
              思います。


              創価学会(そうかがっかい)の信仰を、
              真面目にやって、
              「カリスマ美容師」になった人が
              いるんですが、
              その人が、
              「どうしたら、チャンスを、つかめるか?」
              という質問に対して、

              まず、創価学会の信心、活動を、
              まじめにやることは、当然(とうぜん)として、
              人って、これが、チャンスだっていう時は、
              全力をだすけど、そうでない時は、
              往々(おうおう)にして、全力を出さない場合が、
              多い!
              けれど、本当は、チャンスは、
              どこから生まれるか、わからないので、
              『たとえ、どんな時でも、ベストを尽(つ)くす!!』
              ということを、あげていました。

              また、そのカリスマ美容師が、
              最も、貧乏(びんぼう)で苦しいときに、
              創価学会の先輩に相談したら、
              その時の状況からすると、
              そんな夢みたいなこと、あきらめろ!
              とか言われても、
              おかしくなかったけれど、

              『絶対に、あきらめるな!
              信心根本に、戦っていけば、
              必ず、夢は、かなうよ!!』

              と、力強く、
              励(はげ)まされたそうです。


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


              『ベストを尽(つ)くす!』

              この言葉は、素晴らしい言葉だと思います。
              ベストを尽くすことに、差別(さべつ)はない!
              どんな人でも、ベストを尽くすことは、
              できる!
              それでいて、こんな価値(かち)のある行動は、ない!


              人は、往々(おうおう)にして、
              自分を、世間や人と比(くら)べたりして、
              卑下(ひげ)しがちかもしれない!
              けれど、そんなこと考えるまえに、
              自分に、問いただすべきなんだと思う。

              『自分は、自分にベストを尽くしているのか?』

              小さなことであっても、
              それが、自分の目標を、かなえていく道であり、
              人生の勝利者、
              百獣の王になっていく道なんだと、
              思う・・・・・!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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              category:映画 | by:kokouchi | - | -

              こころに、打ち出の小槌を13

              2018.03.22 Thursday 12:54
              0
                宗教は、好きですか?
                と聞かれたら、
                宗教は、好きではありません!

                じゃあ、何が、好きか?というと、
                「自分が、幸せになることが、好きです!」

                別に、宗教には、興味(きょうみ)ありませんが、
                自分が、幸せになることが好きだから、
                創価学会に入って、
                ご本尊(ほんぞん)に、
                南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                となえているわけです。

                悩みの解決にしても、
                夢や希望の実現にしても、
                いままでの体験(たいけん)から、
                『これしか、ない!!』ということが、
                わかっているからです。

                その現実に幸せになったという『体験』と、
                生命の底(そこ)から感じる確信があるから、
                世界中の人たちが、
                創価学会(そうかがっかい)の、
                南無妙法蓮華経をとなえる
                仏法(ぶっぽう)の信仰を、
                やっているわけです。


                世間一般的には、宗教というと、
                とくに、日本人は、
                なんか、困(こま)ったことがあった時だけ、
                どこかの坊(ぼう)さんなどに頼(たの)んで、
                おがんでもらう。
                何々宗の偉(えら)い方だからとか言って、
                高い!お金を払(はら)って、
                自分のことを、他人に、おがんでもらう。

                それが、宗教というものだと、
                一般的に、思っている方が、多い。

                それのほうが、確(たし)かに、楽かもしれない。
                だって、自分は、なんにも!しなくていいんだから!
                それで、悩みや問題が、解決するんだったら、
                こんな楽なことは、ない!

                けれど、これが、
                悪(あ)しき宗教が、うじゃうじゃと、
                はびこる原因になっている。
                祈ったり、おがんだり、
                お経(きょう)を、あげたりするのは、
                宗教家が、やるもので、
                普通の人には、できないものだと
                考えさせられている。

                坊主(ぼうず)が祈らないと、
                成仏(じょうぶつ)しないとか、
                何々宗の偉い方でないと、
                この問題は、解決できないとか、
                ある種、異常(いじょう)な、特権的な権力が、
                坊主や、宗教家に、与(あた)えられている!

                それに、おすがりしないと、幸せになれない!とか、
                それこそ、とんでもない理屈(りくつ)が、
                通ってしまうのが、悪(あ)しき宗教の、
                はびこる理由です!


