こころに、打ち出の小槌を31

2018.11.14 Wednesday 16:03
0
    このまえ、
    「ロング・エンゲージメント」
    という映画を見ました。

    とても、いい映画でした。
    戦争のシーンは、
    あまりにも残酷(ざんこく)で悲惨(ひさん)でしたが、
    戦争後のシーンに戻ると、
    ウイットやユーモアも、のぞかせ、
    それでいて、
    ひたむきな純(じゅん)な魅力(みりょく)が、
    良く出ていました。


    戦争で、マチルダの恋人、マネクは、
    死んだと報告(ほうこく)されるが、
    マチルダは、それを、信じない!
    ただただ、

    「マネクは、生きている!」

    という、
    自分の直感(ちょっかん)だけを信じ、
    からまった糸のような小さな手がかりを頼(たよ)りに、
    愛するマネクの消息(しょうそく)を
    追っていく!

    そして、
    マチルダの直感は、
    現実となり、
    感動的なラストへと向かっていく。


    その姿を、へんにドラマチックにはせず、
    等身大(とうしんだい)の人間として、
    表現しているところが、
    すごく、良いと思った。



    直感というものは、信念(しんねん)に似ている!


    へたな願望のような、
    浅(あさ)はかな勘(かん)は、
    あまり、当たることはないし、
    また、そういう勘(かん)が、
    人を幸せに導(みちび)くことは、
    少ない。

    けれど、信念をともなった直感は、
    時として、人を幸せに、みちびく。


    人は、だいたいは、
    常識(じょうしき)や理屈(りくつ)で動くものだ。
    けれど、時として、
    常識や理屈では違(ちが)っていても、
    どうしても、こうするべきだ!という、
    直感に従(したが)う時もある。

    また、常識や理屈では、
    そうすべきではないのに、
    感情が、どうしてもこうしたい!という
    強い信念を、ともなうこともある。

    そういう時は、その直感に従ったほうが、
    成功する場合もある。

    なぜ?そうしたか?と聞かれて、


    「どうしても、そうしたかったからだ!」


    と、答えるしかない時もある。


    理屈を、とるべきか?
    直感を、とるべきか?

    その見極(みきわ)めが、
    たいへん難(むずか)しいと思う。


    仏法(ぶっぽう)では、
    その信念を、ともなった直感のことを、
    「仏智(ぶっち)」と言う。

    「仏(ほとけ)の知恵」という意味だ。

    この仏智(ぶっち)は、ヒラメキに似(に)ていて、
    理屈はともあれ、
    仏智(ぶっち)として、
    ひらめいたとおりに行動すると、
    成功する。

    成功するから、仏智なんだけれども・・。


    ぼくが知っている創価学会(そうかがっかい)の婦人に、
    理屈は、すごく苦手だけれど、
    直感が、すごく!鋭(するど)い人がいる。

    その人は、こころに、ご本尊(ほんぞん)を、
    いつも、抱(だ)きしめているような人だ。

    (ご本尊とは、創価学会で、
     南無妙法蓮華経を、となえる対象[たいしょう]として、
     信じている、祈りの対象です)

    彼女は、理屈は、わからなくても、
    「だって、私は、そうしたいんだもの!」
    「だって、私は、そうしたほうが、
     いいと思うんだもの!」と、よく言う!

    それで、常識から考えて、
    とうてい無理(むり)だと思われるようなことも、
    成功させている!

    だから、ぼくは、
    「そうして、良かったですね!」
    としか、言えない。

    すごい人だと、思う。


    問題は、この仏智が、
    どうやったら出てくるかだと思う。

    はっきり言うと、
    『仏智(ぶっち)』は、
    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
    となえないと、
    出てこない!


    南無妙法蓮華経は、自分の生命の中にある、
    最高に素晴らしい、仏(ほとけ)の生命を
    ひきだす、鍵(かぎ)に、似ている!

    だから、南無妙法蓮華経を、となえることによって、
    自分の中にある、
    仏(ほとけ)の知恵を開くドアが開(あ)き、
    ヒラメキが、出てくる!


    創価学会員で、創造的(そうぞうてき)な仕事をしている人が、
    創造上の壁(かべ)にぶつかった時に、
    南無妙法蓮華経を、何時間も、となえて、
    仏智であるヒラメキを、ひきだして、
    何度も、何度も、
    壁を、乗り越(こ)えてきたという話しは、
    よく、聞く。


    ぼくも、どうしたらいいか、悩むときなどは、
    南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
    となえると、
    理屈ではなく、
    絶対に、こうするべきだ!という、
    直感と確信が、わいてきて、
    はっきりと、進む道を選ぶことができたことが、
    たくさん、あった!

    また、これからも、
    そうしていくだろうと思う。


    南無妙法蓮華経を、となえると、
    未来の見えない道を、ある意味、
    仏智として、
    自分に見えるようにしてくれる!

    幸せになる道を、わからせてくれる!
    それが、仏智(ぶっち)だと、思う。

    すごいことだと思う。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

    南無妙法蓮華経を、理屈で、
    理解できる人は、いないと思う。

    今日、話した仏智にしても、
    南無妙法蓮華経の力の、
    ほんのわずかな力(ちから)に、すぎないと思う。

    南無妙法蓮華経の力は、
    ほんとうに、すごすぎて、
    とうてい、わからないと思う。


    だから、結論(けつろん)として言えることは、


    『南無妙法蓮華経は、信じるしかない!』


    ということだ・・・・。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


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    こころに、打ち出の小槌を30

    2018.11.02 Friday 00:36
    0
      映画館に、映画を見に行くと、
      本編(ほんぺん)の前に、
      かなり長い予告編(よこくへん)を
      見ることになる。

      その中で、前に、
      ミニ映画みたいなのを、
      上映(じょうえい)してくれていた。

      とても、かわいい短編映画だったので、
      印象(いんしょう)に残(のこ)っている。


      題名は、たしか、
      「シロウサとクロウサ」だった・・・・・・。


      ある女の子がピアノが好きで、
      毎日、練習するんですが、
      なかなか、うまくならない。

      それを見ていた、ぬいぐるみの
      「シロウサ」と「クロウサ」は、
      なんとかしてあげたいと、
      夜中に、魔法(まほう)を使って、
      ピアノの格好をしたケーキを作ります!

      朝、女の子が起きてみると、
      ピアノの格好(かっこう)をした、
      おいしそうなケーキが、おいてあって、
      そのケーキを食べた女の子は、
      元気になって、
      上手(じょうず)にピアノが弾(ひ)けるようになった!

      という話しの映画です。


      この話しの良(よ)いところは、
      最後にシロウサとクロウサは、
      魔法でピアノが弾けるようになったとは、
      言わない!

