こころに、打ち出の小槌を34

2019.01.17 Thursday 15:29
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    創価学会(そうかがっかい)の会合には、
    大きな会合から、小さな会合まで、
    いろいろ、あります。

    会合の内容によりますが、
    だいたいは、いろんな人が、
    人それぞれの体験や、自分の活動のことなどを
    話してくれることが、多いです。


    その中で、特筆(とくひつ)すべきは、
    みなさんの、『明るさ!』です。


    みなさん、いろいろと、
    大変だとは思うんだけれど、
    ともかく、明るい!!

    ほんとに、元気で、
    こっちまで元気になってきます。


    前に、ある会合(かいごう)で、
    2人の婦人がコンビで、
    話しをしてくれたことがあって、
    その2人の話しが、
    とても印象(いんしょう)に残りました。

    ひとりは、親が、脳梗塞(のうこうそく)で、
    倒(たお)れたんだけれど、
    その婦人が、真剣に、
    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
    となえることと、
    創価学会の活動を、やりきることによって、
    親の脳梗塞は、
    完治(かんち)したそうです。


    もう一人は、
    親が、癌(がん)で入院してしまって、
    重度の癌らしいんですが、
    先に話した、親の脳梗塞を
    南無妙法蓮華経をとなえることと、
    創価学会の活動によって完治させた婦人に
    みならって、
    自分も、「南無妙法蓮華経」と、
    創価学会の活動によって、
    絶対!、治(なお)すんだ!と、
    がんばってるという話しでした。

    それで、一日、
    3時間は、南無妙法蓮華経を
    となえているという話しで、
    最初に話した、親の脳梗塞を、
    南無妙法蓮華経をとなえることと、
    学会活動で治した婦人も、
    ひとごとではなくて、
    もうひとりの婦人の親の癌が治るように、
    一日、3時間、南無妙法蓮華経を、
    となえているということでした。


    その2人の明るいこと!明るいこと!
    普通、親とか家族が、癌になんかなったら、
    落ち込(こ)んで、
    暗〜〜く、なっていそうなんだけど、
    まったく、逆(ぎゃく)!

    ものすごい!エネルギーを出して、
    病気の完治めざして、がんばっている!


    すごいと思う・・・・。


    南無妙法蓮華経は、人間を元気にする
    生命力の源泉(げんせん)みたいなものなので、
    南無妙法蓮華経をとなえると、
    自分の中から生命力が湧(わ)き上がってきて、
    元気になっていきます。

    けれど、南無妙法蓮華経をとなえていけば、
    元気になっていくのは、わかっていても、
    普通は、なかなか、たくさんは、
    となえられない。

    ところが、
    なにか悩み事や、大変な事があると、
    必死(ひっし)になるから、
    南無妙法蓮華経が、たくさん、たくさん、
    となえられる!

    だから、大変な時なんだけれど、
    必死に南無妙法蓮華経をとなえるので、
    逆に、ものすごく、
    元気で、明るくなっていく!
    逆に、輝(かがや)いていく!


    この原理(げんり)は、
    すごいし、素晴らしいと思う!

    普通の生活の中では、なかなか、
    ありえないことだと思う!
    だって、悩みごとや、病気などの苦しみが、
    襲(おそ)いかかってきたら、
    それだけで、イヤになっちゃうし、
    暗(くら)くなると思う!

    ところが、
    創価学会が実践している仏法(ぶっぽう)は、
    自分の悩みや、苦しみ、困難(こんなん)を
    ガソリンにして、
    人生を、希望へ、幸せへと、
    生命力のエンジンを、
    フル回転して、
    逆に、そういう時に、
    ワンランク上の幸せを、つかんでいく!!


    こういうのを、

    「宿命転換(しゅくめいてんかん)」

    と、言います。


    自分に襲(おそ)いかかってきた宿命を、
    南無妙法蓮華経を、真剣に、となえることと、
    仏法の実践(じっせん)である、
    創価学会の活動によって
    転換(てんかん)して、
    今まで以上に、幸せになっていく!
    ということです。


    逆説的(ぎゃくせつてき)で、
    少し変(へん)な言い方をすれば、
    創価学会員は、ある意味、
    苦しい時ほど、元気になる!

    悩みが多い時ほど、輝いて生きていく!
    そして、苦しみや、悩みが、
    おそいかかってくる前よりも、
    幸せになってしまう!!


    それが、できる、
    南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
    創価学会の活動は、
    ほんとに素晴らしいと思う!


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

    創価学会員が、強いのは、
    病気や悩み、困難が、自分に、
    おそいかかってきた時に、
    それを、解決する、乗り越(こ)える方法を、
    ちゃんと、知っている!!
    ということだと思う。

    だから、迷(まよ)わない!
    どんなことがあっても、
    途方(とほう)にくれなくて、すむ!
    だって、解決する方法を、知っているから、
    途方にくれる必要はない!


    どんな時でも、
    生命の根本(こんぽん)からの解決方法を、
    知っている。


    それが、ご本尊(ほんぞん)に、
    南無妙法蓮華経を、となえることであり、
    創価学会の活動なんだ!と、
    深く思う・・・・・。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を33

    2018.12.29 Saturday 12:58
    0
      世界は、一流の人物を求めている。


      平和を願う有能な識者や学者たちは、
      本質(ほんしつ)を求め、本物の行動をする人間を、
      鋭(するど)く!見抜(みぬ)いている。


      その結果が、
      池田先生(創価学会インターナショナル会長)へ贈られた、
      『名誉学術称号(めいよがくじゅつしょうごう)』
      なのだと思う。

      名誉学術称号とかいうと、分(わ)かりづらいけれど、
      世界のさまざまな大学から贈(おく)られた、
      名誉博士、名誉教授、名誉学長などの称号(しょうごう)です。

      このブログを読んでいる人の中に、
      名誉博士号を、いただいた人はいないと思うけれど、
      もし、いたとしたら、
      これらの称号を、
      たった一つでも、いただくことが、
      『どれだけ大変か!』、
      『どれだけスゴイことか!』
      受章(じゅしょう)したことのある人だったら、
      よく、わかると思います。


      そんな名誉学術称号を、
      池田先生は、『385』も
      受章(じゅしょう)している。


      すごすぎて、いったいどれくらいスゴイのか、
      想像(そうぞう)がつきませんが、
      ある創価学会員が、
      中国に出張(しゅっちょう)で出かけたおり、
      仕事関係の中国のある人物に、
      その話しを、したそうです。

      その中国の方は、
      優秀な大学を出ているエリートなので、
      博士号などが、どれだけ大変かを、
      よく理解している人だったらしいけれど、
      池田先生が、名誉学術称号を300以上も
      いただいている話しをしたら、

      「それは、ありえない!」 
      「不可能だ!」

      と、びっくりしたそうです。


      そして、


      「きみの師匠(ししょう)は、
       それほど偉大(いだい)な人なのか!」


      と、言ったそうです。


      その中国の人の言葉をかりれば、
      池田先生は、それほど!
      偉大な人間なんだと思います。

      それは、ただ盲目的(もうもくてき)に、
      師匠を、あがめたてるというのではなくて、
      現実に、世界が認(みと)める事実だからです。

      世界は、正しいものは正しい!
      偉大なものは、偉大だ!と、
      まっすぐに、ものごとを見てくれる!
      ということです。

      日本の場合は、独特(どくとく)の
      島国気質(しまぐにきしつ)というか、
      世間(せけん)を気にする風潮(ふうちょう)のせいか、
      なかなか、素直に物事を
      評価(ひょうか)できない部分があると思います。

