こころに、打ち出の小槌を43

2019.07.23 Tuesday 12:36
0
    ●映画・『君が世界を変えていく』を、見て●


    このまえDVDで、
    映画「君が世界を変えていく」を、
    見ました。


    おそらく、
    創価学会(そうかがっかい)の人でなかったら、
    まず、見ることはないDVDだと
    思うんですが、
    アメリカコロンバス国際映画祭(さい)という
    映画祭で、
    「ドキュメンタリー社会問題部門(ぶもん)」と
    「脚本(きゃくほん)部門」で、
    2部門のグランプリに、
    輝(かがや)いたそうです。


    池田先生(創価学会インターナショナル会長)の、
    エッセーをもとに作られていて、
    メインの話しとしては、
    アーノルド・トインビーというイギリスの、
    歴史学者の逸話(いつわ)が、
    展開(てんかい)されています。

    アーノルド・トインビーと言っても、
    知らない人も、多いと思いますが、
    世界では、アインシュタインや、シュヴァイツァーに、
    匹敵(ひってき)するような人物だと、
    評価(ひょうか)されているようです。

    そのトインビー博士が、
    当時(とうじ)、あった、
    ギリシャ・トルコ戦争の取材(しゅざい)のため、
    トルコに行く。

    当時、1915年に、オスマントルコによる、
    アルメニア人虐殺(ぎゃくさつ)が行われ、
    西欧(せいおう)では、
    トルコ人は、人間ではないように考えられ、
    また、宣伝(せんでん)されていた。

    その中で、トインビー博士は、
    当然(とうぜん)、ギリシャ側の話しも聞くと同時に、
    トルコ人難民(なんみん)の現場にも行き、
    トルコ人たちの話しも、
    じかに、聞いていく!

    そして、戦争における真実(しんじつ)を、
    なんの差別(さべつ)もなく、記録し、
    それを、そのまま、
    イギリスの新聞に、載(の)せた。

    そのため、イギリス人のくせに、

    「なんで、トルコ側(がわ)に立つんだ!」

    と、イギリス中から、
    反感(はんかん)と怒(いか)りを買い、
    当時、ロンドン大学の教授であった
    トインビーは、
    大学を、辞(や)めさせられる!


    しかし、トルコでも、
    大きな反響(はんきょう)を呼んだ!


    「なんだって!イギリス人が、
    トルコの、おれたちの言い分(ぶん)を、
    初めて、新聞に公表(こうひょう)してくれた!」


    その驚(おどろ)きと、喜びは、
    大きかったようだ。


    このトルコでの経験が、きっかけとなって、
    トインビー博士は、
    大著(たいちょ)『歴史の研究』を、
    完成させていく。


    一方の意見だけを聞いていたら、
    真実は、見えてこない。
    現場(げんば)に行き、もう一方の意見も、
    じかに聞き、対話(たいわ)していく。


    その中に、真実が見えてくる。


    なぜかと言えば、
    そこにいるのは、
    同じ人間だからだと思う。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


    真実を語ることは、勇気がいると思う。


    けれど、
    偉大(いだい)な人間は、
    迫害(はくがい)に屈(くっ)しない。

    その誠実な、おおらかな心を持って、
    悠々(ゆうゆう)として、堂々と、
    真実を、語りぬいてゆく!

    そのトインビー博士が、
    自分から、


    『会いたい!対談(たいだん)したい!』


    と、願ったのが、
    池田先生(創価学会インターナショナル会長)
    だと、いう。

    そして、トインビー博士と、池田先生との、
    対談集『二十一世紀の対話』は、
    現在では、20ヶ国語以上に、翻訳(ほんやく)され、
    世界的名著(めいちょ)として、
    世界の平和を願う人々に、
    読まれ、愛され続けている。