      女の子が、


      「毎日、一生懸命(いっしょうけんめい)、
       ピアノの練習をしたから、
       上手に弾けるようになったんだね!」


      と、ほめている。


      そして、最後に字幕(じまく)で、


      「この物語は、シロウサとクロウサが
       作ったケーキを食べると、
       人間は、勇気が出るという物語でした!」

      「あなたのもとにも、
       シロウサとクロウサが、
       現(あらわ)れるかもしれませんね!」


      と、いって、終わりになります。



      シロウサとクロウサが、
      ケーキを作ってくれて、
      勇気が出たら、
      ほんとうに、いいですよね!

      でも、実際(じっさい)には、
      シロウサとクロウサが、ケーキを作ってくれて、
      人間が勇気がでることは、ない・・・・。


      よく、
      「勇気がある」とか「勇気がない」とか、
      言うけれど、
      これは、ほんとうは、ウソだと思う。


      ほんとうは、勇気がない人なんて、いない!


      勇気を出す人と、
      出さない人がいるだけだ。


      実際のところは、
      勇気がないんじゃなくて、
      勇気をだす『パワー』がない!というのが、
      本当(ほんとう)だと思う。


      勇気を出すためには、パワーがいる!


      じゃあ?
      その勇気を出すパワーを、
      いったい、どうしたら、
      つけることが、できるんだ?というのが、
      一番の問題です!


      人間が勇気を出すためのエネルギー、
      その、ふくれ上がっていくような、
      プラスのエネルギーのことを、
      『生命力(せいめいりょく)』って、言います。

      だから、この『生命力』が、
      身体(からだ)と心の中に、
      たくさん、たくさん、あると、
      勇気を出すことが、できます!


      自分の身体に、自分の心に、
      その『生命力』を、つけることができたら、
      勇気が出るわけです。


      身体に元気がない時は、
      ご飯(はん)を食べれば、
      身体の元気は、回復(かいふく)します。

      こころに元気がないときは、
      好きな音楽を聴(き)いたり、
      好きな映画をみたり、
      本を読んだり、
      好きな人と遊んだりすると、
      こころは、元気(げんき)になります!


      でも、普通の生活の中で、
      勇気などを出すための根本(こんぽん)のもの、
      生命力を元気にするための、
      具体的(ぐたいてき)な方法は、ないんです!


      そして、
      生命力を増(ふ)やし、元気にするための、
      唯一(ゆいいつ)の方法が、

      『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
       を、となえる!』

      って、ことなんです。

      そして、それと同時に、
      仏法(ぶっぽう)の実践(じっせん)である、
      創価学会(そうかがっかい)の活動をすると、
      生命力は、
      どんどん、元気になっていきます。


      南無妙法蓮華経をとなえることは、
      車にガソリンを入れるようなものです。

      南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
      となえると、
      生命力のガソリンが、たくさん、
      蓄(たくわ)えられて、勇気が出てきます!


      南無妙法蓮華経は、
      『勇気のもと!』みたいなものなんです!


      そして、南無妙法蓮華経のガソリンを、
      生命にいっぱい、蓄(たくわ)えて、
      仏法(ぶっぽう)の実践である創価学会の活動をすると、
      生命力は、もっと、もっと、強くなって、
      元気になっていくわけです。


      残念(ざんねん)ですけれど、
      これ以外には、生命力を強くし、
      生命力を元気にする方法は、ありません!


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


      勇気のない人は、いない!
      勇気の出し方を、知らないだけだ。


      ぼくも、勇気のいるときは、
      ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経を、
      いっぱい、いっぱい、となえる!

      南無妙法蓮華経を、たくさん、となえると、
      勇気が出ることを、知っているからだ!

      そして、ふくれ上がった生命力で、
      勇気を、だしていく!

      それが、南無妙法蓮華経をとなえる
      ということだと、思う!


      勇気が、必要なときに、
      南無妙法蓮華経を、となえる!


      このことを知っているだけでも、
      本当に幸せだと思う。


      創価学会員は、そのことを知っている!
      そのことを、実践している!
      だから、負(ま)けない!! 強い!!
      だから、創価学会の人たちは、
      どんな苦難(くなん)があっても、
      幸せになっていける!

      けれど、このことを知らない人は、
      勇気を、ほんとうは、出さなければいけない時に、
      途方(とほう)にくれてしまう場合も
      あるかもしれない。


      「勇気を出す」と「勇気を出さない」とでは、
      人生に、天国と地獄(じごく)くらい、
      差(さ)が出てきてしまうにも、かかわらず!!


      そう考えると、
      南無妙法蓮華経を、となえるのと、
      となえないとでは、
      自分の人生と未来に、
      天国と地獄くらい、差があるんだと、
      深(ふか)く深く、思う・・・・・・。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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      こころに、打ち出の小槌を29

      2018.10.22 Monday 05:46
      0
        この前、
        創価学会(そうかがっかい)の友達と、
        喫茶店(きっさてん)で話しをしていたんですが、
        その友達は、喫茶店にいくのが好きで、
        よく、喫茶店にいくそうなんですが、
        なじみの喫茶店に行っても、
        暇(ひま)で、
        お客が入っていないときもあります。

        けれど、彼が喫茶店に入ってくると、
        そのあと、不思議(ふしぎ)と、
        お客が、どんどん入ってくるそうなんです。

        そういうことは、
        経営者(けいえいしゃ)や店長が、
        いちばん良く、わかっていて、


        「あなたが、お店に来ると、
         不思議と、お客がよく来るから、
         もっと、ちょくちょく、
         店に来てくれ!」


        と、言われるそうなんです!


        それは、ぼくも、良く、わかって、
        ぼくが知り合いのお店に行っても、
        そこの経営者から、

        『あなたが来ると、そのあと、お客が来るんだ!
         だから、もっと、ちょくちょく、
         顔を出してくれ!』

        と、言われます。



        まるで、福の神(ふくのかみ)みたいだけれど、
        こういうのを仏法(ぶっぽう)では、


        その人にそなわった『福運(ふくうん)』


        と、言います。


        人は、幸せの方に寄(よ)って来るものです。

        不幸な人のところに、
        わざわざ、よってくることは、
        あんまりないと思います。

        無意識(むいしき)のうちにも、
        生命(こころ)で、幸せの香(かお)りを、
        かぎつけて、
        なぜかしら、
        その香りに、ひき付(つ)けられて、
        人が集まってくる!


        それが、生命に刻(きざ)まれた『福運』です。


        問題は、
        この福運を、どうやったら、
        つけることが、できるかです。


        この福運は、
        どんなに、香水(こうすい)を付けても、
        着飾(きかざ)っても、付いてきません!

        この福運だけは、
        残念(ざんねん)ながら、
        創価学会が実践している、
        南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
        となえる仏法の信仰と、
        仏法の実践(じっせん)に直結(ちょっけつ)した、
        創価学会の活動でしか、
        ついてきません!!


