こころに、打ち出の小槌を45

2019.08.19 Monday 12:22
0
    このまえ、
    うちの会社に、
    エホバかなんかの、
    キリスト教の勧誘(かんゆう)の女性が来て、
    ある上司(じょうし)のかたが
    対応したんだれけど、
    その上司は、宗教が嫌(きら)いならしく、

    「人が、何を信仰しようと自由だが、
    宗教を、人に勧(すす)めるのは、
    間違(まちが)っている!

    だいたい、宗教というものは、
    昔は、必要なものだったかもしれないが、
    現代では、必要のないものだ!

    宗教は、無(な)いほうが、いいんだ!
    だいたい、お賽銭(おさいせん)を投げて、
    手を合わせて、幸せになるなんて、
    ばかげているし、
    宗教なんて、人間を、たぶらかす、
    害毒(がいどく)にしかならない!」

    と、言っていた。


    確(たし)かに・・、
    世間一般に考えられているものが、
    宗教だったら、
    うちの上司が言うことは、
    正しいと思う。

    確かに、日本人的な宗教の考え方では、
    宗教は、ほんとうに、ばかげていると思う。

    ともかく、みんなが、やっているから、
    なんとなく、余興(よきょう)でやっている。

    手を合わせているものが、
    ほんとうは、何であるのか、
    調(しら)べもしないで、
    なんとなく、手を合わせている。

    観光宗教、あるいは葬式(そうしき)宗教というのものは、
    観光や金儲(もう)けに都合(つごう)がいいように、
    かってに、適当に作り出された、

    『でたらめの産物(さんぶつ)』

    と言えるので、
    拝(おが)んでいるものの内実(ないじつ)は、
    はっきり言って、
    『げてもの』だと思って間違いないです。


    そんなものに、手を合わせている。


    ところが、
    手を合わせるということは、
    人間の生命的には、
    あなたに(拝[おが]んでいる対象[たいしょう]に)、
    命を、ささげますよ!という意味と、
    科学的な効果(こうか)とが、ある。

    だから、祈っている対象が、
    ゲテモノや化け物(ばけもの)だったら、
    化け物や、ゲテモノに、
    命を、ささげることになって、
    自分の生命が、ゲテモノや化け物に、
    影響(えいきょう)されるので、
    自分の人生に、悪影響を、およぼしたり、
    不幸を、もたらすことはあっても、
    100%、幸せになることはありえない!


    それが、観光宗教や葬式仏教、
    神社信仰だと、言えます。


    だから、うちの上司が言っていることも、
    まんざら、間違ってはいない。


    ただし、そう言えるのも、
    世間一般の日本人レベルでのことです。


    もっと、レベルを上げた考え方をすると、
    うちの上司の言ったことは、
    間違っている。

    ちょうど、幼稚園児(ようちえんじ)には
    正しいと言えることも、
    大学生からみれば間違っているようなものです。

    幼稚園と大学生の例(たと)えは、
    おおげさのように聞こえるかもしれないけれど、
    はっきり言わせていただくと、
    日本人の宗教に対する考え方は、

    「幼稚園なみ」

    と、言わざるをえません。


    宗教には、正邪(せいじゃ)があることを知らない。
    そして、その宗教に対する
    無知(むち)、無認識(むにんしき)が、
    多くの不幸を、もたらしているのも、
    事実(じじつ)です。


    話しは、もどりますが、
    確かに、うちの上司が言うように、
    世間一般で考えているようなものが、
    宗教だったら、
    はっきり言えば、
    そんなものは、やらないほうがいいし、
    かえって、やったら、
    害(がい)になります。

    ただ、そのレベルで考えている人は、
    それより、はるか上のレベルにある、
    現実生活と哲学(てつがく)と、科学と信仰に、
    一点の矛盾(むじゅん)も起こらない、
    一点の無駄(むだ)もない、

    『仏法(ぶっぽう)の哲学』

    が、あることを知らない。

    また、知ろうともしないし、
    信じようともしない。


    よく、創価学会(そうかがっかい)のことを、
    調べもしないで、また、実践(じっせん)してもいないのに、
    偉(えら)そうにバカにしたことを
    話す人がいますが、
    一見、偉そうに見えますが、
    仏法の哲学を知っている人から見ると、
    はっきり言って、
    ほんとうに、間抜(まぬ)けに見えます。

    浅(あさ)はかすぎて、かわいそうになるくらいです。


    それほど、本当の仏法(ぶっぽう)の哲学は、
    スゴイということです。


    創価学会では、そのスゴイ!仏法の哲学を、
    なんの教養(きょうよう)もないような、
    おばあちゃんが、
    しっかりと、自分の生命と心に、
    身につけている!

    それは、どんな人であっても同じで、
    この南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
    の仏法の信仰(しんこう)を、
    しっかり、やっていくと、
    自分の生命に、
    絶対くずれない幸せの哲学を、
    必ず、身に付(つ)けることができる!
    ということです。

    偉大な哲学、レベルが高い宗教ほど、
    人を、選ばないというけれど、
    創価学会のスゴイところは、
    そういうところに、あると思います。


    南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)の信仰は、
    人を、選ばない!


    どんな人でも、
    幸せになる、
    明確な哲学(てつがく)と確信を、
    身に付けることが、できる!


    それは、悩みや問題を解決し、
    夢や希望をかなえて、
    その人を、必ず幸せにしていく。


    すごいことだと、思う。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

    日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
    御書(ごしょ)の中で、
    (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
    論文や手紙を、すべて集めたものです)


    『一念三千(いちねんさんぜん)を、
    識(し)らざる者には、
    仏(ほとけ)・大慈悲(だいじひ)を起こし、 
    五字(妙法蓮華経)の内に、
    この珠(たま[一念三千の法則])を、つつみ、
    末代幼稚(まつだいようち)の頸(くび)に、
    かけさしめ給(たま)う。』

    と、言っている。


    難(むずか)しい話しはともかく、
    現代の宗教に関しては、
    赤ん坊のように、
    なんにも知らない人であっても、
    この南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰によって、

    「幸せになる哲学」と、「幸せになる確信(かくしん)」と、
    「幸せという現実の結果」を、
    必ず、つかむことが、できる!