    そのトインビー博士が、
    池田先生との対談を、終えようとした時、
    池田先生に、言ったそうです。

    トインビー博士は、一流の大学などから、
    博士号(はくしごう)を、いただいているんですが、
    池田先生に向(む)かって、


    「あなたは、私より、はるかに多くの、
    博士号や名誉称号(めいよしょうごう)を、
    もらうことになるでしょう。」


    と。


    そして、池田先生は、
    現在、世界の大学から、
    300を超(こ)える名誉称号(名誉博士、名誉教授など)を、
    いただき、
    トインビー博士の予言(よげん)どおりと、
    なっている・・・・・・。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を32

    2018.12.06 Thursday 13:41
    0
      先日、
      映画、「ロング・エンゲージメント」を
      見た話しをしました。

      先日、話したような
      ラブ・ストーリーであると同時に、
      この映画は、戦争の悲惨(ひさん)さを、
      ありありと、表現している映画でもあると、
      思った。


      戦争から逃れようと、
      わざと怪我(けが)をした5人の兵士は、
      処刑(しょけい)を宣告される。

      よく考えてみると、
      どちらが、正気(しょうき)か、わからないけれど、
      その5人の中のひとりが、
      映画の主人公・マチルダの恋人、マネクです。

      そのマネクを中心に、
      処刑を宣告(せんこく)された5人が、
      なぜ?わざと怪我をし、
      戦争から逃(のが)れようとしたのか?
      5人それぞれの、
      さまざまな人生の悲哀(ひあい)と苦悩が、
      描かれていきます。

      その5人の物語から、
      マチルダは、マネクの消息(しょうそく)を、
      からまった糸を、解(と)きほぐすように、
      探していきます。

      見ていて、映画とはいえ、
      やはり、想像を絶(ぜっ)する戦争の悲惨さを、
      感じました・・・・!



      現代でも、戦争は、無くなってはいない。


      なんて、愚(おろ)かで、
      なんて悲惨なんだろうと、
      思うけれど、
      そう思っている自分も人間であるが、
      戦争を起(お)こしているのも人間です。

      宗教が、戦争に利用されていることも、ある。
      戦争を起こす宗教も、良いとは思わないが、
      宗教を、戦争に利用している権力者(けんりょくしゃ)は、
      最も、悪いと思う。


      池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

      「戦争を起こすことは、宗教の自殺行為だ!」

      と言っていた!


      ほんとうに、そうだと思う!


      「憎しみ」、「怒り」、「復讐(ふくしゅう)」

      この悲惨なる悲しみの心に、
      打ち勝つ力(ちから)が、人間には、あるのだろうか?


      答えは、『ある!』だ!


      人間には、憎しみや怒りを超(こ)えた、
      強くて、あったかくて、やさしくて、
      自分も幸せにし、人も世界も、幸せにできる、
      満(み)たされた最高に幸せな生命がある!

      その強くて、あったかくて、
      自分も世界も、幸せにできる、
      最高に充実(じゅうじつ)した生命のことを、
      仏法(ぶっぽう)では、
      『仏界(ぶっかい)』の生命という。

      仏(ほとけ)のように、現代的に言えば、
      人間の王者のように、堂々とした、
      すべてを、包(つつ)み込むような強靭(きょうじん)な、
      しかも、あったかい生命!

      それが、仏(ほとけ・仏界)の生命だと思う!


      その仏(ほとけ)の生命は、
      だれでも、なんの違(ちが)いもなく、
      すべての人間の中に、そなわっている!


      それが、人間の生命であり、
      人間である以上、必然的(ひつぜんてき)に、
      仏(ほとけ)の生命が、
      そなわっている!ということです。


      池田先生が、

      「世界のすべての人たちが、
       自分の中に、この仏の生命(仏界の生命)が
       あることが、わかったら、
       戦争は、無くなる!!」

      と、言っていた!


      たしかに、そうだと思う!


      自分に、自分も、まわりの人たちも、世界も、
      幸せにする力があるとこを
      知っていたら、
      戦争を起こす必要が、ないからです!

      なぜならば、
      その仏(ほとけ)の生命を、自分の中から、
      引き出すことによって、
      自分も、世界も、変えていくことが、
      できるからです。

      その充実感と、満たされた心からは、
      戦争を起こそうとする心は、
      起こってはこない!