        ご飯を食べれば、
        身体は元気になります。

        また、本を読んだり、映画を見たり、
        テレビを見たりすれば、
        知識は付くかもしれませんが、
        生命自体を幸せにする『栄養(えいよう)』、
        『福運(ふくうん)』は、
        決して、付いてはきません!

        みずからの生命に刻まれる福運は、
        『南無妙法蓮華経を、となえる』ことと、
        その仏法に直結した活動でしか、
        つけることは、できません!!


        『福運(ふくうん)』・・・、


        この福運がないと、
        どんなに努力しても、報(むく)われません!
        また、福運がないと、
        チャンスや、運を、つかむことができません!


        『福運は、幸せを、つかむ根本(こんぽん)なんです!』


        その福運を付ける、
        唯一(ゆいいつ)の方法が、
        南無妙法蓮華経をとなえるという行動であり、
        その仏法(ぶっぽう)に直結した、
        創価学会の活動です!


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

        どんなに、才能(さいのう)があっても、
        どんなに、地位や名誉(めいよ)や権力があっても、
        福運が、なくなったら、
        その人は、
        滅(ほろ)んでいきます。


        福運がなくなることほど、
        みじめなことは、ありません!


        福運がなくなると、
        どんなに努力しても、
        報(むく)われることは、
        決してないからです!


        人は、幸せに向かって努力することは
        知っているけれど、
        大切(たいせつ)なことを忘れている!!


        それは、自分の幸せを左右(さゆう)するのは、
        『福運だ!』ということです。


        その「福運」を付けることも、
        福運を、つける方法も、知らない・・・!



        幸せとは、福運と直結しているのに!!!



        実(じつ)は、
        南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
        その仏法に直結した、創価学会の活動でのみ、
        人は、みずからの生命に、
        福運を刻(きざ)むことが、できる。


        これだけは、どうしようもない・・・。


        そんなこと、あるものか!
        と言ってみたところで、
        本当(ほんとう)だから、しょうがない。


        創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
        仏法の信仰(しんこう)でしか、
        『福運』はつかないでしょう・・。


        だから、
        南無妙法蓮華経を、となえるという、
        仏法(ぶっぽう)の信仰と、
        その仏法の活動に直結した
        創価学会の活動は、
        福運をつける唯一(ゆいいつ)の方法であるがゆえに、
        世界最高の平和活動となり、
        文化活動となり、
        ひとりひとりを幸せにする、
        最高最大の幸福活動になるんだと思う・・・・・!


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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        こころに、打ち出の小槌を28

        2018.10.09 Tuesday 08:42
        0
          創価学会(そうかがっかい)が実践している、
          南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
          となえる仏法(ぶっぽう)が、
          スゴイことは、わかっています。

          確固(かっこ)とした幸せをつかみたかったら、
          この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)しかない!
          ことも、
          わかります!

          けれど、なかなか、
          この南無妙法蓮華経の仏法を、
          真剣に、真面目(まじめ)に、
          やってみようとは思えないのも、
          事実(じじつ)かもしれません。


          人によって、
          この創価学会の信仰(しんこう)を
          真面目にやりはじめるきっかけは、
          まちまちのようです。

          だだ、どんな人でも、
          真剣にやりだしたら、
          必ず結果がでる。

          悩みが解決したり、
          夢や希望をかなえていけたり、
          必ず、幸せになっていけるのが、
          創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
          仏法(ぶっぽう)の信仰です。


          ある壮年(そんねん)の方は、
          こういうことが、きっかけで、
          真面目に創価学会の信仰を
          やりだしたそうです・・・。


          かなり、昔の話しでもあり、
          あまり、科学的でないかもしれませんが、
          ぼくが、その壮年の方から、
          聞いたとおりに、
          話したいと思います。


          その壮年の人は、
          奥さんが、創価学会の信仰を
          熱心(ねっしん)にやっていたので、
          結婚するときに、結婚する条件として、
          創価学会に、入会したそうです。

          だから、彼は、
          創価学会にも、
          仏法の信仰にも、
          まったく、興味(きょうみ)がなく、
          入会したのは名ばかりで、
          創価学会の活動も、信仰も、
          まったく、やっていませんでした。

          ところが、奥さんが、
          胃(い)がんに、かかってしまって
          入院したそうです。

          奥さんの癌(がん)は、
          そうとう進んでして、
          末期(まっき)に近い癌だったそうです!

          奥さんは、絶対、
          癌(がん)を治(なお)そうと、
          毎日、10時間くらい、
          南無妙法蓮華経を唱(とな)えたそうです。

          それで、彼も、奥さんに、
          なんとか、生きてほしいので、
          真剣に南無妙法蓮華経を、
          となえだしたそうです。

          奥さんは、ほんとうは手術をしないで、
          南無妙法蓮華経をとなえて、
          癌(ガン)を治したかったらしいんですが、
          たまたま、めったに手術を受けられない、
          胃がんの権威(けんい)の名医(めいい)に、
          手術を受けられるチャンスにめぐまれ、
          手術を受けたそうです!


          こういう話しは、よく聞くことですが、
          南無妙法蓮華経を真剣にとなえていくと、
          普通だったから考えられない巡(めぐ)り合わせ、
          ラッキーやチャンス、
          出会いに恵(めぐ)まれることが、
          多々(たた)、あるようです。


          南無妙法蓮華経には、
          環境(かんきょう)や状況(じょうきょう)を
          良い方向に、
          変(か)える力が、ある!!


          ということだと思います。


          それで、その奥さんは、
          ほんとうだったら、胃のほとんどの部分を
          切除(せづじょ)しなければならなかったんですが、
          名医のおかげで、
          胃を切除するのが、
          最低限ですんだそうです!

          その時、彼は、
          妻の切除された胃を見せてもらったそうです。


          それを見て、彼は驚(おどろ)いたそうです。


          創価学会では、昔、
          よく、癌に、かかると、

          『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
           となえぬいて、がん細胞を、
           焼(や)き切るんだ!』

          と言っていたそうです。
          (ぼくは、聞いたことありませんので、
           本当か、どうかは、わかりません・・・)

          彼は、そんなことは、信じていなかったんですが、
          妻の切除された胃を見ると、
          がん細胞が、マッチ棒(ぼう)の先のような、
          黒い焼け焦(こ)げた跡(あと)みたいな点になって、
          大半が、焼け死んでいたそうです!

          それを、目の当たりに見て、

          「南無妙法蓮華経が、がん細胞を、
           焼き切るというのは、ほんとうだったんだ!」

          と、心から思い、
          それ以来(いらい)、まじめに、
          創価学会の活動と信仰をやるようになって、
          今は、支部の幹部になっている!