    ということだと、思う。


    ようするに、どんな人でも、
    必ず、幸せになれる!ということです。


    日蓮大聖人は、徹底的(てっていてき)な理論の人で、

    「わたしの理論(りろん)が、
    人に破(やぶ)られることがないかぎり、
    どんな迫害(はくがい)にあったとしても、
    けっして、従(したが)うことはない!」

    と、言い切った人なので、
    大聖人の言葉は、
    徹底的な理論に裏付(うらづ)けられている。

    そして、その理論を破るような人は、
    いまだ、現れていないし、
    その逆(ぎゃく)に、
    日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
    創価学会が世界に広がるとともに、
    世界中の人たちを、幸せにして、
    その理論の正しさを、
    証明し続けている・・・・。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を44

    2019.08.06 Tuesday 12:45
    0
      先日、
      映画『君が世界を変えていく』の、
      話しをしました。

      この短編(たんぺん)映画は、
      池田先生(創価学会インターナショナル会長)のエッセイ、
      『君が世界を変えていく』を、
      映画の中で、抜粋(ばっすい)して、
      朗読(ろうどく)しているんだけれど、
      最後のところで、
      すごく、感動してしまったので、
      今日は、その部分を、
      そのまま、のせたいと思います。


      //////////////////////

      私は思う。

      人は、生まれたとき、

      トルコ人として生まれたのではない。

      アメリカ人として生まれたのではない。

      パレスチナ人として生まれたのでも、

      ユダヤ人として生まれたのでもない。

      それらの名は、小さな「符丁(ふちょう)」にすぎない。
      (符丁とは、商人が、商品につけて値段を示す印や符号)


      生まれたときは、だれもが、

      ひとつの「いのち」として生まれた。

      ひとりの「人間」として生まれた。

      お母さんは、「日本人を産(う)もう」とか

      「アラブ人を産もう」と思って、

      産んだのではなかった。

      ただ、「すこやかな、いのちたれ」

      と願っただけのはずだ。


      青きボスポラス海峡(かいきょう)の上を、

      高く遠く飛んでいる雲は、風は、

      地上の人類を見下(みお)ろしながら、

      こんな、ささやきを、かわしているかもしれない。


      ――― 気づいてください。

      この高い空から見れば、

      世界は、ひとつ。

      だれもが「地球の民(たみ)」。

      「アメリカ人」なんて、いないことを。

      「イラク人」なんて、いないことを。

      いるのは、たまたまアメリカに住んでいる、

      ボブという少年の「いのち」。

      たまたまイラクに住んでいるムハンマという

      少年の「いのち」。


      同じ「地球の子」


      それが、国の名前で分けられて、

      憎(にく)み合えと教えられる!


      気づいてください。


      その愚(おろ)かさを。その傲慢(ごうまん)を。

      この憎しみを次の世代(せだい)に引き継(つ)ぐことの、

      「むごさ」を ――― と。


      今、必要な「地球人意識(いしき)」。

      それは、遠いどこかにあるのではない。

      コンピューターの画面の中にあるのでもない。

      人間として人間のために

      『胸(むね)を痛(いた)める心』の中にあるのだと。


      「あなたが苦しんでいるかぎり、私も苦しむ。
       
       あなたが、だれであろうと!

       あなたの悩みが何であろうと!」


      と。


      //////////////////////

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      こころに、打ち出の小槌を43

      2019.07.23 Tuesday 12:36
      0
        ●映画・『君が世界を変えていく』を、見て●


        このまえDVDで、
        映画「君が世界を変えていく」を、
        見ました。


        おそらく、
        創価学会(そうかがっかい)の人でなかったら、
        まず、見ることはないDVDだと
        思うんですが、
        アメリカコロンバス国際映画祭(さい)という
        映画祭で、
        「ドキュメンタリー社会問題部門(ぶもん)」と
        「脚本(きゃくほん)部門」で、
        2部門のグランプリに、
        輝(かがや)いたそうです。


        池田先生(創価学会インターナショナル会長)の、
        エッセーをもとに作られていて、
        メインの話しとしては、
        アーノルド・トインビーというイギリスの、
        歴史学者の逸話(いつわ)が、
        展開(てんかい)されています。

        アーノルド・トインビーと言っても、
        知らない人も、多いと思いますが、
        世界では、アインシュタインや、シュヴァイツァーに、
        匹敵(ひってき)するような人物だと、
        評価(ひょうか)されているようです。

        そのトインビー博士が、
        当時(とうじ)、あった、
        ギリシャ・トルコ戦争の取材(しゅざい)のため、
        トルコに行く。

        当時、1915年に、オスマントルコによる、
        アルメニア人虐殺(ぎゃくさつ)が行われ、
        西欧(せいおう)では、
        トルコ人は、人間ではないように考えられ、
        また、宣伝(せんでん)されていた。

        その中で、トインビー博士は、
        当然(とうぜん)、ギリシャ側の話しも聞くと同時に、
        トルコ人難民(なんみん)の現場にも行き、
        トルコ人たちの話しも、
        じかに、聞いていく!

        そして、戦争における真実(しんじつ)を、
        なんの差別(さべつ)もなく、記録し、
        それを、そのまま、
        イギリスの新聞に、載(の)せた。

        そのため、イギリス人のくせに、

        「なんで、トルコ側(がわ)に立つんだ!」

        と、イギリス中から、
        反感(はんかん)と怒(いか)りを買い、
        当時、ロンドン大学の教授であった
        トインビーは、
        大学を、辞(や)めさせられる!


        しかし、トルコでも、
        大きな反響(はんきょう)を呼んだ!


        「なんだって!イギリス人が、
        トルコの、おれたちの言い分(ぶん)を、
        初めて、新聞に公表(こうひょう)してくれた!」


        その驚(おどろ)きと、喜びは、
        大きかったようだ。


        このトルコでの経験が、きっかけとなって、
        トインビー博士は、
        大著(たいちょ)『歴史の研究』を、
        完成させていく。


        一方の意見だけを聞いていたら、
        真実は、見えてこない。
        現場(げんば)に行き、もう一方の意見も、
        じかに聞き、対話(たいわ)していく。


        その中に、真実が見えてくる。


        なぜかと言えば、
        そこにいるのは、
        同じ人間だからだと思う。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


        真実を語ることは、勇気がいると思う。


        けれど、
        偉大(いだい)な人間は、
        迫害(はくがい)に屈(くっ)しない。

        その誠実な、おおらかな心を持って、
        悠々(ゆうゆう)として、堂々と、
        真実を、語りぬいてゆく!