      なにもできない絶望感(ぜつぼうかん)から、
      戦争は、起こってくるのだと思う。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

      南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
      となえているということは、
      世界を、変えていることに、等しい。

      なぜならば、
      南無妙法蓮華経を、となえるという行為(こうい)は、
      自分の中から、仏の生命(仏界の生命)を
      引き出す、唯一(ゆいいつ)の方法だからです。

      これ以外に、自分の中から、
      仏の生命(仏界の生命)を引き出す方法も、
      また、仏の生命を実感し、
      認(みと)め、

      「自分の中にも、素晴(すば)らしい仏の生命が、
       あるんだ!!」

      と、確信する方法も、ない!


      だから、それは、そのまま、
      自分の周(まわ)りの人たち、環境(かんきょう)、世界から、
      仏界(ぶっかい)の心、すなわち、
      平和の心、幸せの心を、引き出すことに、つながり、
      世界を、幸せの方向に
      変えていくことに、つながっていく。

      だから、ご本尊(ほんぞん)に、
      南無妙法蓮華経を、となえるという
      信仰を根本とした、
      創価学会(そうかがっかい)の活動は、
      世界最高の平和活動なんだと、思う!


      それを、客観的(きゃっかんてき)に見た、
      世界の有識者たちは、
      創価学会の活動を、絶賛(ぜっさん)し、
      最高の尊敬と期待と希望をもって、
      最大級の賞賛を、
      創価学会に、あたえている・・・・!


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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      こころに、打ち出の小槌を31

      2018.11.20 Tuesday 12:55
      0
        このまえ、
        「ロング・エンゲージメント」
        という映画を見ました。

        とても、いい映画でした。
        戦争のシーンは、
        あまりにも残酷(ざんこく)で悲惨(ひさん)でしたが、
        戦争後のシーンに戻ると、
        ウイットやユーモアも、のぞかせ、
        それでいて、
        ひたむきな純(じゅん)な魅力(みりょく)が、
        良く出ていました。


        戦争で、マチルダの恋人、マネクは、
        死んだと報告(ほうこく)されるが、
        マチルダは、それを、信じない!
        ただただ、

        「マネクは、生きている!」

        という、
        自分の直感(ちょっかん)だけを信じ、
        からまった糸のような小さな手がかりを頼(たよ)りに、
        愛するマネクの消息(しょうそく)を
        追っていく!

        そして、
        マチルダの直感は、
        現実となり、
        感動的なラストへと向かっていく。


        その姿を、へんにドラマチックにはせず、
        等身大(とうしんだい)の人間として、
        表現しているところが、
        すごく、良いと思った。



        直感というものは、信念(しんねん)に似ている!


        へたな願望のような、
        浅(あさ)はかな勘(かん)は、
        あまり、当たることはないし、
        また、そういう勘(かん)が、
        人を幸せに導(みちび)くことは、
        少ない。

        けれど、信念をともなった直感は、
        時として、人を幸せに、みちびく。


        人は、だいたいは、
        常識(じょうしき)や理屈(りくつ)で動くものだ。
        けれど、時として、
        常識や理屈では違(ちが)っていても、
        どうしても、こうするべきだ!という、
        直感に従(したが)う時もある。

        また、常識や理屈では、
        そうすべきではないのに、
        感情が、どうしてもこうしたい!という
        強い信念を、ともなうこともある。

        そういう時は、その直感に従ったほうが、
        成功する場合もある。

        なぜ?そうしたか?と聞かれて、


        「どうしても、そうしたかったからだ!」


        と、答えるしかない時もある。


        理屈を、とるべきか?
        直感を、とるべきか?