          という話しをしてくれました。


          科学的な根拠(こんきょ)はわかりませんが、
          本人に、
          本当の確信(かくしん)がなかったら、
          創価学会の信仰を真面目にやることも、
          幹部になることも、
          なかったと思います。

          南無妙法蓮華経をとなえてみて、
          本人にしかわからない、
          絶対的な確信が、
          その人の生命の中で、
          ふつふつと、
          湧(わ)き上がってきたんだと思います。


          人間というのは正直(しょうじき)です。

          その本当の確信が、
          生命に湧(わ)き上がっていなかったら、
          この創価学会の信仰を、
          続けられないと思うからです。


          きっかけはどうであれ、
          彼の妻の病気が、
          彼を、

          『創価学会(そうかがっかい)の信仰』

          という、
          絶対的幸せの道に、
          導(みちび)いたんだと、
          思います。


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

          何か不思議(ふしぎ)ですし、
          半信半疑(はんしんはんぎ)ですから、
          彼の話しが、医学的に正しいかどうかは、
          わかりません。

          けれど、
          彼も、彼の妻も、
          南無妙法蓮華経をとなえて、
          結果として幸せになったことだけは、
          事実です。

          この、
          『幸せになった結果』
          というのが、
          大事(だいじ)だと思います。


          最も重要なことは、
          『幸せになったという結果』で、
          この幸せという結果がでるのが、
          創価学会の、
          南無妙法蓮華経をとなえる、
          仏法(ぶっぽう)の信仰です。

          だから、世界192ヶ国もの人たちは、
          この創価学会の仏法の信仰を、
          やっているんだと思います。


          それに、
          この壮年と奥さんの話しに、かぎらず、
          真剣に、創価学会の仏法を実践(じっせん)し、
          必死に南無妙法蓮華経を、
          となえ続けたところ、
          医者の方も不思議(ふしぎ)がるんですが、
          ガンが、消えてしまったという話しは、
          多々(たた)、聞くことがあります。


          それは、事実です。


          また、
          まじめに、創価学会の活動と
          南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を実践している人を、
          検査(けんさ)したところ、
          普通だったら、
          治(なお)るはずがない難病なのに、
          なんども、自然治癒(しぜんちゆ)した痕(あと)が、
          残ってたという話しも、
          聞いたことが、
          あります。


          それらのことから考えるとき、
          人間には、もともと、
          すごい生命力(せいめいりょく)が、
          あるんだと、思います。

          その本来(ほんらい)、
          人間が持っている、
          すごい生命力を
          引き出す力(ちから)が、
          南無妙法蓮華経には、
          きっと、あるんだと思います!

          だから、南無妙法蓮華経を、となえつづけると、
          本来、人間の、もっている
          素晴らしい力(ちから)が、
          引き出される!

          その結果として、病気にかかわらず、
          南無妙法蓮華経を、となえることによって、
          さまざまな悩みや困難(こんなん)を、
          克服(こくふく)できたり、
          さまざまな夢や希望を実現できたり、
          できるんだと思います。


          だから、きっと、

          『本来、人間が持っている、
          素晴らしい力(ちから)、
          無限の可能性を、引き出す!』

          それが、
          『南無妙法蓮華経を、となえる!』
          と、いうことなんだと、思います・・・・。


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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          category:病気 | by:kokouchi | - | -

          こころに、打ち出の小槌を27

          2018.09.17 Monday 21:12
          0
            だいぶまえだけれど、
            ベルリンマラソンで、
            野口みずきが、日本新記録を出して、
            優勝したのを見たことがありました。

            野口みずきは、
            2004年のアテネオリンピックの
            女子マラソンで、
            金メダルをとり、
            その当時(とうじ)、
            乗りに乗っていたんだと思う。

            その野口みずきが出た
            ベルリンマラソンの中継放送の
            テレビで話していたんですが、
            その野口みずきの、「みずき」は、
            「花みずき」から、
            とった名前だそうです。

            そして、「花みずき」には、
            花言葉で、


            「礼(れい)を、返す!」


            という意味が、あるそうです。


            その時のベルリンマラソンで、
            野口みずきが、

            「今回、日本新記録を出して、
             監督やコーチに、恩(おん)を返したい!」

            と、言っていたのを
            記憶しています。


            「花みずき」の花言葉どおりの、
            『恩を返(かえ)す』、
            みごとな優勝だったと、思いました。


            やはり、「恩を返す」とは、
            人間にとって、大切なことであり、
            大きなエネルギーになるんだと
            思いました。



            次元(じげん)は違いますが、
            日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
            御書(ごしょ)に、

            『報恩抄(ほうおんしょう)』

            という御書が、あります。

            (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
             論文とか手紙を、すべて集めたものです)


            報恩抄(ほうおんしょう)では、
            名前の通り、
            恩に報(むく)いる生き方について、
            話されています。

            たとえば、
            きつね(狐)は、
            自分の生まれた古塚(ふるつか)を、
            決して忘れないと言われるし、
            動物でさえ、恩に報(むく)いようとする。

            だから、まして人間は、当然(とうぜん)である!


            人間は、生まれたときは、
            けもの(獣)と同じだそうです。

            それは、そうだ!
            だって、何にも知らないんだもん。
            それを、親が、
            いろいろなことを教えてくれて、
            ようやく、人間になっていく。

            他の動物になくて、
            人間にあるものの一つとして、
            人間は、どうして、いま自分が、
            こうして生きていられるか
            ということについて、
            理解することができる!

            ほかの動物は、
            そういうことは考えない!

            難(むずか)しく言うと、
            『因果(いんが)』、

            原因(げんいん)と結果(けっか)を、
            はっきり、
            知ることができるのが、
            人間だそうです。

            だから、人間は、
            親や、先生や、
            まわりの人々に、
            感謝することができる!

            この感謝(かんしゃ)する心、
            恩を知る心を、
            持(も)っているのが、
            人間だそうです。

            だから、逆(ぎゃく)に言えば、
            感謝するということ、
            恩に報(むく)いようとしないと、
            もう、身体は人間でも、
            こころは人間とは言えない、
            下劣(げれつ)な生き物になってしまう!


            日蓮大聖人が、なぜ、
            この『報恩抄(ほうおんしょう)』を
            書いたかというと、
            自分に、さまざまなことを教えてくれた、
            道善房(どうぜんぼう)という師匠の恩に、
            報(むく)いるためだそうです。

            師匠(ししょう)である道善房の死を知らされ、
            日蓮大聖人は、だいだい、
            原稿用紙(げんこうようし)?100枚くらい?の、
            この『報恩抄』を書いて、
            兄弟子に、
            この手紙(報恩抄)を送り、

            「師匠(道善房)の墓前(ぼぜん)で読むように!」

            と、
            指示(しじ)されている。


            日蓮大聖人が、
            この報恩抄のいちばん最後のところで、
            こう、言っている。


            『日蓮の慈悲(じひ)が広大ならば、
             南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
             万年のほか、未来までも、
             流布(るふ)するであろう。

             日本国の一切衆生(いっさいしゅじょう)の
             盲目(もうもく)を開く、
             功徳(くどく)がある。
             無限地獄の道を、
             ふさいだのである。』
             

             ・・と。


            未来の全民衆を、救(すく)っていく!
            幸せにしていく!
            それが、日蓮大聖人にとっての、
            師匠の恩に報いるということだと思う。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

            現在、日蓮大聖人の
            南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
            創価学会(そうかがっかい)の出現とともに、
            日本は、おろか、
            全世界、192ヶ国に
            広がっている!