        そのトインビー博士が、
        自分から、


        『会いたい!対談(たいだん)したい!』


        と、願ったのが、
        池田先生(創価学会インターナショナル会長)
        だと、いう。

        そして、トインビー博士と、池田先生との、
        対談集『二十一世紀の対話』は、
        現在では、20ヶ国語以上に、翻訳(ほんやく)され、
        世界的名著(めいちょ)として、
        世界の平和を願う人々に、
        読まれ、愛され続けている。


        そのトインビー博士が、
        池田先生との対談を、終えようとした時、
        池田先生に、言ったそうです。

        トインビー博士は、一流の大学などから、
        博士号(はくしごう)を、いただいているんですが、
        池田先生に向(む)かって、


        「あなたは、私より、はるかに多くの、
        博士号や名誉称号(めいよしょうごう)を、
        もらうことになるでしょう。」


        と。


        そして、池田先生は、
        現在、世界の大学から、
        300を超(こ)える名誉称号(名誉博士、名誉教授など)を、
        いただき、
        トインビー博士の予言(よげん)どおりと、
        なっている・・・・・・。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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        こころに、打ち出の小槌を42

        2019.07.16 Tuesday 13:00
        0
          昔、子供のころ、
          学校に、
          すごく魅力(みりょく)がある先生が、
          いた。

          なぜだか、
          その先生がいるだけで、
          楽しくなった。

          子供との接(せっ)し方が、
          すごく、うまくて、
          その先生に話しかけられると、
          うきうきしてきて、
          とっても、楽しくなった。

          子供心に、不思議(ふしぎ)に思って、
          なんとなく、
          その先生を、まねて、
          その先生みたいな感じで、
          友達と接するように
          してみた記憶(きおく)がある。

          そうしたら、なんだか、
          調子(ちょうし)が良くなってきて、
          楽しくなった記憶があります。

          もっとも、子供だから、
          長続きは、しませんでしたが・・。


          今、考えてみると、
          その先生は、
          自分に対(たい)しても、人に対しても、
          心の、持(も)っていきかたが、
          すごく、
          じょうずだったんだと思う。

          その心の持っていきかたを、
          まねしたから、
          子供ながら、
          自分も、
          自分の中から、良(よ)い心を
          引き出すことができて、
          調子よく、楽しくなったんだと思う。


          何を言いたいかというと、
          人が、尊敬(そんけい)するような人物の、
          素晴らしい心と、表現が、
          他の人には、無(な)いということは、
          決して、無い!ということです。

          人が尊敬するような、
          素晴(すば)らしい人が出す、
          素晴らしい心と、パフォーマンスは、
          すべての人間の中に、ある!
          と、いうことです。

          違(ちが)うのは、一方(いっぽう)は、
          自分の中にある素晴らしい心を、
          自然(しぜん)に出しているんだけれど、
          もう一方は、その自分の中にある
          素晴らしい心を、
          出せない、出そうとしていない!
          ということだと思う。


          自分の中にある、
          素晴らしい心を出すスイッチを、
          幸せな人は、
          いつも、押(お)している。


          けれど、不幸な人は、
          素晴らしい心を出すスイッチが、
          あるにも、かかわらず、
          そのスイッチを押していないし、
          決して、押そうとはしない。


          その違いだと思う。


          すべての人間の中に、
          すべての心を引(ひ)き出す
          スイッチは、備(そな)わっている。


          問題は、人生において、
          どのスイッチを押すかということだ。


          その押したスイッチの違いによって、
          人生は、
          大きく変わっていく!


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

          心のスイッチの、
          ほとんどのスイッチは、
          自分の努力次第(どりょくしだい)で、
          押すことができる場合もあると思う。


          けれど、
          ひとつだけ・・・!


          自分の努力だけでは、
          どうしても押せないスイッチがある。


          それが、

          『仏界(ぶっかい)の心』

          のスイッチだ。


          仏界の心とは、
          仏(ほとけ)のように、
          強くて、あったかくて、やさしくて、
          幸せに、あふれていて、
          心が満(み)たされ、
          それでいて、
          何者にも負(ま)けない、
          最強にして最高の心の領域(りょういき)です!

          具体的に言えば、
          自分に降(ふ)りかかってくる、
          さまざまな運命の嵐(あらし)、
          その、どうしても避(さ)けがたい、
          困難(こんなん)の嵐、
          普通だったら、どうしても
          乗り越えることが、できないような、
          宿命(しゅくめい)の嵐、

          そのどんな困難な運命(うんめい)の嵐さへ、
          乗り越(こ)え、
          打ち勝つことができる、
          最高にして最強の心が、
          仏界(ぶっかい)の心です。

          この『仏界の心』だけは、
          現実世界の中で、
          どんな努力をしても、
          それだけでは、自分の中から、
          引き出すことは、できない!

          なぜかといえば、
          その仏界の心を引き出すための、
          スイッチが、わからないから、
          引き出しようがない!
          と、いうことです。


          逆(ぎゃく)に言えば、
          そのスイッチが、わかれば、
          その仏界の心を、
          引き出すことができる!


          その仏界の心を引き出す、
          スイッチが、

          『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
          となえる!』

          と、いうことです。


          残念(ざんねん)ながら、
          南無妙法蓮華経を、となえる以外、
          この仏界(ぶっかい)の心を引き出すことは、
          できません!


          日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)は、
          その仏界のスイッチを、
          すべての人間が
          押すことができるように、
          南無妙法蓮華経を、残(のこ)されたんだと思う。


          そして、仏界のスイッチを押す、
          南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を、
          一点の曇(くも)りもなく、
          まっすぐに実践しているのが、
          創価学会(そうかがっかい)なんだと思う。


          それは、
          悩みの解決や夢の実現など、
          南無妙法蓮華経を、となえることによって、
          世界中の創価学会の人たちに起こった、
          あまりにも沢山(たくさん)の
          幸せのドラマが、
          明確(めいかく)に、ありありと、
          物語っている・・・・・・!


