こころに、打ち出の小槌を28

2018.09.22 Saturday 10:44
0
    創価学会(そうかがっかい)が実践している、
    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
    となえる仏法(ぶっぽう)が、
    スゴイことは、わかっています。

    確固(かっこ)とした幸せをつかみたかったら、
    この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)しかない!
    ことも、
    わかります!

    けれど、なかなか、
    この南無妙法蓮華経の仏法を、
    真剣に、真面目(まじめ)に、
    やってみようとは思えないのも、
    事実(じじつ)かもしれません。


    人によって、
    この創価学会の信仰(しんこう)を
    真面目にやりはじめるきっかけは、
    まちまちのようです。

    だだ、どんな人でも、
    真剣にやりだしたら、
    必ず結果がでる。

    悩みが解決したり、
    夢や希望をかなえていけたり、
    必ず、幸せになっていけるのが、
    創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
    仏法(ぶっぽう)の信仰です。


    ある壮年(そんねん)の方は、
    こういうことが、きっかけで、
    真面目に創価学会の信仰を
    やりだしたそうです・・・。


    かなり、昔の話しでもあり、
    あまり、科学的でないかもしれませんが、
    ぼくが、その壮年の方から、
    聞いたとおりに、
    話したいと思います。


    その壮年の人は、
    奥さんが、創価学会の信仰を
    熱心(ねっしん)にやっていたので、
    結婚するときに、結婚する条件として、
    創価学会に、入会したそうです。

    だから、彼は、
    創価学会にも、
    仏法の信仰にも、
    まったく、興味(きょうみ)がなく、
    入会したのは名ばかりで、
    創価学会の活動も、信仰も、
    まったく、やっていませんでした。

    ところが、奥さんが、
    胃(い)がんに、かかってしまって
    入院したそうです。

    奥さんの癌(がん)は、
    そうとう進んでして、
    末期(まっき)に近い癌だったそうです!

    奥さんは、絶対、
    癌(がん)を治(なお)そうと、
    毎日、10時間くらい、
    南無妙法蓮華経を唱(とな)えたそうです。

    それで、彼も、奥さんに、
    なんとか、生きてほしいので、
    真剣に南無妙法蓮華経を、
    となえだしたそうです。

    奥さんは、ほんとうは手術をしないで、
    南無妙法蓮華経をとなえて、
    癌(ガン)を治したかったらしいんですが、
    たまたま、めったに手術を受けられない、
    胃がんの権威(けんい)の名医(めいい)に、
    手術を受けられるチャンスにめぐまれ、
    手術を受けたそうです!


    こういう話しは、よく聞くことですが、
    南無妙法蓮華経を真剣にとなえていくと、
    普通だったから考えられない巡(めぐ)り合わせ、
    ラッキーやチャンス、
    出会いに恵(めぐ)まれることが、
    多々(たた)、あるようです。


    南無妙法蓮華経には、
    環境(かんきょう)や状況(じょうきょう)を
    良い方向に、
    変(か)える力が、ある!!


    ということだと思います。


    それで、その奥さんは、
    ほんとうだったら、胃のほとんどの部分を
    切除(せづじょ)しなければならなかったんですが、
    名医のおかげで、
    胃を切除するのが、
    最低限ですんだそうです!

    その時、彼は、
    妻の切除された胃を見せてもらったそうです。


    それを見て、彼は驚(おどろ)いたそうです。


    創価学会では、昔、
    よく、癌に、かかると、

    『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
     となえぬいて、がん細胞を、
     焼(や)き切るんだ!』

    と言っていたそうです。
    (ぼくは、聞いたことありませんので、
     本当か、どうかは、わかりません・・・)

    彼は、そんなことは、信じていなかったんですが、
    妻の切除された胃を見ると、
    がん細胞が、マッチ棒(ぼう)の先のような、
    黒い焼け焦(こ)げた跡(あと)みたいな点になって、
    大半が、焼け死んでいたそうです!

    それを、目の当たりに見て、

    「南無妙法蓮華経が、がん細胞を、
     焼き切るというのは、ほんとうだったんだ!」

    と、心から思い、
    それ以来(いらい)、まじめに、
    創価学会の活動と信仰をやるようになって、
    今は、支部の幹部になっている!

    という話しをしてくれました。


    科学的な根拠(こんきょ)はわかりませんが、
    本人に、
    本当の確信(かくしん)がなかったら、
    創価学会の信仰を真面目にやることも、
    幹部になることも、
    なかったと思います。

    南無妙法蓮華経をとなえてみて、
    本人にしかわからない、
    絶対的な確信が、
    その人の生命の中で、
    ふつふつと、
    湧(わ)き上がってきたんだと思います。


    人間というのは正直(しょうじき)です。

    その本当の確信が、
    生命に湧(わ)き上がっていなかったら、
    この創価学会の信仰を、
    続けられないと思うからです。


    きっかけはどうであれ、
    彼の妻の病気が、
    彼を、

    『創価学会(そうかがっかい)の信仰』

    という、
    絶対的幸せの道に、
    導(みちび)いたんだと、
    思います。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

    何か不思議(ふしぎ)ですし、
    半信半疑(はんしんはんぎ)ですから、
    彼の話しが、医学的に正しいかどうかは、
    わかりません。

    けれど、
    彼も、彼の妻も、
    南無妙法蓮華経をとなえて、
    結果として幸せになったことだけは、
    事実です。

    この、
    『幸せになった結果』
    というのが、
    大事(だいじ)だと思います。


    最も重要なことは、
    『幸せになったという結果』で、
    この幸せという結果がでるのが、
    創価学会の、
    南無妙法蓮華経をとなえる、
    仏法(ぶっぽう)の信仰です。

    だから、世界192ヶ国もの人たちは、
    この創価学会の仏法の信仰を、
    やっているんだと思います。


    それに、
    この壮年と奥さんの話しに、かぎらず、
    真剣に、創価学会の仏法を実践(じっせん)し、
    必死に南無妙法蓮華経を、
    となえ続けたところ、
    医者の方も不思議(ふしぎ)がるんですが、
    ガンが、消えてしまったという話しは、
    多々(たた)、聞くことがあります。


    それは、事実です。


    また、
    まじめに、創価学会の活動と
    南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を実践している人を、
    検査(けんさ)したところ、
    普通だったら、
    治(なお)るはずがない難病なのに、
    なんども、自然治癒(しぜんちゆ)した痕(あと)が、
    残ってたという話しも、
    聞いたことが、
    あります。


    それらのことから考えるとき、
    人間には、もともと、
    すごい生命力(せいめいりょく)が、
    あるんだと、思います。

    その本来(ほんらい)、
    人間が持っている、
    すごい生命力を
    引き出す力(ちから)が、
    南無妙法蓮華経には、
    きっと、あるんだと思います!