      やはり、日本では、
      以前からあった悪質なデマや、
      三流マスコミの、ひねくれた記事などの影響(えいきょう)か、
      その日本人的な精神風土(ふうど)のせいなのか、
      池田先生に対する評価、理解は、
      まだまだ、
      されていないように思われます。

      そう言っている、ぼくも、
      日本に住んでいますので、
      はっきりいって、池田先生が、すごすぎて、
      偉大すぎて、どれくらいスゴイか?
      本当は、まだまだ、
      認識(にんしき)が足(た)りないのかもしれませんが・・・・。


      池田先生は、それだけでなく、
      全世界の都市や市、町から贈られた
      「名誉市民」の称号(しょうごう)も、
      『800』も、いただいている。

      こちらも、すごすぎて、
      偉大すぎますが、
      日本の三流のマスコミなどは、
      嫉妬(しっと)して、
      金を、ばらまいて、もらったんだとか、
      あまりにもバカなことを、
      言ったりしていました。


      けれど、冷静(れいせい)に、
      よく考えてみてほしいです・・・。


      そうだとしたら、あまりにも、
      世界の大学や都市を、バカにしています。

      だいたい、池田先生が、
      「名誉博士」の称号を、いただいた大学は、
      世界の一流の大学だけれど、
      そういう大学が、金で、名誉博士号を、
      与(あた)えたりしたら、
      それこそ、大学の権威(けんい)が、がた落ちで、
      大学の権威も、価値(かち)も、
      まっさかさまに落ちていってしまいます。


      だから、そういうことは、絶対にしません!


      名誉博士号を与(あた)える場合は、
      その人のことを徹底的(てっていてき)に調べ上げ、
      本当に、価値のある、
      世界に貢献(こうけん)している、
      素晴らしい人物にしか与えません!

      しかも、一人でも、反対する人がいたら、
      与えることはなく、
      満場一致(まんじょういっち)でないと、
      名誉博士号は、いただくことはできません!

      名誉市民の称号も同じです。
      本当に尊敬し、
      偉大な功績(こうせき)のある人物にしか、
      あたえることはないでしょう。

      なぜならば、それは、
      その都市の名誉(めいよ)に、
      かかわってくるからです。


      昔の資料(しりょう)ですが、
      池田先生の名誉市民の称号が、
      400を超えた時、
      ボリビア・アキーノ大学総長の、
      ホセ・アントニオ・デチャサール氏が、
      400の名誉市民の称号をたたえて、
      メッセージを送られています。

      その時のメッセージが、
      とても、わかりやすく、
      池田先生のことを表現していますので、
      それを、そのまま、
      紹介(しょうかい)したいと、思います。


      世界の一流の人物が、池田先生を、
      どう見ているか、
      どう考えているのか、
      とても良く!わかるので、
      すこし、かたくなりますが、
      読んでくださったら、幸(さいわ)いです・・!!!


      ////////////////////////////

      名誉市民の称号は、ラテンアメリカでは、
      特別な意味を持ちます。
      決して、普通のことではありません。
      社会的に特別な地位にある人で、
      その市の歴史に、つづるべき事業(じぎょう)・・・
      すなわち、我々のコミュニティーに
      特別な恩恵(おんけい)を与える事業を、
      行った人に対して贈られるものです。

      だからこそ、東洋の偉大なる哲学者(てつがくしゃ)であり、
      私の親愛(しんあい)なる池田大作博士に
      ボリビア・サンタクスル州のラ・グアルディア市政府が、
      「最高賓客(ひんきゃく)賞」を贈ったのです。

      これで、池田博士への名誉市民称号は、
      世界で、「400」になったと、
      うかがいました。

      現代史において、このような世界的に高い評価を得(え)、
      世界平和のために戦っておられる卓越(たくえつ)した人物は、
      池田博士をおいて他に例を見ないでしょう。

      「400」の名誉市民という一例が意味するのは、
      人類にとって最も重要な問題解決に向かって
      行動されている人物への最高の賞賛の証(あかし)であり、
      他人への非常に、こまやかな配慮(はいりょ)、
      気遣(きづか)いをし、
      より高い人間性へ導くという
      非凡(ひぼん)な人格(じんかく)を、
      想起(そうき)させるものです。

      池田博士が、同志(どうし)である
      SGI(創価学会インターナショナル)メンバーと
      世界中で進めている社会貢献(こうけん)の行動は、
      世界平和実現に向けて、
      地道(じみち)な行動です。

      皆様は、人権の尊重(そんちょう)や憲法の保障(ほしょう)など、
      この地球上のすべての差異(さい)を有する
      コミュニティーを構成(こうせい)する人が、
      平和的に共生(きょうせい)できるように
      努力しておられます。

      私は、このSGIの行動に
      地球上の全文明が感謝する義務(ぎむ)を
      有(ゆう)すると確信しています。

      そして、各市が名誉市民という形で表す「感謝」は、
      多数の市民の思いが集まった
      「ひとつの証書(しょうしょ)」という形には、
      とどまりません。

      あらゆる社会の生活状況の改革(かいかく)を
      模索(もさく)する池田博士とSGIの皆さまの、
      他者への献身的(けんしんてき)な行動こそ、
      市民の模範(もはん)であり、
      目指すべき方向は同じであるとの、
      共感のメッセージを全世界に発信しているのです。

      技術開発によって急速に変化する先進的な現代世界にあって、
      池田博士は、一人の弟子として、
      師匠(ししょう)である牧口先生、戸田先生の唱(とな)えた、
      「人間の総合的な開発」「価値(かち)の創造(そうぞう)」
      「市民性」「教育」「保健」「平和」
      「正義による民衆の解放(かいほう)」
      などの教えに従(したが)い、
      一途(いちず)に行動し、世界中から賞賛を受けられています。

      この一事(いちじ)に、私は、
      最大限の賛辞と共感(きょうかん)を贈りたいのです。

      東洋の大哲学者である池田博士の友人であるという、
      栄誉(えいよ)について、
      感動を隠(かく)し切れません。


      池田博士とは、数年前に東京で、
      お会いすることができました。

      私の人生の中で最も、すばらしい瞬間でした。
      その卓越(たくえつ)したリーダーシップ、
      その例を見ない人間性を、
      彩(いろど)る聡明(そうめい)さ、
      池田博士その人すべてに、深く感動しました。

      創価大学での荘厳(そうごん)なセレモニーを終え、
      池田博士との、会見に向かった私たちを迎(むか)えたのは、
      池田博士の、あたたかく広げられた両腕でした。

      大感動を禁(きん)じえない出来事であり、
      いまだに自分自身の精神の記念碑(きねんひ)として、
      その時の場面は消え去ることは、ありません。


      日本訪問は、私自身の人生の中で最も大きな体験でした。
      池田博士が指揮(しき)をとられ、
      この世界が、正義と自由によって、
      より人間的であるよう尽力(じんりょく)されている、
      SGIの、すばらしさにも感動しました。

      師匠である池田博士との出会いによって、
      私は、
      本当に幸福な時に池田博士の支(ささ)えを感じ、
      また困難(こんなん)な時には
      博士の激励(げきれい)を感じ取り、
      その生命の言葉に希望の地平(ちへい)が開くのです。

      池田博士と地理的な距離はありますが、
      ボリビアSGIのメンバーと接(せっ)することで、
      人間対人間の交流、
      また、心と心の触(ふ)れ合いを感じ、
      より良い人生の展望(てんぽう)を
      描(えが)けていることに感謝しています。