        その見極(みきわ)めが、
        たいへん難(むずか)しいと思う。


        仏法(ぶっぽう)では、
        その信念を、ともなった直感のことを、
        「仏智(ぶっち)」と言う。

        「仏(ほとけ)の知恵」という意味だ。

        この仏智(ぶっち)は、ヒラメキに似(に)ていて、
        理屈はともあれ、
        仏智(ぶっち)として、
        ひらめいたとおりに行動すると、
        成功する。

        成功するから、仏智なんだけれども・・。


        ぼくが知っている創価学会(そうかがっかい)の婦人に、
        理屈は、すごく苦手だけれど、
        直感が、すごく!鋭(するど)い人がいる。

        その人は、こころに、ご本尊(ほんぞん)を、
        いつも、抱(だ)きしめているような人だ。

        (ご本尊とは、創価学会で、
         南無妙法蓮華経を、となえる対象[たいしょう]として、
         信じている、祈りの対象です)

        彼女は、理屈は、わからなくても、
        「だって、私は、そうしたいんだもの!」
        「だって、私は、そうしたほうが、
         いいと思うんだもの!」と、よく言う!

        それで、常識から考えて、
        とうてい無理(むり)だと思われるようなことも、
        成功させている!

        だから、ぼくは、
        「そうして、良かったですね!」
        としか、言えない。

        すごい人だと、思う。


        問題は、この仏智が、
        どうやったら出てくるかだと思う。

        はっきり言うと、
        『仏智(ぶっち)』は、
        南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
        となえないと、
        出てこない!


        南無妙法蓮華経は、自分の生命の中にある、
        最高に素晴らしい、仏(ほとけ)の生命を
        ひきだす、鍵(かぎ)に、似ている!

        だから、南無妙法蓮華経を、となえることによって、
        自分の中にある、
        仏(ほとけ)の知恵を開くドアが開(あ)き、
        ヒラメキが、出てくる!


        創価学会員で、創造的(そうぞうてき)な仕事をしている人が、
        創造上の壁(かべ)にぶつかった時に、
        南無妙法蓮華経を、何時間も、となえて、
        仏智であるヒラメキを、ひきだして、
        何度も、何度も、
        壁を、乗り越(こ)えてきたという話しは、
        よく、聞く。


        ぼくも、どうしたらいいか、悩むときなどは、
        南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
        となえると、
        理屈ではなく、
        絶対に、こうするべきだ!という、
        直感と確信が、わいてきて、
        はっきりと、進む道を選ぶことができたことが、
        たくさん、あった!

        また、これからも、
        そうしていくだろうと思う。


        南無妙法蓮華経を、となえると、
        未来の見えない道を、ある意味、
        仏智として、
        自分に見えるようにしてくれる!

        幸せになる道を、わからせてくれる!
        それが、仏智(ぶっち)だと、思う。

        すごいことだと思う。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

        南無妙法蓮華経を、理屈で、
        理解できる人は、いないと思う。

        今日、話した仏智にしても、
        南無妙法蓮華経の力の、
        ほんのわずかな力(ちから)に、すぎないと思う。

        南無妙法蓮華経の力は、
        ほんとうに、すごすぎて、
        とうてい、わからないと思う。


        だから、結論(けつろん)として言えることは、


        『南無妙法蓮華経は、信じるしかない!』


        ということだ・・・・。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


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        こころに、打ち出の小槌を14

        2018.03.28 Wednesday 12:16
        0
          このまえ、
          『星になった少年』という映画を、
          見ました。
          日本人で、初めて、ゾウ使いになった
          少年の物語で、
          哲夢という若くして亡くなった少年の実話を
          もとにして、作られた映画なので、
          大げさな脚色(きゃくしょく)もなく、
          たんたんと描(えが)かれていました。

          それでいて、
          親子の絆(きずな)など、
          しんみりと、ジーンとくる映画でも、ありました。

          また、気が向いたら、
          この映画の話しでもしようと思います。


          この映画を見て、思い出しましたが、
          日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
          御書(ごしょ)に、
          (御書とは、日蓮大聖人が書いた手紙や論文を、
           すべて、集めたものです)
          ゾウの話しが、のっていました。

          御書によると、
          象(ゾウ)は、敵(てき)の力によって、
          強い相手ならば、強い力を、
          弱い相手ならば、それだけの弱い力を
          だして、戦うそうです。
          ゾウは、とても利口(りこう)な、
          やさしい動物なのかもしれません。

          けれど、
          これも、御書に、書いてあるんですが、
          それとは逆(ぎゃく)に、
          ライオンは、
          相手の強い、弱いにかかわらず、
          全力を出して、戦うそうです。