    だから、南無妙法蓮華経を、となえつづけると、
    本来、人間の、もっている
    素晴らしい力(ちから)が、
    引き出される!

    その結果として、病気にかかわらず、
    南無妙法蓮華経を、となえることによって、
    さまざまな悩みや困難(こんなん)を、
    克服(こくふく)できたり、
    さまざまな夢や希望を実現できたり、
    できるんだと思います。


    だから、きっと、

    『本来、人間が持っている、
    素晴らしい力(ちから)、
    無限の可能性を、引き出す!』

    それが、
    『南無妙法蓮華経を、となえる!』
    と、いうことなんだと、思います・・・・。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を27

    2018.09.17 Monday 21:12
    0
      だいぶまえだけれど、
      ベルリンマラソンで、
      野口みずきが、日本新記録を出して、
      優勝したのを見たことがありました。

      野口みずきは、
      2004年のアテネオリンピックの
      女子マラソンで、
      金メダルをとり、
      その当時(とうじ)、
      乗りに乗っていたんだと思う。

      その野口みずきが出た
      ベルリンマラソンの中継放送の
      テレビで話していたんですが、
      その野口みずきの、「みずき」は、
      「花みずき」から、
      とった名前だそうです。

      そして、「花みずき」には、
      花言葉で、


      「礼(れい)を、返す!」


      という意味が、あるそうです。


      その時のベルリンマラソンで、
      野口みずきが、

      「今回、日本新記録を出して、
       監督やコーチに、恩(おん)を返したい!」

      と、言っていたのを
      記憶しています。


      「花みずき」の花言葉どおりの、
      『恩を返(かえ)す』、
      みごとな優勝だったと、思いました。


      やはり、「恩を返す」とは、
      人間にとって、大切なことであり、
      大きなエネルギーになるんだと
      思いました。



      次元(じげん)は違いますが、
      日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
      御書(ごしょ)に、

      『報恩抄(ほうおんしょう)』

      という御書が、あります。

      (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
       論文とか手紙を、すべて集めたものです)


      報恩抄(ほうおんしょう)では、
      名前の通り、
      恩に報(むく)いる生き方について、
      話されています。

      たとえば、
      きつね(狐)は、
      自分の生まれた古塚(ふるつか)を、
      決して忘れないと言われるし、
      動物でさえ、恩に報(むく)いようとする。

      だから、まして人間は、当然(とうぜん)である!


      人間は、生まれたときは、
      けもの(獣)と同じだそうです。

      それは、そうだ!
      だって、何にも知らないんだもん。
      それを、親が、
      いろいろなことを教えてくれて、
      ようやく、人間になっていく。

      他の動物になくて、
      人間にあるものの一つとして、
      人間は、どうして、いま自分が、
      こうして生きていられるか
      ということについて、
      理解することができる!

      ほかの動物は、
      そういうことは考えない!

      難(むずか)しく言うと、
      『因果(いんが)』、

      原因(げんいん)と結果(けっか)を、
      はっきり、
      知ることができるのが、
      人間だそうです。

      だから、人間は、
      親や、先生や、
      まわりの人々に、
      感謝することができる!

      この感謝(かんしゃ)する心、
      恩を知る心を、
      持(も)っているのが、
      人間だそうです。

      だから、逆(ぎゃく)に言えば、
      感謝するということ、
      恩に報(むく)いようとしないと、
      もう、身体は人間でも、
      こころは人間とは言えない、
      下劣(げれつ)な生き物になってしまう!


      日蓮大聖人が、なぜ、
      この『報恩抄(ほうおんしょう)』を
      書いたかというと、
      自分に、さまざまなことを教えてくれた、
      道善房(どうぜんぼう)という師匠の恩に、
      報(むく)いるためだそうです。

      師匠(ししょう)である道善房の死を知らされ、
      日蓮大聖人は、だいだい、
      原稿用紙(げんこうようし)?100枚くらい?の、
      この『報恩抄』を書いて、
      兄弟子に、
      この手紙(報恩抄)を送り、

      「師匠(道善房)の墓前(ぼぜん)で読むように!」

      と、
      指示(しじ)されている。


      日蓮大聖人が、
      この報恩抄のいちばん最後のところで、
      こう、言っている。


      『日蓮の慈悲(じひ)が広大ならば、
       南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
       万年のほか、未来までも、
       流布(るふ)するであろう。

       日本国の一切衆生(いっさいしゅじょう)の
       盲目(もうもく)を開く、
       功徳(くどく)がある。
       無限地獄の道を、
       ふさいだのである。』
       

       ・・と。


      未来の全民衆を、救(すく)っていく!
      幸せにしていく!
      それが、日蓮大聖人にとっての、
      師匠の恩に報いるということだと思う。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

      現在、日蓮大聖人の
      南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
      創価学会(そうかがっかい)の出現とともに、
      日本は、おろか、
      全世界、192ヶ国に
      広がっている!

      そして、日蓮大聖人の予言(よげん)のとおり、
      人々を、絶望(ぜつぼう)から救い、
      世界中の人たちの悩みを解決し、
      さまざまな形で、
      幸せを結実(けつじつ)させている。


      きっと、こんなスゴイ恩返しは、ないと思う!