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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          category:こころ | by:kokouchi | - | -

          こころに、打ち出の小槌を41

          2019.06.17 Monday 13:28
          0
            この前、
            ちょっと用事があって、
            創価学会員(そうかがっかいいん)の
            80才くらいのおじいさんに、
            会いに行きました。

            そのおじいさんに会うと、
            いろんな話しを、してくれるんですが、
            お孫(まご)さんの話しを、
            よく、してくれます。


            おじいさんには、
            お孫(まご)さんが、
            たくさん、いて、
            みんな、すごく、優秀で、
            おじいさんの自慢(じまん)です。

            その、お孫さんの一人は、
            女の子なんだけれど、
            やはり、すごく優秀(ゆうしゅう)で、
            大学で科学者めざして、
            がんばっているそうです。

            その女の子は、
            創価学会の信心と活動も、
            熱心(ねっしん)で、
            教授に、堂々と聖教(せいきょう)新聞を見せたり、
            この前は、大学のキャンパス内で、
            池田先生(創価学会インターナショナル会長)
            の写真展をやって、
            その責任者として
            活躍(かつやく)したそうです。

            彼女は、雄弁(ゆうべん)で、
            しかも人間的に、
            すごく魅力(みりょく)があるそうで、
            どうしても、うちの子供の家庭教師になってくれ!
            とか、よく言われて、
            家庭教師も、たいへんだそうです。

            大学の友達からも人気があって、
            友達が、学校の売店で、
            ぜひとも、アルバイトに来てほしいとか言って、
            きかないそうです。


            そういう、優秀な孫たちが、
            たくさん、いて、
            おじいさんの、
            生きがいになっています。


            それで、思ったけど、
            この創価学会が実践(じっせん)している、
            南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の
            仏法(ぶっぽう)は、
            自分を幸せにするだけでなく、
            自分の子供、
            孫までも、
            幸せにしていく!

            幸せが自分だけで途切(とぎ)れず、
            家族や子孫までも、
            伝(つた)わっていくということです。


            ほんとうの幸せというものは、
            そういうものだと思う。


            南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
            創価学会の活動によって、
            自分の生命に、
            『福運(ふくうん)』が、
            きざまれていく。

            福運とは、生命に、たくわえられた、
            幸せの元(もと)みたいなもので、
            これが、たくさん、あると幸せになります。

            その「幸せの元」である福運が、
            自分だけでなく、周(まわ)りの人たち、
            子供、孫、
            そして、子孫代々(しそんだいだい)までも
            広がっていき、
            みんなを幸せにしていく。


            それが、仏法の力(ちから)であり、
            南無妙法蓮華経を
            となえぬいた福運のスゴサであり、
            南無妙法蓮華経が、
            その、人間を生命の底(そこ)から幸せにする、
            スゴイ!エネルギーだと思う。


            よく、
            この創価学会の仏法の信仰(しんこう)をやりきると、

            『絶対的(ぜったいてき)な幸せ』、
            『永遠(えいえん)の幸せ』を、つかめる!

            というけれど、
            それは、ほんとうなんだと思う。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

            日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
            御書(ごしょ)に、

            (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
            論文や手紙を、すべて集めたものです。)


            『かれ草が広がる草原(そうげん)に、
            たった一点の火を、つけただけで、
            その火は、どんどんと広がり、
            やがて、草原いっぱいに、
            広がっていく!

            それと、同じように、
            自分の信心(しんじん)で
            つちかった福運も、
            子供へ、子孫(しそん)へ、
            そして、全世界へと、ひろがっていく。』


            という話しが、書いてあった。



            「創価学会員が、なぜ、幸せか?」


            というと、

            自分が、
            南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)の信仰と
            創価学会の活動によって、
            つちかってきた福運は、
            消えない!!!


            美人の奥さんがいようが、いまいが、
            病気だろうが、健康だろうが、
            財産(ざいさん)があろうが、なかろうが、
            そんなことは関係なく、
            自分が刻(きざ)んだ福運の火は、
            当然(とうぜん)のごとく、
            野原いっぱいに広がり、
            そして、
            全世界、全宇宙に、
            広がっていく!

            自分の灯(とも)した福運の火は、
            自分が、死んでも、

            自分が、


            『今まで、生きてきた!』


            という証(あかし)として、
            永遠に広がり続ける!

            まるで、自分の存在の価値(かち)を、
            全宇宙が賞賛し、
            祝福(しゅくふく)しているかのように!

            そして、それは、
            そのまま、自分の子供、子孫、世界に、
            伝(つた)わっていく。

            自分の生きてきた世界に、
            自分の生きてきた宇宙に、
            自分が生きた証(あかし)として、
            自分が、刻(きざ)んだ福運が、
            永遠に残り、広がり続ける。

            そのことが、そのまま、
            「自分の幸せ」となって開花(かいか)していき、
            また、そのことを、
            自分の生命(せいめい)で、
            感じることが、できる!!


            自分が、生きてきたという価値を、
            全宇宙が、すべての生命が、
            最高最大に認(みと)めてくれ、
            絶賛(ぜっさん)してくれ、
            心から、尊敬(そんけい)してくれる!


            そのことを、
            心から感じることのできる生き方が、
            創価学会の生き方であり、
            南無妙法蓮華経を、となえて生きる、
            生き方だと思う。



            おそらく、こんな幸せなことは、
            他には、絶対に無いと思う!



            それが、できるのが、
            南無妙法蓮華経の仏法であり、
            創価学会の活動なんだと思うと、
            こころから、
            感謝(かんしゃ)を、おぼえる・・・・。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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            category:幸せ | by:kokouchi | - | -

            こころに、打ち出の小槌を40

            2019.05.18 Saturday 05:55
            0
              希望は、光る

              わが胸(むね)の中に!

              無限(むげん)の希望を

              生み出して

              力強く進みゆけ!



              これは、池田先生が、
              「わが友に贈(おく)る」として、
              聖教(せいきょう)新聞の一面に、
              毎日、掲載(けいさい)していてくれる
              4、5行のメッセージです。


              大変、気に入ったらしく、
              ノートに残(のこ)してありました!


              ぼくは、正直(しょうじき)、
              聖教新聞を、
              すみから、すみまで読むわけでは
              ありませんが、
              毎日、聖教新聞を手にした時に、
              この「わが友に贈る」だけは、
              必ず、読みます。

              だって、読むのに、
              10秒も、かからないし、
              たったの、それだけのことなんだけれど、
              毎日、すごく、
              励(はげ)みになります。


              それを考えると、つくづく、
              池田先生(創価学会インターナショナル会長)は、
              すごいと思う。

              池田先生は、聖教新聞に、
              長いメッセージとか、
              随筆(ずいひつ)、長編詩(ちょうへんし)とかも、
              のせてくれるけれど、
              読むのが大変で、
              なかなか、読めない場合もあると思う。


              けれど、この、たった五行の、
              「わが友に贈る」は、
              だれでも、読める!