      あらためて池田博士に「400」の名誉市民の受章への、
      祝福の言葉を申し上げます。

      この一大慶事(けいじ)は、
      池田博士だからこそ、値(あたい)するものです。

      数多くの市が、その行動を高く評価し、
      名誉市民、最高賓客(ひんきゃく)賞という
      顕彰(けんしょう)を行っていますが、
      これらの市は、池田博士を、
      その一名誉市民として迎(むか)えることに
      栄誉(えいよ)を感じていることでしょう。


      池田博士は私たち人類すべての模範(もはん)であり、
      世界的な指導者です。

      人類は歴史という本に、
      「池田博士の章(しょう)」を、
      あけて待っていることを確信します。


      ////////////////////////////

      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

      池田先生は、
      この池田先生が、いただいた、
      「名誉博士称号」や「名誉教授称号」の、
      385の名誉学術称号も、
      800の「名誉市民」の称号も、
      すべて、創価学会(そうかがっかい)の
      会員の皆さまの代表として、
      いただいたんだ!と、
      よく話します!

      創価学会の会員のひとりひとり、みんなが、
      「名誉博士」も「名誉市民」も、
      いただいたんだと!


      『だから、誇(ほこ)りを持て!!』と。


      これは、お世辞(せじ)でもなんでもなく、
      池田先生の、本当の、
      こころだと思う。


      そして、弟子である創価学会の一人一人を思う、
      決意と真心(まごころ)の言葉なんだと思う・・・・!


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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      こころに、打ち出の小槌を32

      2018.12.06 Thursday 13:41
      0
        先日、
        映画、「ロング・エンゲージメント」を
        見た話しをしました。

        先日、話したような
        ラブ・ストーリーであると同時に、
        この映画は、戦争の悲惨(ひさん)さを、
        ありありと、表現している映画でもあると、
        思った。


        戦争から逃れようと、
        わざと怪我(けが)をした5人の兵士は、
        処刑(しょけい)を宣告される。

        よく考えてみると、
        どちらが、正気(しょうき)か、わからないけれど、
        その5人の中のひとりが、
        映画の主人公・マチルダの恋人、マネクです。

        そのマネクを中心に、
        処刑を宣告(せんこく)された5人が、
        なぜ?わざと怪我をし、
        戦争から逃(のが)れようとしたのか?
        5人それぞれの、
        さまざまな人生の悲哀(ひあい)と苦悩が、
        描かれていきます。

        その5人の物語から、
        マチルダは、マネクの消息(しょうそく)を、
        からまった糸を、解(と)きほぐすように、
        探していきます。

        見ていて、映画とはいえ、
        やはり、想像を絶(ぜっ)する戦争の悲惨さを、
        感じました・・・・!



        現代でも、戦争は、無くなってはいない。


        なんて、愚(おろ)かで、
        なんて悲惨なんだろうと、
        思うけれど、
        そう思っている自分も人間であるが、
        戦争を起(お)こしているのも人間です。

        宗教が、戦争に利用されていることも、ある。
        戦争を起こす宗教も、良いとは思わないが、
        宗教を、戦争に利用している権力者(けんりょくしゃ)は、
        最も、悪いと思う。


        池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

        「戦争を起こすことは、宗教の自殺行為だ!」

        と言っていた!


        ほんとうに、そうだと思う!


        「憎しみ」、「怒り」、「復讐(ふくしゅう)」

        この悲惨なる悲しみの心に、
        打ち勝つ力(ちから)が、人間には、あるのだろうか?


        答えは、『ある!』だ!


        人間には、憎しみや怒りを超(こ)えた、
        強くて、あったかくて、やさしくて、
        自分も幸せにし、人も世界も、幸せにできる、
        満(み)たされた最高に幸せな生命がある!

        その強くて、あったかくて、
        自分も世界も、幸せにできる、
        最高に充実(じゅうじつ)した生命のことを、
        仏法(ぶっぽう)では、
        『仏界(ぶっかい)』の生命という。

        仏(ほとけ)のように、現代的に言えば、
        人間の王者のように、堂々とした、
        すべてを、包(つつ)み込むような強靭(きょうじん)な、
        しかも、あったかい生命!

        それが、仏(ほとけ・仏界)の生命だと思う!


        その仏(ほとけ)の生命は、
        だれでも、なんの違(ちが)いもなく、
        すべての人間の中に、そなわっている!


        それが、人間の生命であり、
        人間である以上、必然的(ひつぜんてき)に、
        仏(ほとけ)の生命が、
        そなわっている!ということです。


        池田先生が、

        「世界のすべての人たちが、
         自分の中に、この仏の生命(仏界の生命)が
         あることが、わかったら、
         戦争は、無くなる!!」

        と、言っていた!


        たしかに、そうだと思う!


        自分に、自分も、まわりの人たちも、世界も、
        幸せにする力があるとこを
        知っていたら、
        戦争を起こす必要が、ないからです!

        なぜならば、
        その仏(ほとけ)の生命を、自分の中から、
        引き出すことによって、
        自分も、世界も、変えていくことが、
        できるからです。

        その充実感と、満たされた心からは、
        戦争を起こそうとする心は、
        起こってはこない!


        なにもできない絶望感(ぜつぼうかん)から、
        戦争は、起こってくるのだと思う。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

        南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
        となえているということは、
        世界を、変えていることに、等しい。

        なぜならば、
        南無妙法蓮華経を、となえるという行為(こうい)は、
        自分の中から、仏の生命(仏界の生命)を
        引き出す、唯一(ゆいいつ)の方法だからです。

        これ以外に、自分の中から、
        仏の生命(仏界の生命)を引き出す方法も、
        また、仏の生命を実感し、
        認(みと)め、

        「自分の中にも、素晴(すば)らしい仏の生命が、
         あるんだ!!」

        と、確信する方法も、ない!


        だから、それは、そのまま、
        自分の周(まわ)りの人たち、環境(かんきょう)、世界から、
        仏界(ぶっかい)の心、すなわち、
        平和の心、幸せの心を、引き出すことに、つながり、
        世界を、幸せの方向に
        変えていくことに、つながっていく。

        だから、ご本尊(ほんぞん)に、
        南無妙法蓮華経を、となえるという
        信仰を根本とした、
        創価学会(そうかがっかい)の活動は、
        世界最高の平和活動なんだと、思う!


        それを、客観的(きゃっかんてき)に見た、
        世界の有識者たちは、
        創価学会の活動を、絶賛(ぜっさん)し、
        最高の尊敬と期待と希望をもって、
        最大級の賞賛を、
        創価学会に、あたえている・・・・!


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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        こころに、打ち出の小槌を31

        2018.11.20 Tuesday 12:55
        0
          このまえ、
          「ロング・エンゲージメント」
          という映画を見ました。

          とても、いい映画でした。
          戦争のシーンは、
          あまりにも残酷(ざんこく)で悲惨(ひさん)でしたが、
          戦争後のシーンに戻ると、
          ウイットやユーモアも、のぞかせ、
          それでいて、
          ひたむきな純(じゅん)な魅力(みりょく)が、
          良く出ていました。


          戦争で、マチルダの恋人、マネクは、
          死んだと報告(ほうこく)されるが、
          マチルダは、それを、信じない!
          ただただ、

          「マネクは、生きている!」

          という、
          自分の直感(ちょっかん)だけを信じ、
          からまった糸のような小さな手がかりを頼(たよ)りに、
          愛するマネクの消息(しょうそく)を
          追っていく!