      最高の法(ほう)を、持つということ。
      最高の哲学(てつがく)を実践するということ。

      この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を、
      実践(じっせん)するということは、
      自分だけでなく、
      家族や、まわりの人々、
      世界をも、
      幸せにしていくことに
      つながっていく。


      だから、世界のためにも自分のためにも、
      最高に価値(かち)がある、
      この南無妙法蓮華経の仏法を
      実践することが、
      結局、最高の報恩(ほうおん)!
      『恩を返す』ということに、
      つながっていくんだと思う・・・。

      すなわち、
      南無妙法蓮華経を、となえる生き方は、
      報恩、『恩を返す』という、
      人間としての最高の行動を、
      その人に、させてくれるので、
      その人は、当然、
      最高の人間として輝(かがや)いていき、
      最高の幸せを、
      つかめるようになっていく。


      だから、創価学会の人たちは、
      自己(じこ)を大きく開花させて、
      幸せになっていけるんだと、
      思う・・・・・・。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


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      こころに、打ち出の小槌を26

      2018.08.31 Friday 23:02
      0
        前に、ちょっと話しましたが、
        創価学会(そうかがっかい)では、
        月に一度、
        地域の創価学会員が、あつまって、
        いろいろ話したり、仏法(ぶっぽう)を学んだり、
        催(もよお)し物をやったりする、
        座談会(ざだんかい)という会合があります。


        普通は、同じ地域の人たちが集まるので、
        集まる人は、それほどは変わりません。


        けれど、めったにはないけれど、
        たまに、
        交流(こうりゅう)を深める意味で、
        遠くに住んでいる、他地区の創価学会員の人たちが
        参加してくれる、
        「交流座談会」というのを、
        やることがあります。


        交流座談会というのは、
        普段(ふだん)、会わない人の話しが聞けるので、
        すごく、新鮮(しんせん)です。


        前にあった、交流座談会の話しですが、
        その時は、他地区から、
        5人の方が、
        参加してくれました。

        そして、
        その5人が、5人とも、
        自分や家族の、
        さまざまな悩みや困難(こんなん)を、
        創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰によって、
        乗り越(こ)え、解決していった
        体験と、確信を、
        語ってくれていました!

        そういう、新鮮な話しを聞くと、
        わかってはいるつもりだけれど、
        創価学会が実践(じっせん)している、
        南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
        の仏法の信仰は、

        『ほんとうに、スゴイ!!』

        と、
        確信を新(あら)たにすることができます。


        何が?スゴイか?というと、
        この『南無妙法蓮華経を、となえる』、
        創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰が、
        その5人が、5人とも、
        性格も、境遇(きょうぐう)も、
        悩みも、すべて、
        まったく違(ちが)うにもかかわらず、
        その、一人一人の悩みや困難を、
        一人一人に適合(てきごう)して、
        ことごとく、解決している!!
        と、いうことです。


        それは、この仏法が、
        どんな人の悩みや願いにも対応できる、
        正真正銘(しょうしんしょうめい)、
        どんな宿命も克服(こくふく)し、
        転換(てんかん)できる、
        真実の信仰であることの、
        証明に、ほかならないからです。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

        はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
        どこかの学者か、だれかが、


        「少しの人数の人を、長い年月、
         だますことが、できたとしても、
         多くの人数の人たちを、短い時間、
         だますことが、できたとしても、
         たくさんの、多くの人たちを、
         長い年月、
         だますことは、できない!!」


        と、言っていた。


        創価学会は、世界192ヶ国に広がっている。
        これだけ、多くの人たちを、
        これだけ、長い年月、
        だますことは、できない!!!


        交流座談会に参加してくれた学会員さんたちが、
        さまざまな宿命(しゅくめい)を転換してきた体験を
        話してくれていたけれど、
        それを聞いていた学会員さんたちも、
        この『南無妙法蓮華経の仏法』を実践すれば、

        そうなって、当然(とうぜん)だ!

        というふうに、
        確信(かくしん)を持って聞いている。


        この光景(こうけい)を見ると、
        どんなに、ひねくれた考えかたをしても、
        この創価学会の、南無妙法蓮華経を
        となえる仏法(ぶっぽう)の信仰は、
        ひとりひとりに、
        本当の幸せを、
        もたらし、
        悩みの解決や夢の実現など、
        現実に必ず、結果の出る、
        真実の信仰だ!と、
        言わざるをえない・・・・!!


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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        category:悩み | by:kokouchi | - | -

        こころに、打ち出の小槌を25

        2018.08.20 Monday 07:04
        0
          以前、テレビで、
          「泣き虫女子バレー部の青春300日」
          という番組を、見たことがあります。

          はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
          たしか?広瀬さんという、
          元オリンピック選手が、
          その高校バレーボールチームのコーチとして、
          いろいろ、がんばっていく
          ドキュメンタリーだった。


          その中で、目に付(つ)いたのは、
          広瀬さんが、高校生たちに、

          『ぜんぜん、本気(ほんき)になっていない!』

          とか

          『やる気、あるのか!』

          とか、
          どなるシーンだった。


          本気とか、やる気というものは、
          精神的なものなので、
          なかなか、
          わからないところが、
          あると思う。

          ぼくからみれば、
          みんな、
          一生懸命(いっしょうけんめい)やっているように
          見えるんだけれど、
          広瀬さんのような人が、
          現場(げんば)で、プロの目で見ると、
          やる気になっているか?
          本気を出しているのかが、
          わかるのかも、しれない・・。


          やる気とか、本気とかいうものは、
          精神的な問題だから、
          目に見えずらい!

          けれど、広瀬さんは、
          あえて、
          そういうことを、
          何度も、何度も、
          口(くち)にしていた。

          それは、やる気とか、本気とかいうことは、
          「こころ」の問題だけに、
          逆(ぎゃく)に言えば、

          『限界(げんかい)がない!』

          ということだと思う。

          だから、この限界がない部分の、
          やる気とか、必死さを、
          もっと、もっと、
          出すことによって、
          技術的にも、能力的にも、精神的にも、
          若い高校生だけに、
          もっと、もっと、成長していける!


          たぶん、広瀬さんは、
          プロとして、そのことが、
          わかっているんだと思う・・・。



          もっと、やる気を出せば、
          もっと、成長できるし、成功できる!


          もっと、本気になれば、
          もっと、もっと、
          可能性(かのうせい)が広がっていく!


          けれど、スポーツの世界でもなく、
          普通の社会の中では、
          そのやる気とか、本気さを、
          発揮(はっき)したり、
          また、それを、
          意識して発揮するようなことは、
          なかなか、
          難(むずか)しい現実が、
          あると思う。


          こころの強さを、変える。
          一念(いちねん/こころ)の強さ、
          気迫(きはく)、情熱を、
          もっと、もっと、強くしていく!


          その、最も、難(むずか)しい部分を、
          だれでも、自然のうちに、
          体得(たいとく)していくことが
          できるようにしたのが、

          『仏法(ぶっぽう)』

          だと思う。


          創価学会(そうかがっかい)が
          実践(じっせん)している仏法では、

          『ご本尊(ほんぞん)に、
           南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
           となえる』

          という行動によって、
          無意識(むいしき)のうちに、
          自然のうちに、自分の中から、
          強い強い生命力(せいめいりょく・一念・こころ)を、
          出していく!