              しかも、いつも、確信(かくしん)をついている!
              こころに残る!


              池田先生が、
              どれだけ、きめ細やかに、
              創価学会員(そうかがっかいいん)の
              ひとりひとりのことを考えているかが、
              よく、わかると思います。



              人間の心というのは不思議(ふしぎ)で、
              気持ちの、ほんの、
              わずかな違(ちが)いで、
              天国と地獄(じごく)を、
              わけてしまうようなことが、
              よく、ある!


              「なぜ、あの時、こう考えなかったんだろう!」


              「なぜ、あの時、あんなバカなことを、
               考えてしまったんだろう!」


              と、後悔(こうかい)することも、
              あるかもしれない。


              それも、それらの心の機微(きび)は、
              ほんのわずかな違いだ!


              光は、ほんのわずか角度(かくど)が違っただけで、
              長い年月の間に、
              膨大(ぼうだい)な距離の違いが、
              出てきてしまう!


              心も、同じだと思う。


              あと、もう少し、希望を持って生きていれば・・、
              あと、ほんのちょっと、気を引き締(し)めて、
              生きていれば・・、

              その一日は、素晴らしい一日になったかも、
              しれない。

              まして、それが、積(つ)み重なり、
              一生の間には、取り返しのつかない、
              大きな差(さ)が、できてしまう。


              それが、現実だと思う。


              この、池田先生が、毎日、
              聖教新聞に、のせていてくれる、
              「わが友に贈る」にしても、
              ほんの小さなことかもしれない。

              でも、
              この「わが友に贈る」を読んで、


              「よし!今日も、がんばろう」

              「今日も、気合(きあい)を入れていくぞ!」

              「気持ちを、しっかり、持たなくちゃ!」


              と、
              どけだけ、沢山(たくさん)のひとたちが、
              その、たった一言に励まされ、
              一日を、惰性(だせい)に流されず、
              勇気を持って、過ごすことが
              できたことか!


              そう考えると、
              すごいと思う。


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              池田先生が、前に、

              「信心(しんじん)とは、泡(あわ)のようなものだ!」

              と、言っていた。


              あるようでもあり、ないようでもある!

              仏法(ぶっぽう)は、心の法則(ほうそく)だから、
              自分の中に、無限の希望があるといえば、
              自分の中に、無限の希望が、生まれる。

              希望なんか無い!と言えば、
              希望は、なくなり、絶望と地獄の心で、
              真っ暗(まっくら)になっていく!


              きっかけは、いつも、
              ほんの少しのことだ!

              たった一言の励(はげ)ましかもしれない!


              そのたった一言の努力を、
              決して、怠(おこた)らない人!


              その人は、真実に、
              誠意(せいい)と真心の人であり、
              人間の王者であり、
              こころから、
              尊敬(そんけい)すべき人間だと思う。


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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              category:希望 | by:kokouchi | - | -

              こころに、打ち出の小槌を39

              2019.05.06 Monday 06:00
              0
                まえに、
                創価学会(そうかがっかい)の友達に誘(さそ)われて、
                「ダカーポ」という
                グループのコンサートに、
                行ったことがありました。


                ダカーポと言っても、知らないと思いますが、
                かなり昔のグループです。

                「野に咲(さ)く花のように」
                という歌が有名なようで、
                聖教(せいきょう)新聞で、
                池田先生(創価学会インターナショナル会長)の
                随筆(ずいひつ)に、
                その「野に咲く花のように」の歌の話しが出ていて、
                池田先生は、そこから、
                いろいろと話しを展開(てんかい)されていました。


                野に咲く花は、庶民(しょみん)の花、

                野に咲く花は、たくましい。

                どんな目立(めだ)たないところでも、
                また、踏(ふ)まれても、
                たくましく、美しく咲いていく。

                その花たちを、
                創価学会の女性たちのようだと、
                讃(たた)えていた。


                その随筆の中に、


                『静(しず)かなる革命』


                という言葉が、出てきた。


                すごく清らかで、芯(しん)が強くて、
                魅力(みりょく)のある言葉だと思った。


                創価学会の革命(かくめい)は、

                『静かなる革命』

                だと思う。

                けっして、目立たないし、
                大げさなことでは、ない!

                一人一人を、励(はげ)ましていく。
                一人一人に、希望を与(あた)えていく。
                おのおのが、幸せになっていくために、
                希望の、勇気の、団結を、
                ひとりひとりと、結(むす)んでいく!


                すべては、一人から始まる!


                ひとりを、幸せにすることに、
                全力を、尽(つ)くす!


                なぜならば、
                一人を、幸せにすることができたなら、
                幸せの、希望の波動(はどう)は、
                一人から2人、2人から3人と広がり、
                やがて、その幸せの波動は、
                地域へ、世界へと、
                広がっていくからだ。


                最も、地味(じみ)だけれども、
                最も価値(かち)のある、
                あたたかい、幸せの革命。

                それが、創価学会の

                『静かなる革命』

                だと、思う。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                いくら、たくさんの聴衆(ちょうしゅう)の前で、
                偉(えら)そうなことを言っても、
                ひとりの人を幸せにできないのなら、
                なんの価値もない。


                ほんとうに、一人の人を、
                幸せにすることが、できるか、どうか?


                それが、真実の信仰(しんこう)か、
                そうでないかの、
                違(ちが)いだと思う。


                南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
                の仏法(ぶっぽう)は、
                ひとりの人を、
                確実に幸せにすることのできる
                法則(ほうそく)だと思う。

                それを、創価学会のひとりひとりが、
                証明してきた。

                だから、世界192ヵ国に広がる
                素晴らしい創価学会が、
                あるんだと思う。


                現代という時代は、
                ひとりの人間を、
                無力(むりょく)だと考えがちであり、
                自分なんか!と、
                卑下(ひげ)する傾向(けいこう)があるようだ。


                けれど、ほんとうは、
                一人の人間ほど、
                偉大(いだい)なものは、ない!