            そして、日蓮大聖人の予言(よげん)のとおり、
            人々を、絶望(ぜつぼう)から救い、
            世界中の人たちの悩みを解決し、
            さまざまな形で、
            幸せを結実(けつじつ)させている。


            きっと、こんなスゴイ恩返しは、ないと思う!


            最高の法(ほう)を、持つということ。
            最高の哲学(てつがく)を実践するということ。

            この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を、
            実践(じっせん)するということは、
            自分だけでなく、
            家族や、まわりの人々、
            世界をも、
            幸せにしていくことに
            つながっていく。


            だから、世界のためにも自分のためにも、
            最高に価値(かち)がある、
            この南無妙法蓮華経の仏法を
            実践することが、
            結局、最高の報恩(ほうおん)!
            『恩を返す』ということに、
            つながっていくんだと思う・・・。

            すなわち、
            南無妙法蓮華経を、となえる生き方は、
            報恩、『恩を返す』という、
            人間としての最高の行動を、
            その人に、させてくれるので、
            その人は、当然、
            最高の人間として輝(かがや)いていき、
            最高の幸せを、
            つかめるようになっていく。


            だから、創価学会の人たちは、
            自己(じこ)を大きく開花させて、
            幸せになっていけるんだと、
            思う・・・・・・。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


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            category:テレビ | by:kokouchi | - | -

            こころに、打ち出の小槌を26

            2018.08.31 Friday 23:02
            0
              前に、ちょっと話しましたが、
              創価学会(そうかがっかい)では、
              月に一度、
              地域の創価学会員が、あつまって、
              いろいろ話したり、仏法(ぶっぽう)を学んだり、
              催(もよお)し物をやったりする、
              座談会(ざだんかい)という会合があります。


              普通は、同じ地域の人たちが集まるので、
              集まる人は、それほどは変わりません。


              けれど、めったにはないけれど、
              たまに、
              交流(こうりゅう)を深める意味で、
              遠くに住んでいる、他地区の創価学会員の人たちが
              参加してくれる、
              「交流座談会」というのを、
              やることがあります。


              交流座談会というのは、
              普段(ふだん)、会わない人の話しが聞けるので、
              すごく、新鮮(しんせん)です。


              前にあった、交流座談会の話しですが、
              その時は、他地区から、
              5人の方が、
              参加してくれました。

              そして、
              その5人が、5人とも、
              自分や家族の、
              さまざまな悩みや困難(こんなん)を、
              創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰によって、
              乗り越(こ)え、解決していった
              体験と、確信を、
              語ってくれていました!

              そういう、新鮮な話しを聞くと、
              わかってはいるつもりだけれど、
              創価学会が実践(じっせん)している、
              南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
              の仏法の信仰は、

              『ほんとうに、スゴイ!!』

              と、
              確信を新(あら)たにすることができます。


              何が?スゴイか?というと、
              この『南無妙法蓮華経を、となえる』、
              創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰が、
              その5人が、5人とも、
              性格も、境遇(きょうぐう)も、
              悩みも、すべて、
              まったく違(ちが)うにもかかわらず、
              その、一人一人の悩みや困難を、
              一人一人に適合(てきごう)して、
              ことごとく、解決している!!
              と、いうことです。


              それは、この仏法が、
              どんな人の悩みや願いにも対応できる、
              正真正銘(しょうしんしょうめい)、
              どんな宿命も克服(こくふく)し、
              転換(てんかん)できる、
              真実の信仰であることの、
              証明に、ほかならないからです。


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
              どこかの学者か、だれかが、


              「少しの人数の人を、長い年月、
               だますことが、できたとしても、
               多くの人数の人たちを、短い時間、
               だますことが、できたとしても、
               たくさんの、多くの人たちを、
               長い年月、
               だますことは、できない!!」


              と、言っていた。


              創価学会は、世界192ヶ国に広がっている。
              これだけ、多くの人たちを、
              これだけ、長い年月、
              だますことは、できない!!!


              交流座談会に参加してくれた学会員さんたちが、
              さまざまな宿命(しゅくめい)を転換してきた体験を
              話してくれていたけれど、
              それを聞いていた学会員さんたちも、
              この『南無妙法蓮華経の仏法』を実践すれば、

              そうなって、当然(とうぜん)だ!

              というふうに、
              確信(かくしん)を持って聞いている。


              この光景(こうけい)を見ると、
              どんなに、ひねくれた考えかたをしても、
              この創価学会の、南無妙法蓮華経を
              となえる仏法(ぶっぽう)の信仰は、
              ひとりひとりに、
              本当の幸せを、
              もたらし、
              悩みの解決や夢の実現など、
              現実に必ず、結果の出る、
              真実の信仰だ!と、
              言わざるをえない・・・・!!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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              category:悩み | by:kokouchi | - | -

              こころに、打ち出の小槌を25

              2018.08.20 Monday 07:04
              0
                以前、テレビで、
                「泣き虫女子バレー部の青春300日」
                という番組を、見たことがあります。

                はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
                たしか?広瀬さんという、
                元オリンピック選手が、
                その高校バレーボールチームのコーチとして、
                いろいろ、がんばっていく
                ドキュメンタリーだった。


                その中で、目に付(つ)いたのは、
                広瀬さんが、高校生たちに、

                『ぜんぜん、本気(ほんき)になっていない!』

                とか

                『やる気、あるのか!』

                とか、
                どなるシーンだった。


                本気とか、やる気というものは、
                精神的なものなので、
                なかなか、
                わからないところが、
                あると思う。

                ぼくからみれば、
                みんな、
                一生懸命(いっしょうけんめい)やっているように
                見えるんだけれど、
                広瀬さんのような人が、
                現場(げんば)で、プロの目で見ると、
                やる気になっているか?
                本気を出しているのかが、
                わかるのかも、しれない・・。


                やる気とか、本気とかいうものは、
                精神的な問題だから、
                目に見えずらい!