          南無妙法蓮華経をとなえることは、
          自分の中にある無限(むげん)の生命力を、
          湧(わ)き上がらせていくことだからです。


          そして、それが、
          起爆剤(きばくざい)となって、
          どんな社会においても、
          実証(じっしょう・現実における結果)を、
          しめし、
          勝利していけるように、
          なっていく!


          だから、創価学会には、
          世界中いたるところで、
          実証を示(しめ)し、
          勝利して輝(かがや)いている人が、
          たくさん、たくさん、いるし、
          そういう素晴らしい人たちが、
          次々(つぎつぎ)に、続々と出てきている。


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

          池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

          「光にしろ、ほんのわずか、
           角度(かくど)を変えただけで、
           長い年月からすると、
           大きな差(さ)が、でてくる。」

          と、言っていた。


          こころも、同じだと思う!


          こころの角度を、ほんの少しだけでも、
          変えることができたなら、
          人生は、大きく開けていく!


          こころは、目に見えないだけに、
          限界がない!

          この部分を、もっともっと、強く、
          希望の方向に、もっていけたら!!

          その人は、必ず、
          勝利者になっていけると思う。


          実は、この『こころ』の部分が、
          人生の中で、
          いちばん!
          大切(たいせつ)なのかもしれない!!


          その『こころ』の部分に、
          最(もっと)も、注目し、
          最も、急激に変化させ、
          向上(こうじょう)させる方法を、
          生命の根本(こんぽん)から解決し、
          すべての人のために、説いたのが、
          南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
          それを、世界中に広め、実践しているのが、
          創価学会なんだと、
          思う・・・・・!


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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          こころに、打ち出の小槌を24

          2018.08.06 Monday 10:12
          0
            先日、聖教(せいきょう)新聞にのっていた、
            娘が水頭症で生まれ、
            医師に、
            「長生きできないでしょう」
            と言われながら、
            創価学会(そうかがっかい)の信仰で
            乗り越(こ)えてきたという、
            体験の話しをしたんだけれど、

            その学会員さんが、
            こころの支(ささ)えとしていた、
            池田先生(創価学会インターナショナル会長)
            の言葉がのっていました。


            それは、


            『だれであろうと、

             その人が、

             その人であるというだけで、

             かけがえのない存在なのである。』


            という、言葉です。



            この言葉を読んで、
            正直、ぼくは、
            感動してしまいました!


            なんという、あったかい言葉なんだろう!

            なんという、愛情のこもった言葉なんだろう!

            なんという、人間愛なんだろう!

            なんという、楽観主義(らっかんしゅぎ)なんだろう!

            なんという、広い、こころなんだろう!


            そこには、一切の差別(さべつ)がない!
            人間であることの、かぎりない希望と、
            かぎりない愛情と、
            人間であることの強さと、
            人間であることの確信(かくしん)と、
            ぜったいに、
            ひとりも不幸にはしないという、
            強い強い、決意が、
            宇宙のように、にじみでいる!


            創価学会の人だったら、
            わかると思うけれど、
            こんな、素晴らしい、
            池田先生がいること自体(じたい)が、
            もう、
            なによりも、幸せだと、
            思った!


            そして・・・
            池田先生という人生の師匠(ししょう)を通して・・・・
            言葉にすることのできない感動が、
            こころの底(そこ)から、
            深く、
            深く、
            こみあげてきた・・・・!


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


            言葉では、言いあらわせないことが、ある。

            言葉では、言い尽(つ)くせないことが、ある。


            なぜ、感動するのかは、わからない。
            人間は、感動する生き物なのかも、しれない!
            人が、どんなに、
            非難・中傷(ひなん・ちゅうしょう)しようとも、
            人が、どんなに、バカにしたとしても、
            真実は、必ず!!
            伝(つた)わってくるからだ。


            それが、感動なのかも、しれない!


            南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
            となえる音律(おんりつ)は、
            全宇宙に、とどくと、
            いう。

            南無妙法蓮華経を、となえる音声(おんじょう)は、
            全世界に、
            伝わるという。


            そして、本当に民衆のことを、思い、
            本当に、民衆の、世界の人々の幸せを
            願っている人間の心は、
            必ず、伝わるものだ!


            それが、
            南無妙法蓮華経の音声(おんじょう)なのかもしれない!


            池田先生という、
            師匠を通して、わかること!


            それは、池田先生は、正しい!


            ということだ。


            それは、そのまま、
            創価学会が、どれだけ素晴らしく、
            どれだけ、正しいかという
            証明につながり、
            創価学会が実践(じっせん)している、
            南無妙法蓮華経をとなえる
            仏法(ぶっぽう)の信仰が、
            どれだけ、正しいかの、
            証明になっている。



            感動は、かくすことは、できない!
            感動は、ウソを、つかない!
            そして、感動は、
            真実と、直結(ちょっけつ)している。


            言葉にすることのできない感動が、
            伝えてくれるもの!

            それは、


            『創価学会は、明(あき)らかに、確かに、正しい!
             この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
             人間においても、
             生命においても、
             理論(りろん)においても、
             完璧(かんぺき)に正しく、
             すべての人に、
             真実の幸せを、もたらす・・・!』


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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            category:こころ | by:kokouchi | - | -

            こころに、打ち出の小槌を23

            2018.07.29 Sunday 10:00
            0
              ぼくは、
              デザイン関係の仕事をしているせいか、
              いつもではないけれど、
              少し盛(も)り上げたい
              創価学会(そうかがっかい)のセミナーとか、
              創価学会の、ちょっとした総会みたいなものや、
              座談会などで、
              (座談会とは、創価学会で、月に一度、行っている
               地域の創価学会員が老若男女あつまって、
               いろいろ話したり、催(もよお)し物を行ったり、
               仏法(ぶっぽう)を学んだりする会合です)
              横幕(よこまく)とか、
              場を盛り上げるためのポスターみたいなものを、
              つくったりすることがあります。


              創価学会の活動は、
              ご本尊(ほんぞん)に、
              南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
              となえていく信心の部分と、
              人と人との、つながり、ふれあい、
              対話といった、
              人間に接(せっ)していく部分が多いですが、
              ぼくみたいに特技を生かして、
              横幕やポスターを描(えが)くのも、
              創価学会の活動だと思っています。

              仕事で、疲(つか)れたあとなど、
              大変ではあるけれど、
              創価学会の活動は、苦(く)ではありません。


              なぜだろう?