                そして、
                それとは逆(ぎゃく)なのが、
                創価学会です。

                特別な人なんて、いない!
                坊主だけに与えられた特権(とっけん)なんて、
                ありえない!
                坊主に祈ってもらわなければ、
                幸せになれないなんて、
                そんな、ナンセンスなことは、ありえない。

                創価学会では、
                自分で、祈っている人が、偉大(いだい)!
                自分で、戦っている人が、偉大!
                上も下もない!
                人間が、人間を、引っ張(ぱ)っていく!
                人間と、人間の、まごころの対話、
                人間が、人間を、こころから、思うことによって、
                つながっているのが、創価学会!!

                結論から言うと、
                自分で、祈っている人が、仏(ほとけ)
                自分で、戦っている人が、仏(ほとけ)
                仏と言っても、死んでる人のことではない。
                仏とは、『人間の王者!』という意味です。
                それが、本当の仏法(ぶっぽう)!

                けれど、その本当のことを、言っちゃうと、
                ヘンな坊主や、宗教家は、困る!
                宗教家や、坊主でないと、できない!という、
                まやかしの権威(けんい)が、ないと、
                お金もうけが、できないから!
                だから、決して、本当のことは
                言わないし、また、知らないかもしれない。
                宗教家は、自分の権威が、はがれては困る!

                だから、創価学会の人が、
                本当のことを言うのを、恐(おそ)れて、
                デマや、いろいろな手を使って、
                創価学会を、迫害(はくがい)してきた!

                でも、迫害されれば、されるほど、
                創価学会は、発展してきた!
                なぜならば、
                創価学会の実践している仏法(ぶっぽう)は、
                本当だから!
                真実の実践(じっせん)を、しているから!
                だから、ひとりひとりの生命の歓喜(かんき)は、
                だれびとも、おさえることは、できなかった。


                ある意味、良い意味で、
                創価学会は、
                世間の風潮(ふうちょう)に、流されない!
                正しいことは、正しい!
                間違(まちが)ってることは、間違ってると、
                言い切ってきた!

                それと同時に、
                創造性(そうぞうせい)、豊(ゆた)かで、
                決して、固(かた)まった形に、とらわれないで、
                時代、時代に、マッチした活動をしてきた!

                それが、創価学会が、
                発展してきた理由のひとつだと、思う。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

                『人間が、人間を、
                 人間以上のものに
                 見せようとした時から、
                 宗教は、邪教(じゃきょう)!となる』

                というようなことを、言っていた。

                確かに、そうだと思う。
                もし、人間を、人間以上のものに
                みせようとしている宗教があったなら、
                はっきりと、邪教だ!と、
                見破(みやぶ)っていかなければならない!


                なぜならば、
                人間の不幸の中で、
                邪教は、人間を、不幸にする、
                もっとも、根源的(こんげんてき)なものだからだ・・・・・・!


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                こころに、打ち出の小槌を12

                2018.03.16 Friday 14:51
                0
                  創価学会(そうかがっかい)では、
                  勤行(ごんぎょう)というのがあって、
                  朝と夜(一日に二回)、
                  釈尊(しゃくそん/釈迦[しゃか]/ブッダ)の
                  法華経(ほけきょう)という経文の、
                  一部分を、音読します。

                  だいたい、速く読めば、3分ちょっとで読め、
                  遅く読んでも、5分くらいで終わります。
                  それが終わったあと、
                  南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                  自分が好きなだけ、
                  繰(く)り返し、となえます。

                  それを、まとめて、勤行といいます。

                  べつに、強制(きょうせい)ではなくて、
                  そうするのが、一日のリズムを作るのに、
                  また、一日を、また、人生を勝利していくのに、
                  ベストであろう!ということで、
                  推奨(すいしょう)しています。
                  やらなかったら、バチがあたるとか、
                  そういうことは、ありません!

                  ただ、やったほうが、絶対、良いし、
                  日々、続けていったほうが、
                  まず!幸せになります!!
                  勝利の、幸せのリズムが、
                  身につくし、
                  南無妙法蓮華経を、となえていくことによって、
                  生命力が高まり、生命が蘇生(そせい)し、
                  勇気や知恵が、わき上がって、
                  日々を、輝(かがや)いて
                  挑戦していけるからです。


                  法華経(ほけきょう)というと、
                  うさんくさい気がしますが、
                  法華経には、おもしろいシーンが、
                  いろいろ、出てきます。

                  たとえば、
                  勤行(ごんぎょう)で読む最初に、出てくるんですが、
                  釈尊が、瞑想(めいそう)から立ち上がって、
                  知恵第一と言われている弟子、
                  舎利弗(シャリホツ)に、
                  言います。

                  「仏の知恵は、あまりにも深く、無限なので、
                   おまえたち(シャリホツ)には、
                  とうてい、理解することは、できないんだ!」

                  シャリホツは、いわば、
                  エリート中のエリート、超エリート、
                  いわば、天才です。
                  そういう、超エリートに向かって、
                  「おまえたちには、とうてい、理解できないんだ!」
                  と、釈尊が、言い放(はな)ったものだから、
                  大変です・・・!