          そして、
          マチルダの直感は、
          現実となり、
          感動的なラストへと向かっていく。


          その姿を、へんにドラマチックにはせず、
          等身大(とうしんだい)の人間として、
          表現しているところが、
          すごく、良いと思った。



          直感というものは、信念(しんねん)に似ている!


          へたな願望のような、
          浅(あさ)はかな勘(かん)は、
          あまり、当たることはないし、
          また、そういう勘(かん)が、
          人を幸せに導(みちび)くことは、
          少ない。

          けれど、信念をともなった直感は、
          時として、人を幸せに、みちびく。


          人は、だいたいは、
          常識(じょうしき)や理屈(りくつ)で動くものだ。
          けれど、時として、
          常識や理屈では違(ちが)っていても、
          どうしても、こうするべきだ!という、
          直感に従(したが)う時もある。

          また、常識や理屈では、
          そうすべきではないのに、
          感情が、どうしてもこうしたい!という
          強い信念を、ともなうこともある。

          そういう時は、その直感に従ったほうが、
          成功する場合もある。

          なぜ?そうしたか?と聞かれて、


          「どうしても、そうしたかったからだ!」


          と、答えるしかない時もある。


          理屈を、とるべきか?
          直感を、とるべきか?

          その見極(みきわ)めが、
          たいへん難(むずか)しいと思う。


          仏法(ぶっぽう)では、
          その信念を、ともなった直感のことを、
          「仏智(ぶっち)」と言う。

          「仏(ほとけ)の知恵」という意味だ。

          この仏智(ぶっち)は、ヒラメキに似(に)ていて、
          理屈はともあれ、
          仏智(ぶっち)として、
          ひらめいたとおりに行動すると、
          成功する。

          成功するから、仏智なんだけれども・・。


          ぼくが知っている創価学会(そうかがっかい)の婦人に、
          理屈は、すごく苦手だけれど、
          直感が、すごく!鋭(するど)い人がいる。

          その人は、こころに、ご本尊(ほんぞん)を、
          いつも、抱(だ)きしめているような人だ。

          (ご本尊とは、創価学会で、
           南無妙法蓮華経を、となえる対象[たいしょう]として、
           信じている、祈りの対象です)

          彼女は、理屈は、わからなくても、
          「だって、私は、そうしたいんだもの!」
          「だって、私は、そうしたほうが、
           いいと思うんだもの!」と、よく言う!

          それで、常識から考えて、
          とうてい無理(むり)だと思われるようなことも、
          成功させている!

          だから、ぼくは、
          「そうして、良かったですね!」
          としか、言えない。

          すごい人だと、思う。


          問題は、この仏智が、
          どうやったら出てくるかだと思う。

          はっきり言うと、
          『仏智(ぶっち)』は、
          南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
          となえないと、
          出てこない!


          南無妙法蓮華経は、自分の生命の中にある、
          最高に素晴らしい、仏(ほとけ)の生命を
          ひきだす、鍵(かぎ)に、似ている!

          だから、南無妙法蓮華経を、となえることによって、
          自分の中にある、
          仏(ほとけ)の知恵を開くドアが開(あ)き、
          ヒラメキが、出てくる!


          創価学会員で、創造的(そうぞうてき)な仕事をしている人が、
          創造上の壁(かべ)にぶつかった時に、
          南無妙法蓮華経を、何時間も、となえて、
          仏智であるヒラメキを、ひきだして、
          何度も、何度も、
          壁を、乗り越(こ)えてきたという話しは、
          よく、聞く。


          ぼくも、どうしたらいいか、悩むときなどは、
          南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
          となえると、
          理屈ではなく、
          絶対に、こうするべきだ!という、
          直感と確信が、わいてきて、
          はっきりと、進む道を選ぶことができたことが、
          たくさん、あった!

          また、これからも、
          そうしていくだろうと思う。


          南無妙法蓮華経を、となえると、
          未来の見えない道を、ある意味、
          仏智として、
          自分に見えるようにしてくれる!

          幸せになる道を、わからせてくれる!
          それが、仏智(ぶっち)だと、思う。

          すごいことだと思う。


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

          南無妙法蓮華経を、理屈で、
          理解できる人は、いないと思う。

          今日、話した仏智にしても、
          南無妙法蓮華経の力の、
          ほんのわずかな力(ちから)に、すぎないと思う。

          南無妙法蓮華経の力は、
          ほんとうに、すごすぎて、
          とうてい、わからないと思う。


          だから、結論(けつろん)として言えることは、


          『南無妙法蓮華経は、信じるしかない!』


          ということだ・・・・。


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


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          category:映画 | by:kokouchi | - | -

          こころに、打ち出の小槌を30

          2018.11.02 Friday 00:36
          0
            映画館に、映画を見に行くと、
            本編(ほんぺん)の前に、
            かなり長い予告編(よこくへん)を
            見ることになる。

            その中で、前に、
            ミニ映画みたいなのを、
            上映(じょうえい)してくれていた。

            とても、かわいい短編映画だったので、
            印象(いんしょう)に残(のこ)っている。


            題名は、たしか、
            「シロウサとクロウサ」だった・・・・・・。


            ある女の子がピアノが好きで、
            毎日、練習するんですが、
            なかなか、うまくならない。

            それを見ていた、ぬいぐるみの
            「シロウサ」と「クロウサ」は、
            なんとかしてあげたいと、
            夜中に、魔法(まほう)を使って、
            ピアノの格好をしたケーキを作ります!

            朝、女の子が起きてみると、
            ピアノの格好(かっこう)をした、
            おいしそうなケーキが、おいてあって、
            そのケーキを食べた女の子は、
            元気になって、
            上手(じょうず)にピアノが弾(ひ)けるようになった!

            という話しの映画です。


            この話しの良(よ)いところは、
            最後にシロウサとクロウサは、
            魔法でピアノが弾けるようになったとは、
            言わない!

            女の子が、


            「毎日、一生懸命(いっしょうけんめい)、
             ピアノの練習をしたから、
             上手に弾けるようになったんだね!」


            と、ほめている。


            そして、最後に字幕(じまく)で、


            「この物語は、シロウサとクロウサが
             作ったケーキを食べると、
             人間は、勇気が出るという物語でした!」

            「あなたのもとにも、
             シロウサとクロウサが、
             現(あらわ)れるかもしれませんね!」


            と、いって、終わりになります。



            シロウサとクロウサが、
            ケーキを作ってくれて、
            勇気が出たら、
            ほんとうに、いいですよね!

            でも、実際(じっさい)には、
            シロウサとクロウサが、ケーキを作ってくれて、
            人間が勇気がでることは、ない・・・・。


            よく、
            「勇気がある」とか「勇気がない」とか、
            言うけれど、
            これは、ほんとうは、ウソだと思う。


            ほんとうは、勇気がない人なんて、いない!


            勇気を出す人と、
            出さない人がいるだけだ。


            実際のところは、
            勇気がないんじゃなくて、
            勇気をだす『パワー』がない!というのが、
            本当(ほんとう)だと思う。


            勇気を出すためには、パワーがいる!


            じゃあ?
            その勇気を出すパワーを、
            いったい、どうしたら、
            つけることが、できるんだ?というのが、
            一番の問題です!