              創価学会の活動をすると、
              歓喜(かんき)してきて、
              元気になってきます。


              創価学会の活動は、ボランティアではないし、
              仕事でもないし、
              人のためになるんだけど、
              人のために、やっているという自覚(じかく)も、
              あまり、ありません!

              というより、


              自分のために、やっている!


              という自覚のほうが強いです!!

              そして、現実に、自分のためになり、
              ひとつも無駄(むだ)がなく、
              自分に、すべて、帰ってくるのが
              仏法(ぶっぽう)であり、
              創価学会の活動だと思います。


              人生において、
              幸せになるために、
              絶対に必要なもの。

              たとえば、幸運とか、ラッキーとか、
              人徳(じんとく)とか、お金とか、
              愛とか、自分を愛してくれる家族とか、良き友とか、
              幸せになるためには、他にも、
              言葉では言いあらわせないものが、
              たくさん、あると思いますが、
              それら、人生において幸せになるために
              必要なものに、

              『幸せの元(もと)』

              と、名前をつけたとしたら、
              創価学会の活動は、
              その『幸せの元(もと)』を、生み出し、
              たくさん、たくさん、
              貯(た)めることができるんです!


              世界で、唯一(ゆいいつ)、
              『幸せの元』を、貯金できる方法!


              それが、創価学会の活動だと
              言っていいと思います。


              残念(ざんねん)ながら、
              この『幸せの元』を、自分自身のなかに、
              生み出し、貯金できる方法は、
              ほかには、ないでしょう・・・!


              これは、実際、やってみないとわからないし、
              体験しないと、理解できないと思います。



              昨日、部屋のすみっこに、かくれていた
              古い聖教(せいきょう)新聞を整理していたら、
              その中で、創価学会員の体験がのっていて、
              つい、読んでしまいました。

              すごく、感動しました。
              娘が、水頭症で生まれ、
              医師に、「長生きできないでしょう」
              と言われながら、
              創価学会の信仰で乗り越(こ)えてきた体験でした。

              その中で、その学会員さんが、

              「娘の食事などの面倒(めんどう)をみますから、
               時間に限りはありますが、
               それでも、創価学会の活動に懸命(けんめい)に
               取り組むと、命の姿勢(しせい)が、
               前向きになるんです!」

              と言っているんですが、
              やっぱり、創価学会の活動は、
              ほかの活動と、


              何かが?違(ちが)う!


              と、思いました。


              それは、

              『自分の生命の、こころの、
               方向性(ほうこうせい)を変える!』

              と、いうことだと思います。


              これは、簡単なようで、
              スゴイことだと思います!

              生命を、希望へ、勇気へ、幸せの方向に、
              変革(へんかく)していく!

              たぶん、表面的には、
              こころの方向性を変える方法は、
              いろいろ、あると思いますが、
              自分の生命の方向性を、
              根本(こんぽん)から変革していけるのは、
              創価学会の活動だけだと、
              思います。


              だから、創価学会の活動をすると、
              歓喜して、元気になってきて、
              希望が湧(わ)いてくるんだと、
              思います!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


              南無妙法蓮華経は、
              『歓喜(かんき)の中の大歓喜なり!』


              と言う。

              それは、南無妙法蓮華経が、
              宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)できる、
              唯一の法則(ほうそく)だからだと思う。


              南無妙法蓮華経を、となえていると、
              無意識(むいしき)のうちに、
              自分の生命は変革され、
              蘇生(そせい)していくのを感じ、
              その、生命が変革されゆく喜(よろこ)びから、
              歓喜してくるんだと思う。

              そして、
              南無妙法蓮華経が、歓喜の中の大歓喜ならば、
              それを、実践(じっせん)している創価学会も、
              歓喜の中の大歓喜なんだと、
              思う!


              創価学会が、南無妙法蓮華経を、
              真実に実践している団体ならば、
              創価学会と、南無妙法蓮華経は、
              『同一』のリズムの中にあるんだと思う。


              南無妙法蓮華経が、宿命を転換できる、
              唯一(ゆいいつ)の法則ならば、
              創価学会の活動も、宿命を転換できる、
              唯一の方法なんだと、思う・・・・・!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              JUGEMテーマ:日記・一般



              category:日常 | by:kokouchi | - | -

              こころに、打ち出の小槌を22

              2018.07.15 Sunday 10:00
              0
                まえに、
                ブログを見ていたら、
                手首を、何度も、何度も、
                切ってある写真が、のっていた。

                自分の身体を、
                傷(きず)つける人の心は
                わからないけれど、
                自分の心を、自分で傷つけたり、
                卑下(ひげ)したりするのも、
                結局(けっきょく)、
                自分を傷つけているのと、
                同じなのかもしれない?と、
                思いました。


                それで、思い出したけれど、
                以前、
                ヤッパリ、自分を傷つけずにはいられない
                若い女性がいて、
                その女の子が、
                創価学会(そうかがっかい)に入会しました。

                その子が、創価学会に入会して、
                どうなったと思いますか?

                彼女は、


                『自分を、傷つけたくなくなった!』


                そうです。


                彼女の何が変わったのか?と、
                考えてみると、
                二つのことが、考えられると思います。

                一つ目は、

                『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』。

                彼女が、南無妙法蓮華経を、となえ始めた!
                ということです。

                『南無妙法蓮華経は、蘇生(そせい)の義(ぎ)なり』

                といって、
                南無妙法蓮華経を、となえていると、
                身体だけでなく、
                『こころ』も蘇生(そせい)していきます。

                だから、彼女の「こころ」も、
                蘇生して、
                もう、自分の身体を傷つけなくなったんだと、
                思います。

                それと同時に、

                『南無妙法蓮華経は、歓喜(かんき)の中の大歓喜なり』

                と、いって、
                南無妙法蓮華経を、となえていると、
                生命が歓喜して、
                幸せを感じるようになっていきます。

                南無妙法蓮華経を、となえることによって、
                彼女も、幸せを感じるようになってきて、
                楽しくなってきたので、
                もう、自分の身体を傷つける必要は、
                別(べつ)になくなったんだと、
                思います。

                これが、ひとつ。


                もうひとつの理由は、

                『ご本尊(ほんぞん)』です。

                ご本尊とは、
                南無妙法蓮華経をとなえる対象(たいしょう)のことで、
                日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
                未来の全民衆を幸せにするために、
                したためられ、書き残された、
                曼荼羅(まんだら)です。

                曼荼羅(まんだら)とは、
                祈る対象として、仏(ほとけ)などを、
                紙などに描きあらわしたもので、
                日蓮大聖人は、仏(ほとけ)の生命を、
                文字で、表現することによって、
                具体化と抽象化(ちゅうしょうか)の
                絶妙(ぜつみょう)のバランスで、
                仏の生命を、表現しきっています。


                この、ご本尊は、


                『自分を写す鏡(かがみ)』


                だと言われています。


                人間(自分)の中には、
                強くて、あったかくて、やさしくて、
                最高に素晴らしくて、
                魅力的(みりょくてき)な生命が
                あります。

                簡単(かんたん)に言うと、
                本来、自分が持っている、
                最高に素晴らしくて、
                最高に魅力的な自分!