                  超エリートのシャリホツは、
                  面食(めんく)らってしまうわけです。
                  そして、ここから、釈尊は、
                  仏法の真髄(しんずい)である、
                  法華経を、説いていくわけです。


                  超エリート、天才であっても、
                  理解できない法(ほう)、
                  それが、仏法(ぶっぽう)の真髄である、
                  法華経(ほけきょう)だということです・・。


                  では、
                  超エリート、天才でも、
                  理解できないとしたら、
                  いったい?どうしたら、いいんでしょうか!

                  結局(けっきょく)、超エリート、天才と言われた、
                  シャリホツも、理屈(りくつ)では
                  理解することが、できなくて、
                  『信じる!』ことによって、
                  ようやく、得道(とくどう/成仏)できたそうです。



                  少し、話しは、変わりますが、
                  前に、難信難解(なんしんなんげ)と、
                  易信易解(いしんいげ)ということを、
                  学びました。

                  難信難解とは、とてもじゃないけど、
                  理解することはできないし、信じることは、
                  できないという意味です。
                  易信易解は、逆(ぎゃく)で、
                  わかりやすいし、信じやすい!
                  という意味です。

                  いろいろ、段階があって、
                  仏法(ぶっぽう)から見ると、
                  仏法以外の宗教は、
                  易信易解で、わかりやすく、信じやすい!
                  だから、キリスト教や、イスラム教など、
                  世界に早くから、広まっている。
                  それから比(くら)べると、仏法は、
                  難信難解で、理解しがたいから、
                  信じられない。

                  次に、仏法の中から見ると、
                  法華経以外の教えは、易信易解で、
                  わかりやすいので、簡単に広まっている。
                  それに対して、『法華経』は、
                  難信難解で、理解しがたく、信じがたいので、
                  なかなか、広まらない!

                  釈尊が、言っているんですが、
                  ところが、真実の教えは、『法華経』で、
                  そのほかの教えは、法華経を説(と)くために、
                  仮(かり)の教えとして、説いた「いつわりの教え」!
                  なんだそうです!

                  だから、法華経以外の教えを、どんなに、
                  実践(じっせん)してみても、信じても、
                  何の得(とく)にもならないし、
                  いつわりの教えなので、かえって、
                  人生に悪影響を、およぼしてしまい、
                  『マイナス』に、なってしまう。

                  なぜなら、釈尊の真実の教えは、
                  法華経なので、法華経を信じ、
                  実践していかないと、幸せになっていかない。

                  こんどは、法華経の中から見ると、
                  過去の法華経である、「釈尊の法華経」は、
                  易信易解で、わかりやすく、信じやすい!

                  それに対して、現代の法華経である
                  日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
                  七文字の『南無妙法蓮華経』の法華経が、
                  難信難解で、とても、理解できないし、
                  信じがたい!

                  法華経といっても、時代時代によって、
                  その表し方が、違(ちが)って、
                  現代は、たった七文字の『南無妙法蓮華経』が、
                  「法華経」なんです。

                  釈尊が、言っているんですが、

                  「私(釈尊)の法華経は、
                  私(釈尊)が死んでから、2千年、たつと、
                  なんの力も、効力(こうりょく)も、なくなってしまう!
                  かえって教えが、ねじまげられ、
                  誤(あやま)って広められてしまうので、
                  人を不幸にしてしまう。」

                  ということだそうです・・・。

                  釈尊の予言によると、
                  その時に(釈尊が死んでから二千年後に)、
                  釈尊の師匠(ししょう)が出現して、
                  現代のすべての人々を、幸せにすることができる、
                  真実の法華経を、
                  広めていくだろう!ということです。

                  その釈尊の師匠というのが、
                  実は、日蓮大聖人なんです。
                  いっけん、なんか、あべこべのような気もしますが、
                  永遠の生命観から考えれば、
                  間違えではなく、実は正しいんです・・・。

                  そして、
                  現代のすべての人々を、幸せにすることができる、
                  真実の法華経(ほけきょう)というのが、
                  日蓮大聖人の七文字の法華経、
                  『南無妙法蓮華経』なんです。

                  ところが、この『南無妙法蓮華経』は、
                  難信難解で、とてもじゃないけど、
                  理解することは、できないし、
                  信じることができない!!