                一人の人間の中に、世界を変える、
                無限(むげん)の可能性(かのうせい)が、
                秘(ひ)められている!


                その一人の人間の価値を、
                最高に高め、
                一人の人間の可能性を、
                最高に開花させているのが、
                創価学会が実践(じっせん)している、

                『南無妙法蓮華経を、となえて生きる!』

                仏法(ぶっぽう)の信仰なんだと、
                こころから思う・・・・・。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                こころに、打ち出の小槌を38

                2019.04.17 Wednesday 22:00
                0
                  以前、
                  「救命病棟(きゅうめいびょうとう)24時」
                  というドラマが好きで、
                  見ていました。

                  その中で、
                  水道菅(すいどうかん)の工事をする人が、
                  怪我(けが)で入院してくる。

                  そのドラマは、
                  東京に大地震が起こったという設定(せってい)だから、
                  その水道菅の工事をする人が、
                  そこらじゅう、水道菅が破裂(はれつ)して、
                  めちゃめちゃ、大変だった・・
                  という話しを、する。


                  それで、医者の人が、


                  「やめたいと思いませんでしたか?」


                  と、聞く。


                  その入院してきた水道菅の工事の人は、
                  やめようと思ったけど、
                  あるとき、
                  銭湯(せんとう)を無料で開放するということで、
                  銭湯の水道菅の修理(しゅうり)をしたそうです。

                  それで、修理ができて、
                  お湯が出た時、
                  子供も、大人も、
                  ほんとうに喜(よろこ)んで、
                  その姿を見て、
                  その人は思ったそうです。


                  「だれも、知らなくても、いい。
                   だれも、感謝してくれなくても、いい。
                   だれも、認(みと)めてくれなくても、いい。
                   やってやろうじゃないか!」


                  って、そう思ったと言っていました。



                  ちょっと、くさくて、
                  ドラマでなかったら、
                  とても、言えそうにない言葉ですが、
                  そういうことは、
                  だれでも、思っていることだと、
                  思う。


                  だれもが、認めてくれて、
                  感謝(かんしゃ)してくれる。

                  それが、いつも自覚(じかく)できるような仕事だったら、
                  人は、仕事を、やる気になる。

                  けれど、そんな恵(めぐ)まれた仕事をしている人は、
                  それほど、いないと思う。

                  だから、つらい。

                  あまり、気付(きづ)かれない、
                  また、見えてこない、
                  影(かげ)の仕事、

                  それが、ほとんどの仕事だと思う。


                  見えない努力、見えない真心(まごころ)、
                  それを、ひとことでも、
                  認めてくれて、感謝してくれたら、
                  その人は、どんなに、
                  喜ぶか、しれない。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                  仏法(ぶっぽう)では、

                  『冥(みょう)の照覧(しょうらん)』

                  という言葉がある。

                  人には、見えない努力、
                  人には、見えない真心、
                  人には、見えない誠意(せいい)の行動、

                  それは、今は、見えなくても、
                  やがて、大きな花を咲(さ)かせ、
                  みんなから賞賛される、
                  素晴らしい結果(けっか)として、
                  結実(けつじつ)していく!
                  というような意味です。

                  仏法は、
                  因果(いんが)の法則(ほうそく)だから、
                  うそを、つかない!

                  やったら、必ず、結果が出るのが、
                  仏法(ぶっぽう)です!

                  だから、創価学会(そうかがっかい)が実践している、
                  仏法を根本にした行動は、
                  ひとつも、無駄(むだ)がない。

                  すべてが、報(むく)われていく。

                  必ず、そうなるのが、仏法(ぶっぽう)だからです。


                  けれど、世間は、違(ちが)う。


                  どんなに努力しても、報(むく)われないで、
                  沈(しず)んでいってしまう人たちが、
                  どれだけ、たくさん、いることか!

                  かえって、努力が報われないことの方が、
                  普通のようにも、思える!


                  それでは、あまりにも、かわいそうだ。


                  そうならないために、
                  創価学会の人たちは、
                  南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                  となえる!


                  南無妙法蓮華経は、
                  努力が、必ず、
                  むくわれる法則(ほうそく)だからです。


                  南無妙法蓮華経の、蓮華(れんげ)は、
                  ハスの花を意味しているようで、
                  ハスの花は、泥(どろ)の中からでも、
                  花を、咲かせる!

                  すなわち、どんな苛酷(かこく)な運命にあろうとも、
                  どんなに暗(くら)い泥のような人生のなかにあっても、
                  必ず、素晴らしい幸せの花を
                  咲かせることができることを意味しています。

                  また、ハスの花は、
                  花と実(み)を、同時につけることから、
                  原因(げんいん)と結果が、
                  同時に現(あらわ)れるという、
                  意味も、あるようです。

                  それは、「努力」という「原因」によって、
                  かならず、『結果』がついてくる!
                  幸せになるために努力したということは、
                  同時に、『幸せの結果』が含(ふく)まれているので、
                  必ず、幸せになっていけることを、
                  意味しています。


                  その法則が、南無妙法蓮華経です。


                  南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)とは、
                  宇宙の、幸せの、勝利の、リズムです。

                  そのリズムを、自分で、となえて、
                  自分の生命に、きざむことによって、
                  自分の中に、勝利の、幸せのリズムが、
                  復活(ふっかつ)する。


                  自分の中から、勝利の、幸せのリズムが、
                  湧(わ)き上がってくる!!


                  そうなることによって、
                  花と実が同時にあらわれるように、
                  努力という原因によって、
                  勝利、幸せという結果が、
                  必ず、現れてくるようになる!


                  これが、
                  南無妙法蓮華経をとなえると、
                  いうことだと思う・・・・。


                  だから、
                  南無妙法蓮華経を、となえていると、
                  現実の生活のなかで、
                  必ず、幸せという結果の花が、咲いていく!

