こころに、打ち出の小槌を5

2018.01.31 Wednesday 13:02
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    前に、
    創価学会(そうかがっかい)の会合で、 
    幹部の人が、 
    『祈(いの)れば、かなう!』
    ということについて、 
    話してくれたことが、あります。 

    『祈れば、かなう!』
    というと、 
    そんなバカなこと、あるか!!って、思うけど、 
    これは、
    「あたりまえのこと」なんだそうです。

    祈るということは、 
    自分が、願いを、かなえたいと思っていることに、 
    一念(いちねん/こころ)が、
    定(さだ)まるということです。 

    ようするに、祈ると、 
    一念(いちねん/こころ)が、変わっていく。
    一念が、願いを、かなえたいことに集中するので、
    こころが、願いを、かなえるほうへ、 
    かなえるほうへ、向いていく! 
    自分の全生命が、願いをかなえる方向へ、 
    方向へと、活動を、開始する。 
    だから、結果として、 
    祈りが、かなってくる!


    これは、生命としての、 
    あたりまえの道理(どうり)だという話しでした。

    確かに、そうだ! 
    世の中には、 
    祈りを、バカにするような人間もいるけれど、 
    それは、本当は、浅(あさ)はかなんだと、思う。 


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

    池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、 
    言っていた。
     
    「祈りは、人間にしか、できない。 
    そして、祈りは、人間として、 
    もっとも、尊(とうと)い、尊極(そんごく)の行動だ!」

    ・・と。 

    科学だけでは、人間は、傲慢(ごうまん)になる。 
    逆に、単なる、神や悪魔を恐れるような、 
    なにかを、崇拝(すうはい)する祈りは、 
    人を、愚(おろ)かにしてしまう。

    また、神頼(かみだの)みのような、おすがり信仰も、
    棚(たな)ぼた的な希望、
    宝くじのような希望を持たせるだけで、
    その人を幸せにすることは、できない。

    逆に、おすがり信仰は、その人の中から、
    弱き命(いのち)、
    悪(あ)しき生命を引き出す結果となり、
    その人を不幸にしてしまう。

    そうではなく、
    人間を、より、人間らしくするための祈り! 
    人間を、もっともっと、 
    強く、偉大(いだい)にしていくための祈り! 
    そういう祈りが、必要なんだと思う。


    おそらく、人間を、強く、偉大に、 
    人間らしくしていくための『祈り』が、 
    仏法(ぶっぽう)には、あるのだろう。 

    だから、
    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
    となえると、 
    より、人間らしく、より、おおらかに、 
    その人が持つ、個性と、人間性が、開花していく。 

    だから、創価学会は、 
    人材が、全世界で活躍(かつやく)し、 
    世界192ヶ国に、 
    広がっているんだと思う・・・。 


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を3

    2018.01.24 Wednesday 13:07
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      前に、電車の中で、 
      友人と立ち話しをしていた時、 
      聞いた話しなんだけれど、 
      その友人は、頭が良くて、優秀な人なんだけど、 
      その人の知り合いに、科学者の人がいて、 
      その科学者が、 
      『どうしたら、願いが、かなうか?』
      について、 
      研究しているそうです。

      その科学者の研究によると、 
      なんか、アタマの前に、
      スクリーンみたいなものを浮(う)かべて、
      自分の願いを映像化すると、 
      願いが、かなうことが、
      わかったそうです! 

      でも、それで、その科学者が、
      悩んでしまったそうです。 

      それは、
      それで、願いが、かなうとしたら、 
      ひとりで、願いがかなうことは、ありえないので、 
      人にしろ、世界にしろ、すべてが、 
      どこかで、つながっていることになってしまう! 
      もし、それを、認(みと)めてしまったら、 
      それは、もう、科学ではなく、 
      宗教になってしまう・・!

      それで、深刻(しんこく)に悩んでいるそうです・・。 

      別に、それで、願いがかなうんだったら、 
      悩むことは、ないと思うんだけど、 
      ぼくが思うに、アタマの前に、
      スクリーンを、浮かべるなんて、
      そうとう、訓練(くんれん)しないと、 
      できそうもない。 

      願いを、かなえる前に、
      スクリーンを浮かべる段階で、
      挫折(ざせつ)してしまいそうです・・・。

      それだったら、ぼくは、創価学会員らしく、 
      『祈りとして、かなわざるなし!』
      と言われている、 
      ご本尊(ほんぞん)に、
      南無妙法連華経(なんみょうほうれんげきょう)を
      となえるほうが、ぜんぜん、いい!! 

      (※ご本尊とは、創価学会が、 
      南無妙法蓮華経をとなえ、祈る対象としている、 
      文字で表現された曼荼羅(まんだら)の本尊で、 
      仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、
      自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、
      その自分自身の生命に、
      必ず、幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
      そなわっていることを、あらわしたものが、
      ご本尊(ほんぞん)です。)

      それのほうが、てっとり早いし、 
      ご本尊に、南無妙法蓮華経を、となえるということは、 
      どんな人にでも、だれにでも、できる。 
      しかも、そこには、生命の真髄(しんずい)と、 
      核心的(かくしんてき)な法則があるので、 
      本当に、その人の願いや祈りが、
      かなっていく!! 

      ここに、創価学会が実践(じっせん)する、 
      南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)の
      スゴサがあるんですが、 
      行為(こうい)が、あまりにも単純で簡単なことなので、 
      なかなか、人は信じることが、できない! 

      偉大な法則(ほうそく)、偉大な宗教ほど、 
      人や、能力を、選ばす、 
      すべての人を、幸せにしていける!
      ということです。 


      だだし、南無妙法蓮華経が、
      単純だということでは、ないです。 
      南無妙法蓮華経が、
      あまりにも、複雑でスゴイから、 
      人は、理解できないし、
      納得(なっとく)することが、できない! 

      でも、信じて、南無妙法蓮華経をとなえれば、 
      納得し、解決もする。 
      それが、南無妙法蓮華経という
      不思議な法則だと思う。 


      ちなみに、祈りとして、かなわざるなし!
      といっても、 
      努力を、ともなわない無謀(むぼう)な願いは、
      あんまり、 かなわないようです。 
      にもかかわらず、 
      真剣に、南無妙法蓮華経をとなえていくと、 
      意思に反して、(自分の祈りとは違うのに・・) 
      幸せになっていくから、
      不思議です・・・。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

      戸田二代創価学会会長が、 
      「科学が、仏法(ぶっぽう)に追いつくには、 
      あと、200年かかる。」
      と、言っていましたが、 
      仏法の正しさが、だんだん、 
      証明されてゆく時代が来たんだと思う! 


      けれど、科学で、
      仏法が証明されるのを待(ま)っていたら、
      命が、いくつ、あっても足りないので、 
      ぼくは、仏法を信じて、 
      ご本尊に、南無妙法連華経を、 
      となえることにしようと思う!! 


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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