                けれど、広瀬さんは、
                あえて、
                そういうことを、
                何度も、何度も、
                口(くち)にしていた。

                それは、やる気とか、本気とかいうことは、
                「こころ」の問題だけに、
                逆(ぎゃく)に言えば、

                『限界(げんかい)がない!』

                ということだと思う。

                だから、この限界がない部分の、
                やる気とか、必死さを、
                もっと、もっと、
                出すことによって、
                技術的にも、能力的にも、精神的にも、
                若い高校生だけに、
                もっと、もっと、成長していける!


                たぶん、広瀬さんは、
                プロとして、そのことが、
                わかっているんだと思う・・・。



                もっと、やる気を出せば、
                もっと、成長できるし、成功できる!


                もっと、本気になれば、
                もっと、もっと、
                可能性(かのうせい)が広がっていく!


                けれど、スポーツの世界でもなく、
                普通の社会の中では、
                そのやる気とか、本気さを、
                発揮(はっき)したり、
                また、それを、
                意識して発揮するようなことは、
                なかなか、
                難(むずか)しい現実が、
                あると思う。


                こころの強さを、変える。
                一念(いちねん/こころ)の強さ、
                気迫(きはく)、情熱を、
                もっと、もっと、強くしていく!


                その、最も、難(むずか)しい部分を、
                だれでも、自然のうちに、
                体得(たいとく)していくことが
                できるようにしたのが、

                『仏法(ぶっぽう)』

                だと思う。


                創価学会(そうかがっかい)が
                実践(じっせん)している仏法では、

                『ご本尊(ほんぞん)に、
                 南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                 となえる』

                という行動によって、
                無意識(むいしき)のうちに、
                自然のうちに、自分の中から、
                強い強い生命力(せいめいりょく・一念・こころ)を、
                出していく!


                南無妙法蓮華経をとなえることは、
                自分の中にある無限(むげん)の生命力を、
                湧(わ)き上がらせていくことだからです。


                そして、それが、
                起爆剤(きばくざい)となって、
                どんな社会においても、
                実証(じっしょう・現実における結果)を、
                しめし、
                勝利していけるように、
                なっていく!


                だから、創価学会には、
                世界中いたるところで、
                実証を示(しめ)し、
                勝利して輝(かがや)いている人が、
                たくさん、たくさん、いるし、
                そういう素晴らしい人たちが、
                次々(つぎつぎ)に、続々と出てきている。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

                「光にしろ、ほんのわずか、
                 角度(かくど)を変えただけで、
                 長い年月からすると、
                 大きな差(さ)が、でてくる。」

                と、言っていた。


                こころも、同じだと思う!


                こころの角度を、ほんの少しだけでも、
                変えることができたなら、
                人生は、大きく開けていく!


                こころは、目に見えないだけに、
                限界がない!

                この部分を、もっともっと、強く、
                希望の方向に、もっていけたら!!

                その人は、必ず、
                勝利者になっていけると思う。


                実は、この『こころ』の部分が、
                人生の中で、
                いちばん!
                大切(たいせつ)なのかもしれない!!


                その『こころ』の部分に、
                最(もっと)も、注目し、
                最も、急激に変化させ、
                向上(こうじょう)させる方法を、
                生命の根本(こんぽん)から解決し、
                すべての人のために、説いたのが、
                南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
                それを、世界中に広め、実践しているのが、
                創価学会なんだと、
                思う・・・・・!


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                JUGEMテーマ:日記・一般



                category:テレビ | by:kokouchi | - | -

                こころに、打ち出の小槌を24

                2018.08.06 Monday 10:12
                0
                  先日、聖教(せいきょう)新聞にのっていた、
                  娘が水頭症で生まれ、
                  医師に、
                  「長生きできないでしょう」
                  と言われながら、
                  創価学会(そうかがっかい)の信仰で
                  乗り越(こ)えてきたという、
                  体験の話しをしたんだけれど、

                  その学会員さんが、
                  こころの支(ささ)えとしていた、
                  池田先生(創価学会インターナショナル会長)
                  の言葉がのっていました。


                  それは、


                  『だれであろうと、

                   その人が、

                   その人であるというだけで、

                   かけがえのない存在なのである。』


                  という、言葉です。



                  この言葉を読んで、
                  正直、ぼくは、
                  感動してしまいました!


                  なんという、あったかい言葉なんだろう!

                  なんという、愛情のこもった言葉なんだろう!

                  なんという、人間愛なんだろう!

                  なんという、楽観主義(らっかんしゅぎ)なんだろう!

                  なんという、広い、こころなんだろう!


                  そこには、一切の差別(さべつ)がない!
                  人間であることの、かぎりない希望と、
                  かぎりない愛情と、
                  人間であることの強さと、
                  人間であることの確信(かくしん)と、
                  ぜったいに、
                  ひとりも不幸にはしないという、
                  強い強い、決意が、
                  宇宙のように、にじみでいる!


                  創価学会の人だったら、
                  わかると思うけれど、
                  こんな、素晴らしい、
                  池田先生がいること自体(じたい)が、
                  もう、
                  なによりも、幸せだと、
                  思った!


                  そして・・・
                  池田先生という人生の師匠(ししょう)を通して・・・・
                  言葉にすることのできない感動が、
                  こころの底(そこ)から、
                  深く、
                  深く、
                  こみあげてきた・・・・!


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                  言葉では、言いあらわせないことが、ある。

                  言葉では、言い尽(つ)くせないことが、ある。


                  なぜ、感動するのかは、わからない。
                  人間は、感動する生き物なのかも、しれない!
                  人が、どんなに、
                  非難・中傷(ひなん・ちゅうしょう)しようとも、
                  人が、どんなに、バカにしたとしても、
                  真実は、必ず!!
                  伝(つた)わってくるからだ。


                  それが、感動なのかも、しれない!


                  南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                  となえる音律(おんりつ)は、
                  全宇宙に、とどくと、
                  いう。

                  南無妙法蓮華経を、となえる音声(おんじょう)は、
                  全世界に、
                  伝わるという。


                  そして、本当に民衆のことを、思い、
                  本当に、民衆の、世界の人々の幸せを
                  願っている人間の心は、
                  必ず、伝わるものだ!


                  それが、
                  南無妙法蓮華経の音声(おんじょう)なのかもしれない!


                  池田先生という、
                  師匠を通して、わかること!


                  それは、池田先生は、正しい!


                  ということだ。


                  それは、そのまま、
                  創価学会が、どれだけ素晴らしく、
                  どれだけ、正しいかという
                  証明につながり、
                  創価学会が実践(じっせん)している、
                  南無妙法蓮華経をとなえる
                  仏法(ぶっぽう)の信仰が、
                  どれだけ、正しいかの、
                  証明になっている。



                  感動は、かくすことは、できない!
                  感動は、ウソを、つかない!
                  そして、感動は、
                  真実と、直結(ちょっけつ)している。


                  言葉にすることのできない感動が、
                  伝えてくれるもの!