                  ようするに、理屈で、理解しようとしても、
                  無理!だってことです!


                  じゃあ、どうするか?


                  それは、自分で、試(ため)してみるしかないんです!

                  自分の身体で、自分の心で、自分の生命で、
                  実際、やってみて、
                  『これは、すごい!!!』って、
                  感じとるしかないんです!

                  それ以外、理解したり、信じることは、
                  不可能で、
                  南無妙法蓮華経は、それだけ、
                  とうてい、はかり知ることができない、
                  ものすごい!力(ちから)を、秘(ひ)めている!
                  ということだと、思います。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                  南無妙法蓮華経は、信じがたいし、
                  理解しがたい。

                  だから、創価学会の人は、
                  体験を、重(おも)んじます!
                  体験を、みんなで、語り合っていきます。

                  体験は、自分が、身体(からだ)で、つかんだ、
                  生命の確信だからです!
                  信心の体験がある人は、強いです。


                  創価学会が、これだけ、
                  世界中に、広まっているのは、
                  創価学会の多くの人たちが、
                  その体験を、つかんで、
                  確信と、希望を持って、
                  進んでいるからだと、思います・・・・。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                  こころに、打ち出の小槌を11

                  2018.03.08 Thursday 13:25
                  0
                    ●テーマ●
                    『南無妙法連華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                    となえると、病気の治療や手術が、
                    うまくいくのか?(その2)』

                    先日、
                    「南無妙法連華経をとなえると、
                     病気の治療や手術が、うまくいくのか?」
                    をテーマに、話しをしましたが、
                    重要なことを忘れていましたので、
                    (その2)として、話しをしたいと思います。

                    それは、
                    病気の治療(ちりょう)や手術といっても、
                    それを受けるのは、自分です。

                    だから、手術(しゅじゅつ)や治療を受ける自分の、
                    「体力」や「精神力」がなかったら、
                    手術や治療は、うまくいくはずがありません。
                    体力や精神力が、充実(じゅうじつ)していれば、
                    手術や治療も、
                    成功する可能性が、
                    高くなっていくと思います。

                    その体力や精神力の根本(こんぽん)となるものが、
                    『生命力』だと、思います。

                    南無妙法蓮華経を、となえると、
                    その「生命力」が、強力に、高く、元気に、
                    なっていくようです。


                    前にも話しましたが、
                    『妙(みょう)とは、蘇生(そせい)の義(ぎ)なり!』
                    といって、
                    南無妙法蓮華経は、
                    生命を蘇生(そせい)させる力なので、
                    南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
                    となえていると、
                    蘇生しよう!元気になろう!という
                    『生命力』が、
                    爆発的(ばくはつてき)に出てくるようです!

                    しかも、たいへんな病気の場合、
                    命を、奪(うば)う可能性があるわけだから、
                    その分、必死になって、
                    南無妙法蓮華経を、真剣に、となえることになるので、
                    蘇生(そせい)しようとする生命力も、
                    爆発的に、出てくるんだと思います。


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                    生命力って、なんだろう!


                    生きていく力、生きようとする力?


                    生命力が、あると、
                    ちょっとしたことでは、落ち込(こ)んだり、
                    くさったりしない!
                    そんなこと、はね返す力(ちから)が
                    あるから!


                    それが、生命力?


                    『南無妙法蓮華経は、歓喜(かんき)の中の大歓喜なり!』
                    と、いって、
                    南無妙法蓮華経を、となえていると、
                    生命が、歓喜して、楽しくなってくる!

                    “アメリカの良心”と言われた、
                    ノーマン・カズンズ博士が、
                    「笑い」や「希望」、「喜び」は、
                    病気を、飛躍的(ひやくてき)に回復させると、
                    言っていたけれど、
                    南無妙法蓮華経が、病気に、きく(?)のは、
                    南無妙法蓮華経が、
                    『笑い』や『希望』、『喜び』を、
                    爆発的に、開花させるからかもしれない・・・!


                    ともかく、
                    南無妙法蓮華経は、生命を蘇生(そせい)させ、
                    元気に輝(かがや)かせてくれる。

                    ゆえに、病気の治療や手術にさいしては、
                    南無妙法蓮華経を、となえれば、となえるほど、
                    病気の治療や手術が、うまくいき、
                    成功する可能性は、
                    高くなっていく・・・・・・!