            人間が勇気を出すためのエネルギー、
            その、ふくれ上がっていくような、
            プラスのエネルギーのことを、
            『生命力(せいめいりょく)』って、言います。

            だから、この『生命力』が、
            身体(からだ)と心の中に、
            たくさん、たくさん、あると、
            勇気を出すことが、できます!


            自分の身体に、自分の心に、
            その『生命力』を、つけることができたら、
            勇気が出るわけです。


            身体に元気がない時は、
            ご飯(はん)を食べれば、
            身体の元気は、回復(かいふく)します。

            こころに元気がないときは、
            好きな音楽を聴(き)いたり、
            好きな映画をみたり、
            本を読んだり、
            好きな人と遊んだりすると、
            こころは、元気(げんき)になります!


            でも、普通の生活の中で、
            勇気などを出すための根本(こんぽん)のもの、
            生命力を元気にするための、
            具体的(ぐたいてき)な方法は、ないんです!


            そして、
            生命力を増(ふ)やし、元気にするための、
            唯一(ゆいいつ)の方法が、

            『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
             を、となえる!』

            って、ことなんです。

            そして、それと同時に、
            仏法(ぶっぽう)の実践(じっせん)である、
            創価学会(そうかがっかい)の活動をすると、
            生命力は、
            どんどん、元気になっていきます。


            南無妙法蓮華経をとなえることは、
            車にガソリンを入れるようなものです。

            南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
            となえると、
            生命力のガソリンが、たくさん、
            蓄(たくわ)えられて、勇気が出てきます!


            南無妙法蓮華経は、
            『勇気のもと!』みたいなものなんです!


            そして、南無妙法蓮華経のガソリンを、
            生命にいっぱい、蓄(たくわ)えて、
            仏法(ぶっぽう)の実践である創価学会の活動をすると、
            生命力は、もっと、もっと、強くなって、
            元気になっていくわけです。


            残念(ざんねん)ですけれど、
            これ以外には、生命力を強くし、
            生命力を元気にする方法は、ありません!


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


            勇気のない人は、いない!
            勇気の出し方を、知らないだけだ。


            ぼくも、勇気のいるときは、
            ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経を、
            いっぱい、いっぱい、となえる!

            南無妙法蓮華経を、たくさん、となえると、
            勇気が出ることを、知っているからだ!

            そして、ふくれ上がった生命力で、
            勇気を、だしていく!

            それが、南無妙法蓮華経をとなえる
            ということだと、思う!


            勇気が、必要なときに、
            南無妙法蓮華経を、となえる!


            このことを知っているだけでも、
            本当に幸せだと思う。


            創価学会員は、そのことを知っている!
            そのことを、実践している!
            だから、負(ま)けない!! 強い!!
            だから、創価学会の人たちは、
            どんな苦難(くなん)があっても、
            幸せになっていける!

            けれど、このことを知らない人は、
            勇気を、ほんとうは、出さなければいけない時に、
            途方(とほう)にくれてしまう場合も
            あるかもしれない。


            「勇気を出す」と「勇気を出さない」とでは、
            人生に、天国と地獄(じごく)くらい、
            差(さ)が出てきてしまうにも、かかわらず!!


            そう考えると、
            南無妙法蓮華経を、となえるのと、
            となえないとでは、
            自分の人生と未来に、
            天国と地獄くらい、差があるんだと、
            深(ふか)く深く、思う・・・・・・。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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            category:勇気 | by:kokouchi | - | -

            こころに、打ち出の小槌を29

            2018.10.22 Monday 05:46
            0
              この前、
              創価学会(そうかがっかい)の友達と、
              喫茶店(きっさてん)で話しをしていたんですが、
              その友達は、喫茶店にいくのが好きで、
              よく、喫茶店にいくそうなんですが、
              なじみの喫茶店に行っても、
              暇(ひま)で、
              お客が入っていないときもあります。

              けれど、彼が喫茶店に入ってくると、
              そのあと、不思議(ふしぎ)と、
              お客が、どんどん入ってくるそうなんです。

              そういうことは、
              経営者(けいえいしゃ)や店長が、
              いちばん良く、わかっていて、


              「あなたが、お店に来ると、
               不思議と、お客がよく来るから、
               もっと、ちょくちょく、
               店に来てくれ!」


              と、言われるそうなんです!


              それは、ぼくも、良く、わかって、
              ぼくが知り合いのお店に行っても、
              そこの経営者から、

              『あなたが来ると、そのあと、お客が来るんだ!
               だから、もっと、ちょくちょく、
               顔を出してくれ!』

              と、言われます。



              まるで、福の神(ふくのかみ)みたいだけれど、
              こういうのを仏法(ぶっぽう)では、


              その人にそなわった『福運(ふくうん)』


              と、言います。


              人は、幸せの方に寄(よ)って来るものです。

              不幸な人のところに、
              わざわざ、よってくることは、
              あんまりないと思います。

              無意識(むいしき)のうちにも、
              生命(こころ)で、幸せの香(かお)りを、
              かぎつけて、
              なぜかしら、
              その香りに、ひき付(つ)けられて、
              人が集まってくる!


              それが、生命に刻(きざ)まれた『福運』です。


              問題は、
              この福運を、どうやったら、
              つけることが、できるかです。


              この福運は、
              どんなに、香水(こうすい)を付けても、
              着飾(きかざ)っても、付いてきません!

              この福運だけは、
              残念(ざんねん)ながら、
              創価学会が実践している、
              南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
              となえる仏法の信仰と、
              仏法の実践(じっせん)に直結(ちょっけつ)した、
              創価学会の活動でしか、
              ついてきません!!


              ご飯を食べれば、
              身体は元気になります。

              また、本を読んだり、映画を見たり、
              テレビを見たりすれば、
              知識は付くかもしれませんが、
              生命自体を幸せにする『栄養(えいよう)』、
              『福運(ふくうん)』は、
              決して、付いてはきません!

              みずからの生命に刻まれる福運は、
              『南無妙法蓮華経を、となえる』ことと、
              その仏法に直結した活動でしか、
              つけることは、できません!!


              『福運(ふくうん)』・・・、


              この福運がないと、
              どんなに努力しても、報(むく)われません!
              また、福運がないと、
              チャンスや、運を、つかむことができません!


              『福運は、幸せを、つかむ根本(こんぽん)なんです!』


              その福運を付ける、
              唯一(ゆいいつ)の方法が、
              南無妙法蓮華経をとなえるという行動であり、
              その仏法(ぶっぽう)に直結した、
              創価学会の活動です!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              どんなに、才能(さいのう)があっても、
              どんなに、地位や名誉(めいよ)や権力があっても、
              福運が、なくなったら、
              その人は、
              滅(ほろ)んでいきます。


              福運がなくなることほど、
              みじめなことは、ありません!


              福運がなくなると、
              どんなに努力しても、
              報(むく)われることは、
              決してないからです!


              人は、幸せに向かって努力することは
              知っているけれど、
              大切(たいせつ)なことを忘れている!!


              それは、自分の幸せを左右(さゆう)するのは、
              『福運だ!』ということです。


              その「福運」を付けることも、
              福運を、つける方法も、知らない・・・!



              幸せとは、福運と直結しているのに!!!