                それを、ご本尊(ほんぞん)は、表現しています。


                人間の心は、たえず、変化しています。

                いつまでも、同じ心でいることは、
                ありません!
                朝、気持ちよく起きても、
                電車でチカンに会えば、ムカっとするし、
                また、会社で好きな人に会えば、
                うれしくなってくるし、
                上司(じょうし)に、しかられれば、
                がっかりする。

                人間の心が変化するといっても、
                いつも、何かの縁(えん)にふれて、
                心は、変化します。

                一万円札を拾(ひろ)えば、その縁によって、
                心が、喜んだりします。
                家族が、病気になれば、その縁(えん)によって、
                心は、悲しくなり、心配になります。

                好きな人に会えば、その縁によって、
                うれしくなり、嫌(きら)いな人に会えば、
                その縁によって、ムカッとします。

                感動する映画を見れば、その縁によって、
                心は、ジーンとしてきます。
                好きな音楽を聴(き)けば、その縁によって、
                心は、気持ちよくなります。


                『こころ』は、すべて何かの縁(えん)にふれて、
                『その縁に合った心』に、変化していきます。


                簡単に考えると、
                縁にふれることによって、
                その心が起こり、
                変化していくのが、
                心のシステムです。

                だから、いろいろな感情や心を、
                引き出すためには、
                それを、引き出す『縁(えん)』が、
                必要なんです。


                その、さまざまな心や感情を引き出す縁は、
                そのほとんどは、
                現実の社会の中に存在(そんざい)しています。

                だから、現実の社会に存在している
                縁によって起こる感情を引き出すのは、
                難(むずか)しくは、ありません!

                だって、普通に生きていれば、
                その縁に、普通にぶつかるので、
                その縁によって、その心や感情は、
                簡単に、引き出されます。


                けれど、ひとつだけ、


                『最高に強くて、あったかくて、やさしくて、
                とっても幸せで、最高に魅力的な自分自身』


                に、めぐり会えることは、
                現実の社会の中では、不可能(ふかのう)です。

                そりゃあ、そうです。
                自分は、ここにいるんだから、
                最高に素晴らしい、魅力的な自分が、
                自分の前に現(あらわ)れることは、
                ありえないからです。

                だから、本来、素晴らしい自分なのに、
                それを引き出す縁がないから、
                なかなか、
                本来の素晴らしくて魅力的な自分は、
                でてこない!

                ようするに、本当に幸せで、強くて、
                魅力的な自分を、引き出すには、
                そういう自分を引き出す『縁(えん)』
                自分は、本当は、こうなんだ!と、
                わからせてくれる『鏡(かがみ)』が、
                必要なんです。

                その鏡がないと、
                本当に素晴らしい自分は、
                出てこないんです!


                その本当に素晴らしい自分を、映(うつ)し出す鏡が、
                『ご本尊(ほんぞん)』なんです。


                最初に話しましたが、
                強くて、あったかくて、やさしくて、
                最高に素晴らしくて、魅力的な生命、
                本来、自分が持っている、
                最高に素晴らしくて、最高に魅力的な自分!
                を、表現したものが、ご本尊です。


                だから、自分を傷つけずにはいられなかった、
                女の子も、
                毎日、ご本尊の前に座(すわ)って、
                南無妙法蓮華経を、となえ、
                ご本尊に、縁する(対面する)ことによって、
                本当の自分を写す鏡である、『ご本尊』を見て、
                本当の自分を、思いだし、
                本当の自分に目覚(めざ)めていくんだと思います。


                だから、自分を、傷つけたりしちゃ
                いけない!

                って、
                こころから、わかったんだと、
                思います。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                ほんとうの信仰とは、
                おすがりするものでは、ない!

                本当の自分に目覚め、
                本当の自分を自覚(じかく)して、
                みずからの、こころの中から、
                開花していくものだ!


                自分の中から悩みを解決し、
                自分の中から夢をかなえ、
                自分の中から幸せになってゆく。

                ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていると、
                だれでも、自然に、
                それが、できるようになってくる!


                それが、
                創価学会が信じ、
                実践(じっせん)している、
                南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
                『ご本尊(ほんぞん)』なんだと、思う。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                category:こころ | by:kokouchi | - | -

                こころに、打ち出の小槌を21

                2018.06.09 Saturday 11:34
                0
                  以前は、
                  いろんな週間雑誌が、よく、
                  創価学会(そうかがっかい)に関するデマ記事を
                  のせたりした。

                  なぜ?そんなに、
                  創価学会のデマ記事を、のせたかというと、
                  創価学会の記事を、のせると、
                  雑誌(ざっし)が、売れたからだそうです。

                  だから、根も葉もないデマを、
                  平気(へいき)で記事にして、のせた。

                  また、創価学会が、
                  どんなに正しいこと、
                  素晴らしいことを、やっていても、
                  心の、ひねくれた人間、
                  ねじまがった人間、
                  浅(あさ)はかで、心が狭(せま)い人間には、
                  どうしても、それを、
                  真っ直(まっす)ぐに
                  受け止めることができず、
                  ねじまげるだけ、ねじまげて、
                  正反対の、最悪の醜(みにく)い出来事に、
                  作り変え、
                  でっちあげたりする。

                  その醜(みにく)さ、愚(おろ)かさ、
                  あさましさ、浅はかさには、
                  あきれるばかりだけれど、
                  創価学会が、それだけ素晴らしく偉大だから、
                  多くの嫉妬(しっと)と中傷(ちゅうしょう)を、
                  あびると、考えることもできる。


                  世間の多くのデマや中傷は、
                  ある意味、創価学会の偉大(いだい)さ!
                  素晴らしさ!正しさに対する反動(はんどう)であり、
                  それは、創価学会の正しさ、素晴らしさ、
                  偉大さの証明になっていると、
                  考えることも、できる。