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                    category:病気 | by:kokouchi | - | -

                    こころに、打ち出の小槌を10

                    2018.02.28 Wednesday 14:08
                    0
                      ●テーマ●
                      『南無妙法連華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                      となえると、病気の治療や手術が、
                      うまくいくのか?』

                      結論(けつろん)から言うと、
                      どう考えても、南無妙法連華経を
                      となえれば、となえるほど、
                      病気の治療(ちりょう)や、手術が、
                      うまくいくようです!

                      なぜかというと、
                      創価学会(そうかがっかい)の人達の
                      体験を聞くと、
                      南無妙法連華経を、たくさん、たくさん、
                      真剣に、となえて、
                      手術(しゅじゅつ)や治療が、
                      大成功したという話しが、
                      あまりにも、たくさん、
                      ありすぎるからです。

                      科学というのは、
                      実験と、その結果によって
                      なりたっていると、思います。
                      なんども、なんども、同じ実験をして、
                      まったく、同じ結果が出たのだったら、
                      それが、科学の結果として、証明されます。

                      人間の生命を、実験材料として、
                      南無妙法連華経を、となえたら、どうなるか?
                      という実験をした結果、
                      すべて、同じ結果が出たならば、
                      それが、科学の結果として、
                      証明されます!

                      病気の治療や、手術にのぞんで、
                      南無妙法蓮華経を、
                      真剣に、たくさん、となえたら、
                      その結果として、
                      手術や治療が成功したという結果が、
                      あまりにも、たくさん、
                      当然のように、出たならば、
                      それは、『真実』として、
                      証明されるわけです!


                      これは、病気にかぎった話しではありませんが、
                      創価学会の牧口常三郎初代会長が、
                      創価学会が実践(じっせん)している、
                      南無妙法蓮華経をとなえる
                      仏法(ぶっぽう)の信仰について、

                      『百発百中(ひゃっぱつひゃくちゅう)の法則(ほうそく)』

                      と、断言(だんげん)されていましたが、
                      これも、そういうことだと思います。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                      創価学会の戸田二代会長が、
                      『南無妙法連華経を、真剣に、となえていくと、
                      やぶ医者も、「名医(めいい)」に、変わってしまう!』
                      と、言っていました。

                      ということは、南無妙法連華経には、
                      自分だけでなく、まわりの人達や、
                      環境、世界をも、変えていく力(ちから)が、
                      あると、いうことになる!

                      南無妙法連華経を、となえると、
                      まず、
                      「先生、病気を、なんとか、治(なお)してください!」
                      という、他人まかせの、
                      おすがりの生命から、
                      『必ず、病気を、治してみせる!!』
                      という、自分が「主体」の
                      生命状態に、変わる!

                      その一念(いちねん)は、
                      自分自身を蘇生(そせい)させ、
                      それだけでなく、
                      まわりの人々、環境(かんきょう)、
                      世界をも、変えていき、
                      やぶ医者さえにも、名医のような仕事を、
                      させてしまう!

                      また、よく、聞くことですが、
                      南無妙法連華経を、となえていると、
                      不思議(ふしぎ)にも、偶然(ぐうぜん)、
                      その治療の道の権威(けんい)や、
                      名医に、めぐり合えたり、
                      そうでないにしても、
                      自分で、真剣に努力したりして、
                      自分の病気を、本当に治してくれる医者に、
                      めぐり合えるようになっていき、
                      最高の治療を、受けられる環境に、
                      変わっていきます。

                      ようするに、
                      南無妙法蓮華経を、となえることによって、
                      自分の一念(いちねん/こころ)が、
                      前向きに大きく変革されるから、
                      そうなっていくんだと思いますが、
                      結果として、
                      『南無妙法連華経が、環境を、変えた!』
                      と、いうことになると思います。


                      このように、
                      南無妙法蓮華経が生命を
                      蘇生(そせい)させる力(ちから)、
                      あるいは、南無妙法蓮華経が、
                      生命を良い方向に、
                      変革(へんかく)していく力は、大きく、
                      いろいろ、考えていくと、
                      大変な病気や、治療にさいしては、
                      南無妙法連華経は、絶対に、となえるべきであり、
                      南無妙法連華経を、真剣に、たくさん、たくさん、
                      となえれば、となえるほど、
                      それのほうが、自分のためである!!!
                      という、結論に達(たっ)します・・・・・・・!


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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