                  それは、


                  『創価学会は、明(あき)らかに、確かに、正しい!
                   この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
                   人間においても、
                   生命においても、
                   理論(りろん)においても、
                   完璧(かんぺき)に正しく、
                   すべての人に、
                   真実の幸せを、もたらす・・・!』


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                  こころに、打ち出の小槌を23

                  2018.07.29 Sunday 10:00
                  0
                    ぼくは、
                    デザイン関係の仕事をしているせいか、
                    いつもではないけれど、
                    少し盛(も)り上げたい
                    創価学会(そうかがっかい)のセミナーとか、
                    創価学会の、ちょっとした総会みたいなものや、
                    座談会などで、
                    (座談会とは、創価学会で、月に一度、行っている
                     地域の創価学会員が老若男女あつまって、
                     いろいろ話したり、催(もよお)し物を行ったり、
                     仏法(ぶっぽう)を学んだりする会合です)
                    横幕(よこまく)とか、
                    場を盛り上げるためのポスターみたいなものを、
                    つくったりすることがあります。


                    創価学会の活動は、
                    ご本尊(ほんぞん)に、
                    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                    となえていく信心の部分と、
                    人と人との、つながり、ふれあい、
                    対話といった、
                    人間に接(せっ)していく部分が多いですが、
                    ぼくみたいに特技を生かして、
                    横幕やポスターを描(えが)くのも、
                    創価学会の活動だと思っています。

                    仕事で、疲(つか)れたあとなど、
                    大変ではあるけれど、
                    創価学会の活動は、苦(く)ではありません。


                    なぜだろう?


                    創価学会の活動をすると、
                    歓喜(かんき)してきて、
                    元気になってきます。


                    創価学会の活動は、ボランティアではないし、
                    仕事でもないし、
                    人のためになるんだけど、
                    人のために、やっているという自覚(じかく)も、
                    あまり、ありません!

                    というより、


                    自分のために、やっている!


                    という自覚のほうが強いです!!

                    そして、現実に、自分のためになり、
                    ひとつも無駄(むだ)がなく、
                    自分に、すべて、帰ってくるのが
                    仏法(ぶっぽう)であり、
                    創価学会の活動だと思います。


                    人生において、
                    幸せになるために、
                    絶対に必要なもの。

                    たとえば、幸運とか、ラッキーとか、
                    人徳(じんとく)とか、お金とか、
                    愛とか、自分を愛してくれる家族とか、良き友とか、
                    幸せになるためには、他にも、
                    言葉では言いあらわせないものが、
                    たくさん、あると思いますが、
                    それら、人生において幸せになるために
                    必要なものに、

                    『幸せの元(もと)』

                    と、名前をつけたとしたら、
                    創価学会の活動は、
                    その『幸せの元(もと)』を、生み出し、
                    たくさん、たくさん、
                    貯(た)めることができるんです!


                    世界で、唯一(ゆいいつ)、
                    『幸せの元』を、貯金できる方法!


                    それが、創価学会の活動だと
                    言っていいと思います。


                    残念(ざんねん)ながら、
                    この『幸せの元』を、自分自身のなかに、
                    生み出し、貯金できる方法は、
                    ほかには、ないでしょう・・・!


                    これは、実際、やってみないとわからないし、
                    体験しないと、理解できないと思います。



                    昨日、部屋のすみっこに、かくれていた
                    古い聖教(せいきょう)新聞を整理していたら、
                    その中で、創価学会員の体験がのっていて、
                    つい、読んでしまいました。

                    すごく、感動しました。
                    娘が、水頭症で生まれ、
                    医師に、「長生きできないでしょう」
                    と言われながら、
                    創価学会の信仰で乗り越(こ)えてきた体験でした。

                    その中で、その学会員さんが、

                    「娘の食事などの面倒(めんどう)をみますから、
                     時間に限りはありますが、
                     それでも、創価学会の活動に懸命(けんめい)に
                     取り組むと、命の姿勢(しせい)が、
                     前向きになるんです!」

                    と言っているんですが、
                    やっぱり、創価学会の活動は、
                    ほかの活動と、


                    何かが?違(ちが)う!


                    と、思いました。


                    それは、

                    『自分の生命の、こころの、
                     方向性(ほうこうせい)を変える!』

                    と、いうことだと思います。


                    これは、簡単なようで、
                    スゴイことだと思います!

                    生命を、希望へ、勇気へ、幸せの方向に、
                    変革(へんかく)していく!

                    たぶん、表面的には、
                    こころの方向性を変える方法は、
                    いろいろ、あると思いますが、
                    自分の生命の方向性を、
                    根本(こんぽん)から変革していけるのは、
                    創価学会の活動だけだと、
                    思います。


                    だから、創価学会の活動をすると、
                    歓喜して、元気になってきて、
                    希望が湧(わ)いてくるんだと、
                    思います!


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                    南無妙法蓮華経は、
                    『歓喜(かんき)の中の大歓喜なり!』


                    と言う。

                    それは、南無妙法蓮華経が、
                    宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)できる、
                    唯一の法則(ほうそく)だからだと思う。


                    南無妙法蓮華経を、となえていると、
                    無意識(むいしき)のうちに、
                    自分の生命は変革され、
                    蘇生(そせい)していくのを感じ、
                    その、生命が変革されゆく喜(よろこ)びから、
                    歓喜してくるんだと思う。

                    そして、
                    南無妙法蓮華経が、歓喜の中の大歓喜ならば、
                    それを、実践(じっせん)している創価学会も、
                    歓喜の中の大歓喜なんだと、
                    思う!


                    創価学会が、南無妙法蓮華経を、
                    真実に実践している団体ならば、
                    創価学会と、南無妙法蓮華経は、
                    『同一』のリズムの中にあるんだと思う。


                    南無妙法蓮華経が、宿命を転換できる、
                    唯一(ゆいいつ)の法則ならば、
                    創価学会の活動も、宿命を転換できる、
                    唯一の方法なんだと、思う・・・・・!


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                    JUGEMテーマ:日記・一般



                    category:日常 | by:kokouchi | - | -

                    こころに、打ち出の小槌を22

                    2018.07.15 Sunday 10:00
                    0
                      まえに、
                      ブログを見ていたら、
                      手首を、何度も、何度も、
                      切ってある写真が、のっていた。

                      自分の身体を、
                      傷(きず)つける人の心は
                      わからないけれど、
                      自分の心を、自分で傷つけたり、
                      卑下(ひげ)したりするのも、
                      結局(けっきょく)、
                      自分を傷つけているのと、
                      同じなのかもしれない?と、
                      思いました。


                      それで、思い出したけれど、
                      以前、
                      ヤッパリ、自分を傷つけずにはいられない
                      若い女性がいて、
                      その女の子が、
                      創価学会(そうかがっかい)に入会しました。

                      その子が、創価学会に入会して、
                      どうなったと思いますか?