              実(じつ)は、
              南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
              その仏法に直結した、創価学会の活動でのみ、
              人は、みずからの生命に、
              福運を刻(きざ)むことが、できる。


              これだけは、どうしようもない・・・。


              そんなこと、あるものか!
              と言ってみたところで、
              本当(ほんとう)だから、しょうがない。


              創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
              仏法の信仰(しんこう)でしか、
              『福運』はつかないでしょう・・。


              だから、
              南無妙法蓮華経を、となえるという、
              仏法(ぶっぽう)の信仰と、
              その仏法の活動に直結した
              創価学会の活動は、
              福運をつける唯一(ゆいいつ)の方法であるがゆえに、
              世界最高の平和活動となり、
              文化活動となり、
              ひとりひとりを幸せにする、
              最高最大の幸福活動になるんだと思う・・・・・!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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              category:幸せ | by:kokouchi | - | -

              こころに、打ち出の小槌を28

              2018.10.09 Tuesday 08:42
              0
                創価学会(そうかがっかい)が実践している、
                南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                となえる仏法(ぶっぽう)が、
                スゴイことは、わかっています。

                確固(かっこ)とした幸せをつかみたかったら、
                この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)しかない!
                ことも、
                わかります!

                けれど、なかなか、
                この南無妙法蓮華経の仏法を、
                真剣に、真面目(まじめ)に、
                やってみようとは思えないのも、
                事実(じじつ)かもしれません。


                人によって、
                この創価学会の信仰(しんこう)を
                真面目にやりはじめるきっかけは、
                まちまちのようです。

                だだ、どんな人でも、
                真剣にやりだしたら、
                必ず結果がでる。

                悩みが解決したり、
                夢や希望をかなえていけたり、
                必ず、幸せになっていけるのが、
                創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
                仏法(ぶっぽう)の信仰です。


                ある壮年(そんねん)の方は、
                こういうことが、きっかけで、
                真面目に創価学会の信仰を
                やりだしたそうです・・・。


                かなり、昔の話しでもあり、
                あまり、科学的でないかもしれませんが、
                ぼくが、その壮年の方から、
                聞いたとおりに、
                話したいと思います。


                その壮年の人は、
                奥さんが、創価学会の信仰を
                熱心(ねっしん)にやっていたので、
                結婚するときに、結婚する条件として、
                創価学会に、入会したそうです。

                だから、彼は、
                創価学会にも、
                仏法の信仰にも、
                まったく、興味(きょうみ)がなく、
                入会したのは名ばかりで、
                創価学会の活動も、信仰も、
                まったく、やっていませんでした。

                ところが、奥さんが、
                胃(い)がんに、かかってしまって
                入院したそうです。

                奥さんの癌(がん)は、
                そうとう進んでして、
                末期(まっき)に近い癌だったそうです!

                奥さんは、絶対、
                癌(がん)を治(なお)そうと、
                毎日、10時間くらい、
                南無妙法蓮華経を唱(とな)えたそうです。

                それで、彼も、奥さんに、
                なんとか、生きてほしいので、
                真剣に南無妙法蓮華経を、
                となえだしたそうです。

                奥さんは、ほんとうは手術をしないで、
                南無妙法蓮華経をとなえて、
                癌(ガン)を治したかったらしいんですが、
                たまたま、めったに手術を受けられない、
                胃がんの権威(けんい)の名医(めいい)に、
                手術を受けられるチャンスにめぐまれ、
                手術を受けたそうです!


                こういう話しは、よく聞くことですが、
                南無妙法蓮華経を真剣にとなえていくと、
                普通だったから考えられない巡(めぐ)り合わせ、
                ラッキーやチャンス、
                出会いに恵(めぐ)まれることが、
                多々(たた)、あるようです。


                南無妙法蓮華経には、
                環境(かんきょう)や状況(じょうきょう)を
                良い方向に、
                変(か)える力が、ある!!


                ということだと思います。


                それで、その奥さんは、
                ほんとうだったら、胃のほとんどの部分を
                切除(せづじょ)しなければならなかったんですが、
                名医のおかげで、
                胃を切除するのが、
                最低限ですんだそうです!

                その時、彼は、
                妻の切除された胃を見せてもらったそうです。


                それを見て、彼は驚(おどろ)いたそうです。


                創価学会では、昔、
                よく、癌に、かかると、

                『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                 となえぬいて、がん細胞を、
                 焼(や)き切るんだ!』

                と言っていたそうです。
                (ぼくは、聞いたことありませんので、
                 本当か、どうかは、わかりません・・・)

                彼は、そんなことは、信じていなかったんですが、
                妻の切除された胃を見ると、
                がん細胞が、マッチ棒(ぼう)の先のような、
                黒い焼け焦(こ)げた跡(あと)みたいな点になって、
                大半が、焼け死んでいたそうです!

                それを、目の当たりに見て、

                「南無妙法蓮華経が、がん細胞を、
                 焼き切るというのは、ほんとうだったんだ!」

                と、心から思い、
                それ以来(いらい)、まじめに、
                創価学会の活動と信仰をやるようになって、
                今は、支部の幹部になっている!

                という話しをしてくれました。


                科学的な根拠(こんきょ)はわかりませんが、
                本人に、
                本当の確信(かくしん)がなかったら、
                創価学会の信仰を真面目にやることも、
                幹部になることも、
                なかったと思います。

                南無妙法蓮華経をとなえてみて、
                本人にしかわからない、
                絶対的な確信が、
                その人の生命の中で、
                ふつふつと、
                湧(わ)き上がってきたんだと思います。


                人間というのは正直(しょうじき)です。

                その本当の確信が、
                生命に湧(わ)き上がっていなかったら、
                この創価学会の信仰を、
                続けられないと思うからです。


                きっかけはどうであれ、
                彼の妻の病気が、
                彼を、

                『創価学会(そうかがっかい)の信仰』

                という、
                絶対的幸せの道に、
                導(みちび)いたんだと、
                思います。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                何か不思議(ふしぎ)ですし、
                半信半疑(はんしんはんぎ)ですから、
                彼の話しが、医学的に正しいかどうかは、
                わかりません。

                けれど、
                彼も、彼の妻も、
                南無妙法蓮華経をとなえて、
                結果として幸せになったことだけは、
                事実です。

                この、
                『幸せになった結果』
                というのが、
                大事(だいじ)だと思います。


                最も重要なことは、
                『幸せになったという結果』で、
                この幸せという結果がでるのが、
                創価学会の、
                南無妙法蓮華経をとなえる、
                仏法(ぶっぽう)の信仰です。

                だから、世界192ヶ国もの人たちは、
                この創価学会の仏法の信仰を、
                やっているんだと思います。


                それに、
                この壮年と奥さんの話しに、かぎらず、
                真剣に、創価学会の仏法を実践(じっせん)し、
                必死に南無妙法蓮華経を、
                となえ続けたところ、
                医者の方も不思議(ふしぎ)がるんですが、
                ガンが、消えてしまったという話しは、
                多々(たた)、聞くことがあります。


                それは、事実です。


                また、
                まじめに、創価学会の活動と
                南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を実践している人を、
                検査(けんさ)したところ、
                普通だったら、
                治(なお)るはずがない難病なのに、
                なんども、自然治癒(しぜんちゆ)した痕(あと)が、
                残ってたという話しも、
                聞いたことが、
                あります。


                それらのことから考えるとき、
                人間には、もともと、
                すごい生命力(せいめいりょく)が、
                あるんだと、思います。

                その本来(ほんらい)、
                人間が持っている、
                すごい生命力を
                引き出す力(ちから)が、
                南無妙法蓮華経には、
                きっと、あるんだと思います!

                だから、南無妙法蓮華経を、となえつづけると、
                本来、人間の、もっている
                素晴らしい力(ちから)が、
                引き出される!