                  過去から現在にいたるまで、
                  偉人(いじん)や、偉大な事をやってきた人、
                  あるいは、正しき行動の人は、
                  いつも、非難と中傷(ちゅうしょう)のデマに、
                  さらされてきたし、
                  それが、歴史上の事実だからです。

                  ただし、創価学会は、
                  デマは、
                  絶対に許(ゆる)さない。
                  週刊誌とかが、デマを、のせたならば、
                  必ず、裁判に訴(うった)える。
                  そうすると、120%、
                  雑誌社側が、負ける。
                  (創価学会が、勝利する)

                  当然(とうぜん)だ!
                  だって、デマなんだから。

                  そのたびに、雑誌社側は、
                  罰金(ばっきん)を払わされるんだけれど、
                  日本の法律は、甘くて、
                  罰金の金額が安いので、
                  雑誌社側は、罰金を払(はら)っても、
                  雑誌を売るために、また、
                  創価学会のデマを、のせたりしました。

                  けれど、雑誌社側が悪質だということで、
                  だんだん、罰金の額の桁(けた)が、ちがってきて、
                  しかも、自分の雑誌で、
                  創価学会にたいする謝罪文(しゃざいぶん)を
                  のせないと、いけなくなったりしました。

                  そうなると、雑誌社側は、
                  こんな、みじめなことは、ない!

                  『私の雑誌は、うそしか言わない、
                   デマ雑誌ですよーー!』

                  と、
                  自分の雑誌で、
                  宣言(せんげん)しているようなものだからだです。

                  それで、雑誌社側も、
                  だんだん、考えを変えるようになってきて、
                  こんどは、創価大学の出身者が、
                  何々省とか、超一流の企業とかに、
                  こんなに、たくさん就職している!とか、
                  そんな話しを、
                  記事にしたこともありました。
                  (創価大学出身の人が、優秀で、
                  実力があるということです。)


                  節操(せっそう)がないというか、
                  ともかく、雑誌が売れるのなら、
                  なんでも、する!ということだろう。

                  だから、こっちが気を許(ゆる)せば、
                  また、好き勝手、デマを書き散(ち)らすのは、
                  目に見えている!


                  それが、悪質なデマ雑誌の
                  本質(ほんしつ)なのだろう・・・。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                  時代は、動いている。
                  世界は、刻々(こくこく)と変化している。


                  創価学会の世界に広がる平和行動、
                  正義の行動を、
                  世界は、大きな賞賛と期待を持って、
                  絶賛(ぜっさん)している。

                  その真実の評価(ひょうか)は、
                  小さな島国根性の
                  悪(あ)しき三流のマスコミであろうとも、
                  認(みと)めなくてはならない時代に、
                  なってきていると思う。

                  だから、デマ週刊誌であっても、
                  創価学会のデマ記事が、
                  書きづらくなってきたのは、
                  確かだと思う。

                  けれどそれは、創価学会が、
                  デマ報道の悪を、徹底的に、
                  責(せ)め抜(ぬ)いたからだと、思う!

                  だまっていたら、なにも、変わらなかった!


                  仏法(ぶっぽう)では、

                  『声、仏事(ぶつじ)を成(な)す!』

                  といって、
                  声を出すことを、重要視(じゅうようし)する!

                  悪は、悪だと、叫(さけ)びぬく!
                  マスコミのデマ報道は、絶対に許さない!


                  そう、叫びぬくことが、
                  創価学会だけでなく、
                  日本の、さまざまな環境(かんきょう)を、良くし、
                  世界を、良くしていくことに、
                  つながっていくんだと、思う・・・・!


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                  JUGEMテーマ:日記・一般



                  category:日常 | by:kokouchi | - | -

                  こころに、打ち出の小槌を20

                  2018.06.06 Wednesday 11:57
                  0
                    よく、テレビなどを見ていると、
                    大きな成功を、おさめた人、
                    言い換(か)えれば『大金持ち』になった人の
                    特集みたいな番組を、やっていたりする。

                    逆に、どん底(ぞこ)を体験した人のストーリーなんかも、
                    よく、やっている。

                    どっちにしろ、大成功した人、
                    あるいは、女性でも、男性でも、
                    素晴らしい結婚をした人などを見ると、
                    確かに、うらやましいと思う。

                    よく、「勝ち組」とか「負け組」とかいう
                    言葉を使うけれど、
                    まあ、芸能人なんかは、
                    勝ち組にしろ、負け組にしろ、
                    なんか、トレンドとして、
                    一種の個性として、軽(かる)く、使っているようです。

                    けれど、「勝ち組」「負け組」という言葉は、
                    良い、悪いは、別にして、
                    まじめな人は、気に、さわることも
                    あるようです。

                    だれだって、勝ち組になりたいのは、
                    あたりまえだと思うけれど、
                    問題は、何を持って、勝ち負けを
                    決めているかだと、思う。

                    女性の場合で言えば、
                    昔は、結婚して、家庭に入ってしまうことのほうが、
                    負け組のように考えられていたようだ。
                    けれど、現代は、逆になったようです。

                    なにかとテレビとかで、話題になりやすい、
                    勝ち組、負け組は、
                    世間から見て、どう見えるかが、
                    基準(きじゅん)になっていると思う。

                    人から見て、

                    「みっとも良いか?」
                    「みっとも悪いか?」

                    これが、勝ち負けの判断(はんだん)のように思う。


                    けれど、
                    仏法(ぶっぽう)のとらえかたは、違(ちが)う!


                    人から見てではない。
                    自分から見て、
                    自分は、

                    本当に、幸せなのか? 違うのか?

                    それが、基準だ。

                    だから、創価学会(そうかがっかい)の世界では、
                    負け組は、いない!
                    すべての人が、勝利に向かって、
                    前進している自覚(じかく)がある。


                    仏法(ぶっぽう)では、すべての人に、
                    かけがえのない使命(しめい)がある!
                    と、説く。
                    無駄(むだ)な人なんて、絶対にいない!
                    ひとりひとりが、自分と、世界の幸せのために、
                    前進していく。

                    世界には、いろんな人がいるし、
                    いろんな立場(たちば)で、
                    いろんな境遇(きょうぐう)の人たちがいる。
                    同じ人は、ひとりも、いない!
                    世間から見て、
                    勝ち組だろうが、負け組だろうが、
                    そのすべての人が、希望を持って、
                    個性を発揮(はっき)して、
                    幸せになっていく空間(くうかん)が、
                    創価学会には、ある!