                      彼女は、


                      『自分を、傷つけたくなくなった!』


                      そうです。


                      彼女の何が変わったのか?と、
                      考えてみると、
                      二つのことが、考えられると思います。

                      一つ目は、

                      『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』。

                      彼女が、南無妙法蓮華経を、となえ始めた!
                      ということです。

                      『南無妙法蓮華経は、蘇生(そせい)の義(ぎ)なり』

                      といって、
                      南無妙法蓮華経を、となえていると、
                      身体だけでなく、
                      『こころ』も蘇生(そせい)していきます。

                      だから、彼女の「こころ」も、
                      蘇生して、
                      もう、自分の身体を傷つけなくなったんだと、
                      思います。

                      それと同時に、

                      『南無妙法蓮華経は、歓喜(かんき)の中の大歓喜なり』

                      と、いって、
                      南無妙法蓮華経を、となえていると、
                      生命が歓喜して、
                      幸せを感じるようになっていきます。

                      南無妙法蓮華経を、となえることによって、
                      彼女も、幸せを感じるようになってきて、
                      楽しくなってきたので、
                      もう、自分の身体を傷つける必要は、
                      別(べつ)になくなったんだと、
                      思います。

                      これが、ひとつ。


                      もうひとつの理由は、

                      『ご本尊(ほんぞん)』です。

                      ご本尊とは、
                      南無妙法蓮華経をとなえる対象(たいしょう)のことで、
                      日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
                      未来の全民衆を幸せにするために、
                      したためられ、書き残された、
                      曼荼羅(まんだら)です。

                      曼荼羅(まんだら)とは、
                      祈る対象として、仏(ほとけ)などを、
                      紙などに描きあらわしたもので、
                      日蓮大聖人は、仏(ほとけ)の生命を、
                      文字で、表現することによって、
                      具体化と抽象化(ちゅうしょうか)の
                      絶妙(ぜつみょう)のバランスで、
                      仏の生命を、表現しきっています。


                      この、ご本尊は、


                      『自分を写す鏡(かがみ)』


                      だと言われています。


                      人間(自分)の中には、
                      強くて、あったかくて、やさしくて、
                      最高に素晴らしくて、
                      魅力的(みりょくてき)な生命が
                      あります。

                      簡単(かんたん)に言うと、
                      本来、自分が持っている、
                      最高に素晴らしくて、
                      最高に魅力的な自分!

                      それを、ご本尊(ほんぞん)は、表現しています。


                      人間の心は、たえず、変化しています。

                      いつまでも、同じ心でいることは、
                      ありません!
                      朝、気持ちよく起きても、
                      電車でチカンに会えば、ムカっとするし、
                      また、会社で好きな人に会えば、
                      うれしくなってくるし、
                      上司(じょうし)に、しかられれば、
                      がっかりする。

                      人間の心が変化するといっても、
                      いつも、何かの縁(えん)にふれて、
                      心は、変化します。

                      一万円札を拾(ひろ)えば、その縁によって、
                      心が、喜んだりします。
                      家族が、病気になれば、その縁(えん)によって、
                      心は、悲しくなり、心配になります。

                      好きな人に会えば、その縁によって、
                      うれしくなり、嫌(きら)いな人に会えば、
                      その縁によって、ムカッとします。

                      感動する映画を見れば、その縁によって、
                      心は、ジーンとしてきます。
                      好きな音楽を聴(き)けば、その縁によって、
                      心は、気持ちよくなります。


                      『こころ』は、すべて何かの縁(えん)にふれて、
                      『その縁に合った心』に、変化していきます。


                      簡単に考えると、
                      縁にふれることによって、
                      その心が起こり、
                      変化していくのが、
                      心のシステムです。

                      だから、いろいろな感情や心を、
                      引き出すためには、
                      それを、引き出す『縁(えん)』が、
                      必要なんです。


                      その、さまざまな心や感情を引き出す縁は、
                      そのほとんどは、
                      現実の社会の中に存在(そんざい)しています。

                      だから、現実の社会に存在している
                      縁によって起こる感情を引き出すのは、
                      難(むずか)しくは、ありません!

                      だって、普通に生きていれば、
                      その縁に、普通にぶつかるので、
                      その縁によって、その心や感情は、
                      簡単に、引き出されます。


                      けれど、ひとつだけ、


                      『最高に強くて、あったかくて、やさしくて、
                      とっても幸せで、最高に魅力的な自分自身』


                      に、めぐり会えることは、
                      現実の社会の中では、不可能(ふかのう)です。

                      そりゃあ、そうです。
                      自分は、ここにいるんだから、
                      最高に素晴らしい、魅力的な自分が、
                      自分の前に現(あらわ)れることは、
                      ありえないからです。

                      だから、本来、素晴らしい自分なのに、
                      それを引き出す縁がないから、
                      なかなか、
                      本来の素晴らしくて魅力的な自分は、
                      でてこない!

                      ようするに、本当に幸せで、強くて、
                      魅力的な自分を、引き出すには、
                      そういう自分を引き出す『縁(えん)』
                      自分は、本当は、こうなんだ!と、
                      わからせてくれる『鏡(かがみ)』が、
                      必要なんです。

                      その鏡がないと、
                      本当に素晴らしい自分は、
                      出てこないんです!


                      その本当に素晴らしい自分を、映(うつ)し出す鏡が、
                      『ご本尊(ほんぞん)』なんです。


                      最初に話しましたが、
                      強くて、あったかくて、やさしくて、
                      最高に素晴らしくて、魅力的な生命、
                      本来、自分が持っている、
                      最高に素晴らしくて、最高に魅力的な自分!
                      を、表現したものが、ご本尊です。


                      だから、自分を傷つけずにはいられなかった、
                      女の子も、
                      毎日、ご本尊の前に座(すわ)って、
                      南無妙法蓮華経を、となえ、
                      ご本尊に、縁する(対面する)ことによって、
                      本当の自分を写す鏡である、『ご本尊』を見て、
                      本当の自分を、思いだし、
                      本当の自分に目覚(めざ)めていくんだと思います。


                      だから、自分を、傷つけたりしちゃ
                      いけない!

                      って、
                      こころから、わかったんだと、
                      思います。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                      ほんとうの信仰とは、
                      おすがりするものでは、ない!

                      本当の自分に目覚め、
                      本当の自分を自覚(じかく)して、
                      みずからの、こころの中から、
                      開花していくものだ!


                      自分の中から悩みを解決し、
                      自分の中から夢をかなえ、
                      自分の中から幸せになってゆく。

                      ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていると、
                      だれでも、自然に、
                      それが、できるようになってくる!


                      それが、
                      創価学会が信じ、
                      実践(じっせん)している、
                      南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
                      『ご本尊(ほんぞん)』なんだと、思う。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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