                その結果として、病気にかかわらず、
                南無妙法蓮華経を、となえることによって、
                さまざまな悩みや困難(こんなん)を、
                克服(こくふく)できたり、
                さまざまな夢や希望を実現できたり、
                できるんだと思います。


                だから、きっと、

                『本来、人間が持っている、
                素晴らしい力(ちから)、
                無限の可能性を、引き出す!』

                それが、
                『南無妙法蓮華経を、となえる!』
                と、いうことなんだと、思います・・・・。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                JUGEMテーマ:日記・一般



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                こころに、打ち出の小槌を27

                2018.09.17 Monday 21:12
                0
                  だいぶまえだけれど、
                  ベルリンマラソンで、
                  野口みずきが、日本新記録を出して、
                  優勝したのを見たことがありました。

                  野口みずきは、
                  2004年のアテネオリンピックの
                  女子マラソンで、
                  金メダルをとり、
                  その当時(とうじ)、
                  乗りに乗っていたんだと思う。

                  その野口みずきが出た
                  ベルリンマラソンの中継放送の
                  テレビで話していたんですが、
                  その野口みずきの、「みずき」は、
                  「花みずき」から、
                  とった名前だそうです。

                  そして、「花みずき」には、
                  花言葉で、


                  「礼(れい)を、返す!」


                  という意味が、あるそうです。


                  その時のベルリンマラソンで、
                  野口みずきが、

                  「今回、日本新記録を出して、
                   監督やコーチに、恩(おん)を返したい!」

                  と、言っていたのを
                  記憶しています。


                  「花みずき」の花言葉どおりの、
                  『恩を返(かえ)す』、
                  みごとな優勝だったと、思いました。


                  やはり、「恩を返す」とは、
                  人間にとって、大切なことであり、
                  大きなエネルギーになるんだと
                  思いました。



                  次元(じげん)は違いますが、
                  日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
                  御書(ごしょ)に、

                  『報恩抄(ほうおんしょう)』

                  という御書が、あります。

                  (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
                   論文とか手紙を、すべて集めたものです)


                  報恩抄(ほうおんしょう)では、
                  名前の通り、
                  恩に報(むく)いる生き方について、
                  話されています。

                  たとえば、
                  きつね(狐)は、
                  自分の生まれた古塚(ふるつか)を、
                  決して忘れないと言われるし、
                  動物でさえ、恩に報(むく)いようとする。

                  だから、まして人間は、当然(とうぜん)である!


                  人間は、生まれたときは、
                  けもの(獣)と同じだそうです。

                  それは、そうだ!
                  だって、何にも知らないんだもん。
                  それを、親が、
                  いろいろなことを教えてくれて、
                  ようやく、人間になっていく。

                  他の動物になくて、
                  人間にあるものの一つとして、
                  人間は、どうして、いま自分が、
                  こうして生きていられるか
                  ということについて、
                  理解することができる!

                  ほかの動物は、
                  そういうことは考えない!

                  難(むずか)しく言うと、
                  『因果(いんが)』、

                  原因(げんいん)と結果(けっか)を、
                  はっきり、
                  知ることができるのが、
                  人間だそうです。

                  だから、人間は、
                  親や、先生や、
                  まわりの人々に、
                  感謝することができる!

                  この感謝(かんしゃ)する心、
                  恩を知る心を、
                  持(も)っているのが、
                  人間だそうです。

                  だから、逆(ぎゃく)に言えば、
                  感謝するということ、
                  恩に報(むく)いようとしないと、
                  もう、身体は人間でも、
                  こころは人間とは言えない、
                  下劣(げれつ)な生き物になってしまう!


                  日蓮大聖人が、なぜ、
                  この『報恩抄(ほうおんしょう)』を
                  書いたかというと、
                  自分に、さまざまなことを教えてくれた、
                  道善房(どうぜんぼう)という師匠の恩に、
                  報(むく)いるためだそうです。

                  師匠(ししょう)である道善房の死を知らされ、
                  日蓮大聖人は、だいだい、
                  原稿用紙(げんこうようし)?100枚くらい?の、
                  この『報恩抄』を書いて、
                  兄弟子に、
                  この手紙(報恩抄)を送り、

                  「師匠(道善房)の墓前(ぼぜん)で読むように!」

                  と、
                  指示(しじ)されている。


                  日蓮大聖人が、
                  この報恩抄のいちばん最後のところで、
                  こう、言っている。


                  『日蓮の慈悲(じひ)が広大ならば、
                   南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
                   万年のほか、未来までも、
                   流布(るふ)するであろう。

                   日本国の一切衆生(いっさいしゅじょう)の
                   盲目(もうもく)を開く、
                   功徳(くどく)がある。
                   無限地獄の道を、
                   ふさいだのである。』
                   

                   ・・と。


                  未来の全民衆を、救(すく)っていく!
                  幸せにしていく!
                  それが、日蓮大聖人にとっての、
                  師匠の恩に報いるということだと思う。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                  現在、日蓮大聖人の
                  南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
                  創価学会(そうかがっかい)の出現とともに、
                  日本は、おろか、
                  全世界、192ヶ国に
                  広がっている!

                  そして、日蓮大聖人の予言(よげん)のとおり、
                  人々を、絶望(ぜつぼう)から救い、
                  世界中の人たちの悩みを解決し、
                  さまざまな形で、
                  幸せを結実(けつじつ)させている。


                  きっと、こんなスゴイ恩返しは、ないと思う!


                  最高の法(ほう)を、持つということ。
                  最高の哲学(てつがく)を実践するということ。

                  この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を、
                  実践(じっせん)するということは、
                  自分だけでなく、
                  家族や、まわりの人々、
                  世界をも、
                  幸せにしていくことに
                  つながっていく。


                  だから、世界のためにも自分のためにも、
                  最高に価値(かち)がある、
                  この南無妙法蓮華経の仏法を
                  実践することが、
                  結局、最高の報恩(ほうおん)!
                  『恩を返す』ということに、
                  つながっていくんだと思う・・・。

                  すなわち、
                  南無妙法蓮華経を、となえる生き方は、
                  報恩、『恩を返す』という、
                  人間としての最高の行動を、
                  その人に、させてくれるので、
                  その人は、当然、
                  最高の人間として輝(かがや)いていき、
                  最高の幸せを、
                  つかめるようになっていく。


                  だから、創価学会の人たちは、
                  自己(じこ)を大きく開花させて、
                  幸せになっていけるんだと、
                  思う・・・・・・。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


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                  こころに、打ち出の小槌を26

                  2018.08.31 Friday 23:02
                  0
                    前に、ちょっと話しましたが、
                    創価学会(そうかがっかい)では、
                    月に一度、
                    地域の創価学会員が、あつまって、
                    いろいろ話したり、仏法(ぶっぽう)を学んだり、
                    催(もよお)し物をやったりする、
                    座談会(ざだんかい)という会合があります。


                    普通は、同じ地域の人たちが集まるので、
                    集まる人は、それほどは変わりません。


                    けれど、めったにはないけれど、
                    たまに、
                    交流(こうりゅう)を深める意味で、
                    遠くに住んでいる、他地区の創価学会員の人たちが
                    参加してくれる、
                    「交流座談会」というのを、
                    やることがあります。


                    交流座談会というのは、
                    普段(ふだん)、会わない人の話しが聞けるので、
                    すごく、新鮮(しんせん)です。


                    前にあった、交流座談会の話しですが、
                    その時は、他地区から、
                    5人の方が、
                    参加してくれました。

                    そして、
                    その5人が、5人とも、
                    自分や家族の、
                    さまざまな悩みや困難(こんなん)を、
                    創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰によって、
                    乗り越(こ)え、解決していった
                    体験と、確信を、
                    語ってくれていました!