                    どんな境遇の人であろうと、
                    自分に最高の価値(かち)を見いだして、
                    自分の存在に、
                    最高の満足(まんぞく)を感じて生きていける場所が、
                    創価学会には、ある!


                    池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

                    「創価学会は、幸せの安全地帯なんだよ」

                    と、言っていたけれど、
                    創価学会のひとりひとりが、
                    どんな苦難(くなん)の中であっても、
                    幸せの安全地帯を、感じることができる!


                    こんな、スゴイところは、
                    他には、絶対にないと思う。

                    単純(たんじゅん)な言い方だけれど、
                    創価学会は、
                    ほんとうに素晴らしいところだと、思う!!


                    だから、創価学会は、
                    世界192ヶ国に広がり、
                    どの国の人々にも、
                    受け入れられているのだろう。


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                    『仏法(ぶっぽう)は、勝負!』


                    と、よく言う。

                    なぜ?仏法は、勝負なのか?

                    仏法は、因果(いんが)の法則だ。
                    現在の行動、現在の一念(いちねん/こころ)が
                    原因となって、
                    必ず、結果として、
                    花開いていく!

                    ようするに、仏法は、
                    最高の勝利と幸せを、もたらす!
                    ということです。

                    たとえば、病気を克服(こくふく)できたり、
                    困難な悩みを解決していけたり、
                    夢や希望をかなえていけたりする。

                    それは、この仏法(ぶっぽう)が、
                    幸せを勝ち取る、
                    絶対にして最強の法則(ほうそく)であるからであり、
                    その仏法を、
                    真剣に実践(じっせん)していくならば、
                    当然の結果として、
                    必ず、勝利できる!!

                    しかも、その勝利は、
                    世間的な、ありきたりな勝利ではない!

                    死ぬ時に、
                    『自分は、勝った!』と、
                    心の底(そこ)から、ニッコリ、ほほえんで
                    死んでいける、
                    生命の底からの完全勝利だ。


                    それが、仏法(ぶっぽう)でいう勝利だと思う。


                    よく、この創価学会の仏法の信仰をつらぬいていくと、

                    『生きていること自体(じたい)が、幸せ』

                    という、絶対的幸せをつかめる!という。

                    人から見て、どうだとか、いうのではない。
                    もう、生きていること自体が、幸せなのだ。


                    きっと、これが、
                    ほんとうの、
                    『勝ち組』なんだと、思う・・・!


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                    category:勝利 | by:kokouchi | - | -

                    こころに、打ち出の小槌を19

                    2018.05.28 Monday 11:55
                    0
                      以前、テレビで、
                      癌(がん)で亡(な)くなった、
                      プロサーファーの闘病記録の映像を、
                      見たことがあります。

                      闘病(とうびょう)記録を、
                      パソコンのホームページにつづった日誌も、
                      本になって出ているようです。
                      映画にもなったので、
                      知っているひとも、いるかもしれない。

                      限(かぎ)られた生を、
                      精一杯(せいいっぱい)、生きようとする姿に、
                      人は、感動を、
                      おさえることができない!


                      けれど、ぼくが、
                      心に残ったのは、
                      その中で、彼の妻が、
                      夫(おっと)が余命(よめい)何年、何ヶ月と
                      宣告(せんこく)されても、

                      この人が、生きている間は、


                      『もしかしたら、この人は、ずっと、
                       生きていてくれるんじゃないか?』


                      と思っていたと、言っていたことです。


                      その妻の思いを考えると、
                      ほんとうに、彼が、
                      死ななくて、すむ方法は
                      なかったんだろうか?
                      生きる可能性は、なかったんだろうか?と、
                      思ってしまいます。


                      もし、彼が、
                      創価学会の仏法(ぶっぽう)を知っていたならば・・、

                      もし、彼が、
                      不可能を可能にする
                      『ご本尊(ほんぞん)』と、
                      南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法を、
                      知っていたならば、
                      病気を克服(こくふく)する可能性が、
                      あったのでは、ないか?

                      と、いうことです。


                      もちろん、絶対、治(なお)るとは言いません!
                      人間は、いつかは死ぬし、
                      創価学会(そうかがっかい)の人も、
                      当然、
                      病気にかかって死ぬ人は、
                      いっぱい、います。

                      けれど、それにも、かかわらず、
                      創価学会の人が、癌(がん)や、さまざまな病気で、
                      余命何ヶ月と、宣告されながらも、
                      南無妙法蓮華経を、真剣に、となえぬき、
                      不可能を可能にする必死の信心によって、
                      医学では、不可能と言われた病気を
                      克服して、元気に生き切っている人が、
                      現実に、
                      たくさん、たくさん、いるからです!


                      少なくとも、この創価学会が
                      実践(じっせん)している仏法には、
                      医学で、不可能と言われた病気さえも、
                      治す可能性がある!ということだと、
                      思います。


                      だから、もし、このプロサーファーの彼が、
                      創価学会の仏法(ぶっぽう)を知っていたなら、

                      『この仏法に、賭(か)けてみよう!』

                      と、思ったかもしれない!と、
                      思ってしまうんです・・。



                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                      日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
                      御書(ごしょ)に、
                      (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
                      論文とか手紙を、すべて、まとめたものです)

                      『南無妙法蓮華経は、師子吼(ししく)のごとし。
                       いかなる病(やまい)さはりを、なすべきや!』

                      と、あります!

                      南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                      となえることは、
                      ライオンが、ほえるようなものだ。
                      だから、どんな病気も、
                      南無妙法蓮華経をとなえぬく人を、
                      わずらわすことは、できない!
                      ということだと、思う。

                      ようするに、南無妙法蓮華経には、
                      人間の中にある、
                      最高に充実(じゅうじつ)した、
                      ほとばしるような、すざまじい生命力を、
                      湧(わ)き上がらせる力(ちから)が、ある!
                      ということだと、思う!

                      生きようとする、
                      全宇宙を爆発(ばくはつ)させるような、
                      最大にして、最強の、最も尊(とうと)い生命力を、
                      自分の中から、爆発させる可能性が、
                      南無妙法蓮華経には、
                      あるんだと思う。


                      その南無妙法蓮華経の可能性は、
                      時として、奇跡(きせき)とも思えるような
                      結果さえも、
                      生み出すことが、ある・・・・!!


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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