                  それが、『南無妙法蓮華経』という、
                  必ず、勝利を生むリズムだからです。


                  そう考えると、
                  南無妙法蓮華経を、となえるということほど、
                  幸せなことは、
                  決して、ない・・・・・・。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                  こころに、打ち出の小槌を37

                  2019.03.26 Tuesday 21:40
                  0
                    勝(か)つことは、楽しい。

                    勝つことは、幸せだ。


                    逆(ぎゃく)に、負けることは辛(つら)い。

                    負けることは、悲しい・・。


                    だから、人生という戦場の中で、
                    勝つことは、重要視(じゅうようし)される。


                    以前(いぜん)、学習しましたが、
                    『勝つ!』ためには、
                    三つの条件が、あるそうです。

                    その三つとは、

                    『責任感(せきにんかん)』
                    『忍耐力(にんたいりょく)』
                    『包容力(ほうようりょく)』

                    です。


                    『責任感』
                    必ず、勝ってみせる!
                    必ず、みんなを、幸せにしてみせる!
                    必ず、幸せになるんだ!
                    という、強い一念(いちねん/こころ)

                    『忍耐力』
                    結局(けっきょく)、勝つ人は、
                    勝つまで、努力し、忍耐(にんたい)した人だ。
                    いちばん、忍耐力がある人が、勝利する。

                    『包容力(ほうようりょく)』
                    かたくなな、小さな心ではなく、
                    さまざまな、かたちを認(みと)めることができる、
                    大きな、あったかい心。


                    この三つが、勝利の条件(じょうけん)だそうです。


                    それで、思い出したけれど、
                    最近は、芸能界でも、
                    創価学会(そうかがっかい)の人が、
                    目立(めだ)つようになってきた。

                    いつだったか、
                    テレビの画面に並(なら)んでいるのが、
                    ほとんど、創価学会員だったことも、
                    あった。

                    芸能界での創価学会員の活躍(かつやく)は、
                    同じ学会員として、
                    うれしいものがある。

                    芸能界は、目立つので、
                    良い刺激(しげき)にもなり、
                    この創価学会の信心(しんじん)が、
                    正しいことの証明にもなる。


                    やはり、そこには、
                    『勝つ』ための、何かがある!!!


                    ということだと思う。



                    創価学会は、世界192ヶ国に広がっているので、
                    世界のさまざまな分野(ぶんや)で、
                    創価学会員は活躍している。

                    営業の分野でも、
                    いつもトップの方が、
                    創価学会員であることも、多々(たた)ある。

                    世界に目を向(む)ければ、
                    こんなスゴイ人が、
                    創価学会員だったのかと思うことも、
                    多々、ある。

                    どの分野でも、
                    創価学会員の活躍は、
                    めざましいと思う・・・。


                    けれど、冷静(れいせい)に考えてみれば、
                    それも、当然だと言えるかもしれない。


                    なぜかといえば、
                    創価学会の人は、
                    勝利する方法を知っているし、
                    しかも、それを、
                    実践(じっせん)しているからです。

                    だから、芸能界にしろ、
                    どんな分野にしろ、
                    勝利できて、当然(とうぜん)かもしれない!


                    では、創価学会の人が、
                    どうして、成功できるのか・・?
                    考えてみたいと思います。


                    (1)「あきらめない」

                    最近の若い人は、忍耐力が少(すく)なくて、
                    簡単(かんたん)に、あきらめる人が多いようだ。

                    けれど、創価学会の人は、あきらめない。

                    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                    となえていると、
                    自分の中から強い強い生命力(せいめいりょく)、
                    勇気や希望が、わきあがってくるので、

                    『絶対、勝利するんだ!』

                    という、
                    強い一念(いちねん/こころ)を、
                    自分の中から、
                    無限(むげん)に、引き出していくことが
                    できるからです。

                    また、苦境(くきょう)の時でも、
                    創価学会の人が、

                    『絶対、あきらめるな!』

                    と、励(はげ)ましてくれる。

                    その創価学会の人たちの
                    信念と確信のこもった励(はげ)ましの力も、
                    大変、大きい!


                    (2)「輝(かがや)いてる」

                    『南無妙法蓮華経は歓喜(かんき)の中の大歓喜なり』

                    と言って、
                    南無妙法連華経を、となえるということは、
                    自分の生命力を、
                    強くし、輝かせていくことだから、
                    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                    となえていくと、
                    生命力が、ふつふつと
                    湧(わ)き上がってきて、
                    勇気や希望、
                    幸せに向かうプラスのエネルギーが、
                    自分の中から、あふれ出てくる。

                    自分の生命が歓喜し、
                    生きることが楽しくなってきて、
                    すべてを前向きに力強く、
                    希望をもって生きることができる。


                    それは、当然、自分自身を輝かせていく!


                    そして、自分の生命が輝いていれば、
                    当然、人より、引(ひ)き立って見えるし、
                    魅力的(みりょくてき)に、見える。


                    (3)「福運(ふくうん)が、ある」

                    芸能界にしろ、
                    どんな分野でも、
                    『運(うん)、不運』によって、
                    大きく左右される。

                    南無妙法連華経を、となえることと、
                    創価学会の活動は、
                    その運(福運)をつける、
                    『唯一(ゆいいつ)の方法』と言っていい。


                    この『福運(ふくうん)』だけは、
                    他の何をやっても、つけようがない。


                    幸せを生む運(うん)。
                    幸せを引っ張(ぱ)ってくる強力なエネルギー。
                    それを、もたらすのが、
                    『福運』だけれど、
                    この福運がないと、どんなに努力をしても、
                    報(むく)われることはない。

                    福運がないと、
                    どんなに才能(さいのう)や能力があっても、
                    なぜだか、落(お)ちぶれていく。
                    すなわち、不幸になっていく。


                    実(じつ)は、福運がなくなることほど、
                    みじめなことは、ない・・。


                    逆に福運があると、自分が努力したことが、
                    すべて報(むく)われ、
                    どんどん幸せになっていける。

                    それが福運だと思うけれど、
                    普通はそれは、つけようがない・・。

                    だから、困(こま)る。
                    努力が報われないで、
                    途方(とほう)にくれる場合もある。


                    けれど、福運をつける決定的な方法がある!