                    そういう、新鮮な話しを聞くと、
                    わかってはいるつもりだけれど、
                    創価学会が実践(じっせん)している、
                    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
                    の仏法の信仰は、

                    『ほんとうに、スゴイ!!』

                    と、
                    確信を新(あら)たにすることができます。


                    何が?スゴイか?というと、
                    この『南無妙法蓮華経を、となえる』、
                    創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰が、
                    その5人が、5人とも、
                    性格も、境遇(きょうぐう)も、
                    悩みも、すべて、
                    まったく違(ちが)うにもかかわらず、
                    その、一人一人の悩みや困難を、
                    一人一人に適合(てきごう)して、
                    ことごとく、解決している!!
                    と、いうことです。


                    それは、この仏法が、
                    どんな人の悩みや願いにも対応できる、
                    正真正銘(しょうしんしょうめい)、
                    どんな宿命も克服(こくふく)し、
                    転換(てんかん)できる、
                    真実の信仰であることの、
                    証明に、ほかならないからです。


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                    はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
                    どこかの学者か、だれかが、


                    「少しの人数の人を、長い年月、
                     だますことが、できたとしても、
                     多くの人数の人たちを、短い時間、
                     だますことが、できたとしても、
                     たくさんの、多くの人たちを、
                     長い年月、
                     だますことは、できない!!」


                    と、言っていた。


                    創価学会は、世界192ヶ国に広がっている。
                    これだけ、多くの人たちを、
                    これだけ、長い年月、
                    だますことは、できない!!!


                    交流座談会に参加してくれた学会員さんたちが、
                    さまざまな宿命(しゅくめい)を転換してきた体験を
                    話してくれていたけれど、
                    それを聞いていた学会員さんたちも、
                    この『南無妙法蓮華経の仏法』を実践すれば、

                    そうなって、当然(とうぜん)だ!

                    というふうに、
                    確信(かくしん)を持って聞いている。


                    この光景(こうけい)を見ると、
                    どんなに、ひねくれた考えかたをしても、
                    この創価学会の、南無妙法蓮華経を
                    となえる仏法(ぶっぽう)の信仰は、
                    ひとりひとりに、
                    本当の幸せを、
                    もたらし、
                    悩みの解決や夢の実現など、
                    現実に必ず、結果の出る、
                    真実の信仰だ!と、
                    言わざるをえない・・・・!!


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                    こころに、打ち出の小槌を25

                    2018.08.20 Monday 07:04
                    0
                      以前、テレビで、
                      「泣き虫女子バレー部の青春300日」
                      という番組を、見たことがあります。

                      はっきり、覚(おぼ)えていないけれど、
                      たしか?広瀬さんという、
                      元オリンピック選手が、
                      その高校バレーボールチームのコーチとして、
                      いろいろ、がんばっていく
                      ドキュメンタリーだった。


                      その中で、目に付(つ)いたのは、
                      広瀬さんが、高校生たちに、

                      『ぜんぜん、本気(ほんき)になっていない!』

                      とか

                      『やる気、あるのか!』

                      とか、
                      どなるシーンだった。


                      本気とか、やる気というものは、
                      精神的なものなので、
                      なかなか、
                      わからないところが、
                      あると思う。

                      ぼくからみれば、
                      みんな、
                      一生懸命(いっしょうけんめい)やっているように
                      見えるんだけれど、
                      広瀬さんのような人が、
                      現場(げんば)で、プロの目で見ると、
                      やる気になっているか?
                      本気を出しているのかが、
                      わかるのかも、しれない・・。


                      やる気とか、本気とかいうものは、
                      精神的な問題だから、
                      目に見えずらい!

                      けれど、広瀬さんは、
                      あえて、
                      そういうことを、
                      何度も、何度も、
                      口(くち)にしていた。

                      それは、やる気とか、本気とかいうことは、
                      「こころ」の問題だけに、
                      逆(ぎゃく)に言えば、

                      『限界(げんかい)がない!』

                      ということだと思う。

                      だから、この限界がない部分の、
                      やる気とか、必死さを、
                      もっと、もっと、
                      出すことによって、
                      技術的にも、能力的にも、精神的にも、
                      若い高校生だけに、
                      もっと、もっと、成長していける!


                      たぶん、広瀬さんは、
                      プロとして、そのことが、
                      わかっているんだと思う・・・。



                      もっと、やる気を出せば、
                      もっと、成長できるし、成功できる!


                      もっと、本気になれば、
                      もっと、もっと、
                      可能性(かのうせい)が広がっていく!


                      けれど、スポーツの世界でもなく、
                      普通の社会の中では、
                      そのやる気とか、本気さを、
                      発揮(はっき)したり、
                      また、それを、
                      意識して発揮するようなことは、
                      なかなか、
                      難(むずか)しい現実が、
                      あると思う。


                      こころの強さを、変える。
                      一念(いちねん/こころ)の強さ、
                      気迫(きはく)、情熱を、
                      もっと、もっと、強くしていく!


                      その、最も、難(むずか)しい部分を、
                      だれでも、自然のうちに、
                      体得(たいとく)していくことが
                      できるようにしたのが、

                      『仏法(ぶっぽう)』

                      だと思う。


                      創価学会(そうかがっかい)が
                      実践(じっせん)している仏法では、

                      『ご本尊(ほんぞん)に、
                       南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                       となえる』

                      という行動によって、
                      無意識(むいしき)のうちに、
                      自然のうちに、自分の中から、
                      強い強い生命力(せいめいりょく・一念・こころ)を、
                      出していく!


                      南無妙法蓮華経をとなえることは、
                      自分の中にある無限(むげん)の生命力を、
                      湧(わ)き上がらせていくことだからです。


                      そして、それが、
                      起爆剤(きばくざい)となって、
                      どんな社会においても、
                      実証(じっしょう・現実における結果)を、
                      しめし、
                      勝利していけるように、
                      なっていく!


                      だから、創価学会には、
                      世界中いたるところで、
                      実証を示(しめ)し、
                      勝利して輝(かがや)いている人が、
                      たくさん、たくさん、いるし、
                      そういう素晴らしい人たちが、
                      次々(つぎつぎ)に、続々と出てきている。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                      池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

                      「光にしろ、ほんのわずか、
                       角度(かくど)を変えただけで、
                       長い年月からすると、
                       大きな差(さ)が、でてくる。」

                      と、言っていた。


                      こころも、同じだと思う!


                      こころの角度を、ほんの少しだけでも、
                      変えることができたなら、
                      人生は、大きく開けていく!


                      こころは、目に見えないだけに、
                      限界がない!

                      この部分を、もっともっと、強く、
                      希望の方向に、もっていけたら!!

                      その人は、必ず、
                      勝利者になっていけると思う。


                      実は、この『こころ』の部分が、
                      人生の中で、
                      いちばん!
                      大切(たいせつ)なのかもしれない!!


                      その『こころ』の部分に、
                      最(もっと)も、注目し、
                      最も、急激に変化させ、
                      向上(こうじょう)させる方法を、
                      生命の根本(こんぽん)から解決し、
                      すべての人のために、説いたのが、
                      南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
                      それを、世界中に広め、実践しているのが、
                      創価学会なんだと、
                      思う・・・・・!


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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