                    それが、
                    『南無妙法連華経を、となえる』ことと、
                    『創価学会の活動』です。


                    これ以外に福運をつける方法は、ありません。


                    それゆえに、その二つを
                    実践している創価学会員は、
                    「ラッキー」に、めぐまれて、
                    当然と、言えるでしょう。


                    (4)「個性(こせい)を、発揮(はっき)している」

                    仏法(ぶっぽう)というのは、
                    『桜梅桃李(おうばいとうり)』といって、
                    桜は桜らしく、梅は梅らしく、
                    桃(もも)は桃らしく、
                    すもも(李)は、すもも(李)らしく、
                    それぞれが、その人らしい、
                    最高の個性を発揮していく
                    法則(ほうそく)なので、
                    南無妙法連華経を、となえ、
                    創価学会の活動をしていると、
                    自分の個性を、最大限に発揮することが
                    できるようになってくる。

                    すなわち、自分が自分らしく
                    幸せになっていける生き方、
                    自分が最高に輝く、
                    自分らしい味(あじ)のある生き方が、
                    自然に、できるようになっていく。

                    それは、当然、
                    自分を最高に輝かせ、
                    自分の個性と味を、
                    最高に発揮する結果と、
                    なっていきます。


                    以上、四つのことから考えていくと、
                    たとえば、
                    芸能界という、きわだった世界だったとしても、
                    南無妙法連華経を、となえ、
                    創価学会の活動をしているということは、
                    大きな武器(ぶき)となると、
                    考えていいと、思う・・・。


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                    勝利の条件である、
                    『責任感』
                    『忍耐力』
                    『包容力』

                    口で、言うのは簡単だけれど、
                    実際に、これを実践しろと言われても、
                    どうしていいか、わからないし、
                    なかなか、難(むずか)しいのが、
                    現実だと、思う。


                    けれど、この勝利の三つの条件を、
                    自然(しぜん)のうちに、身に付け、
                    実践していけるのが、
                    創価学会の実践している
                    『仏法(ぶっぽう)』だと思う。


                    南無妙法連華経を、となえる!ということと、
                    創価学会の活動によって、
                    知らず知らず、
                    自然のうちに、勝利の三つの条件が、
                    そなわっていく!

                    と、いうことです。


                    不思議(ふしぎ)としか言えないけれど、
                    南無妙法連華経には、
                    『勝利』の、すべての要素(ようそ)が、
                    含(ふく)まれている・・・・・・・!


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                    JUGEMテーマ:日記・一般



                    category:勝利 | by:kokouchi | - | -

                    こころに、打ち出の小槌を36

                    2019.02.26 Tuesday 15:40
                    0
                      この前、
                      創価学会(そうかがっかい)の小さな会合があって、
                      終わった後、
                      少し、雑談(ざつだん)をしました。

                      その時、
                      一人の婦人が、話してくれたんだけど、
                      その婦人が言うには、
                      創価学会員でない人たちと
                      いろいろ付(つ)き合っていると、
                      創価学会員でない人たちは、
                      表面的(ひょうめんてき)には幸せに
                      見えるそうなんです。

                      けれど、
                      深く付き合っていると、
                      内実(ないじつ)は、
                      どろどろの悩みを抱(かか)えていたり、
                      どろとろの苦しみを、抱えてたりすることが、
                      多いそうです・・。


                      一般的(いっぱんてき)に考えると、
                      創価学会員でない人の生き方というのは、
                      根本となる哲学(てつがく)、
                      生命に対する、確固たる信念(しんねん)がないので、
                      どうしても表面的な幸せを追(お)い求め、
                      結局、それは、


                      『幸せ芝居(しばい)』


                      になってしまうと思う。


                      ところが、
                      創価学会員は、違(ちが)う!


                      別に、創価学会の人が、
                      悩みや、苦しみを、
                      抱(かか)えていないということではないけれど、
                      創価学会の人は、
                      本当の幸せを、つかもうとしている!

                      自分の生命で感じる、
                      本当の充実(じゅうじつ)、
                      本当の生きがい!

                      生きている歓喜(かんき)!

                      その生命の最も根本的なところから、
                      あふれ出る幸せを、つかむために、
                      日々、希望を持って努力している!

                      そして、現在進行形で、
                      その真実の幸せを、
                      つかんでいる!

                      と、言っていいと思う。


                      もちろん、おのおの、
                      自分の現実的な目標や夢、
                      社会的な希望を、かなえようと、
                      努力しているのは当然(とうぜん)として、
                      それと同時に、
                      もっとも深(ふか)いところの、


                      『生きていること自体(じたい)が、幸せだ!』


                      といえるような、
                      生命そのものの幸せを、つかみ、
                      また、もっともっと、
                      つかもうとしている!


                      逆に、確固(かっこ)たる哲学がない生き方、
                      難(むずか)しい話しをすれば、

                      『生きるとは、何なのか?』

                      という、
                      最も根本的(こんぽんてき)な問題に、
                      明確な答えを持たない生き方、
                      生命そのものに、
                      本当の幸せと歓喜を与(あた)えてくれる
                      哲学がない生き方は、
                      結局(けっきょく)、


                      『幸せ芝居(しばい)』


                      になってしまい、
                      ほんとうの幸せは、つかめないと、
                      言えるのではないだろうか?


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


                      南無妙法連華経(なんみょうほうれんげきょう)を
                      となえるということは、
                      本当に、スゴイことだと思う。


                      別(べつ)に、
                      「生きるとは、何ぞや?」とか、
                      哲学(てつがく)が、どうのこうのとか、
                      幸せとは何ぞやとか、
                      そなんこと、
                      何にも考えなくても、
                      ご本尊(ほんぞん)に
                      南無妙法連華経を、となえる
                      という行動によって、
                      生命の真実の哲学と、
                      生きていくことの価値(かち)、
                      真実の幸せとは何かということを、
                      自分の身体と心で、
                      自然のうちに、無意識(むいしき)に
                      理解し、自分の生命で、
                      こころから感じることが、できるからです!


                      それは、『幸せ芝居』ではない。


                      大宇宙を抱(だ)きしめていくような幸せであり、
                      生命が生まれるような、
                      湧(わ)き上がっていくような喜びです。

                      それは、真実の道を歩んでいる
                      証拠(しょうこ)であり、
                      自分の生命が、
                      蘇生(そせい)している現(あらわ)れです。


                      その生き方は、
                      やがて、
                      自分のさまざまな悩みも解決していく結果となり、
                      境涯(きょうがい)が高まることによって、
                      さまざまな夢や希望も、
                      かなえていけるようになっていく。


                      こんな幸せなことは、
                      きっと、ないと思う!


                      そう考えると、
                      この南無妙法連華経の仏法(ぶっぽう)を残された
                      日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)と、
                      その仏法を継承(けいしょう)している
                      創価学会は、
                      ほんとうにスゴイと思うし、
                      こころから尊敬し、
                      感謝していきたいと思う・・・・。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                      JUGEMテーマ:日記・一般



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