          日蓮大聖人の別の御書(ごしょ)に、

          『師子王(ししおう・ライオン)は、
          前三後一(ぜんさんごいち)と申(もう)して、
          ありの子を、とらんとするにも、
          又(また)たけきものを取らんとする時も、
          いきをいを出す事は、同じき事なり』

          と、あり、ライオンは、
          三本の足を前に、一本の足を後ろに構(かま)えた、
          ベストの姿勢(しせい)で、アリ(虫)の子を
          とろうとする時も、猛獣(もうじゅう)をとろうとする時も、
          全力を出して、戦うという意味です。

          動物学的に、どうかは知りませんが、
          ライオンが、なぜ、
          百獣(ひゃくじゅう)の王かというと、
          たとえ、どんな状況(じょうきょう)であれ、
          ライオンは、全力を、出し切るということだと、
          思います。


          創価学会(そうかがっかい)の信仰を、
          真面目にやって、
          「カリスマ美容師」になった人が
          いるんですが、
          その人が、
          「どうしたら、チャンスを、つかめるか?」
          という質問に対して、

          まず、創価学会の信心、活動を、
          まじめにやることは、当然(とうぜん)として、
          人って、これが、チャンスだっていう時は、
          全力をだすけど、そうでない時は、
          往々(おうおう)にして、全力を出さない場合が、
          多い!
          けれど、本当は、チャンスは、
          どこから生まれるか、わからないので、
          『たとえ、どんな時でも、ベストを尽(つ)くす!!』
          ということを、あげていました。

          また、そのカリスマ美容師が、
          最も、貧乏(びんぼう)で苦しいときに、
          創価学会の先輩に相談したら、
          その時の状況からすると、
          そんな夢みたいなこと、あきらめろ!
          とか言われても、
          おかしくなかったけれど、

          『絶対に、あきらめるな!
          信心根本に、戦っていけば、
          必ず、夢は、かなうよ!!』

          と、力強く、
          励(はげ)まされたそうです。


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


          『ベストを尽(つ)くす!』

          この言葉は、素晴らしい言葉だと思います。
          ベストを尽くすことに、差別(さべつ)はない!
          どんな人でも、ベストを尽くすことは、
          できる!
          それでいて、こんな価値(かち)のある行動は、ない!


          人は、往々(おうおう)にして、
          自分を、世間や人と比(くら)べたりして、
          卑下(ひげ)しがちかもしれない!
          けれど、そんなこと考えるまえに、
          自分に、問いただすべきなんだと思う。

          『自分は、自分にベストを尽くしているのか?』

          小さなことであっても、
          それが、自分の目標を、かなえていく道であり、
          人生の勝利者、
          百獣の王になっていく道なんだと、
          思う・・・・・!


          ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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          こころに、打ち出の小槌を8

          2018.02.10 Saturday 13:04
          0
            先日から、
            映画 「アレキサンダー」を見た、
            感想を話しています。

            歴史的に知られている、
            アレキサンダーの偉業(いぎょう)とは別に、
            このオリバー・ストーン監督の、
            映画・アレキサンダーは、
            やはり、
            アレキサンダーの影(かげ)の部分を、
            題材に、描いている感じがしました。

            そのせいか、偉業を成し遂(と)げた、
            すがすがしさよりも、
            暗く、はかない何かを、
            感ぜずには、いられませんでした・・・。

            ハリウッド映画のような、
            爽快(そうかい)な感じではなく、
            なんか、考えさせられるというか、
            複雑な心境(しんきょう)を、
            想起(そうき)させる、
            そんな映画でした・・・。


            アレキサンダーは、
            過去の英雄に、あこがれ、
            また、人類統合(とうごう)の夢を求めて、
            世界中に、遠征(えんせい)し、戦い、
            勝利してきた。


            けれど、彼の人類統合の夢は、
            かなったのだろうか?


            また、アレキサンダーが、
            征服(せいふく)した土地の民衆たちは、
            アレキサンダーのしたことを、
            本当に、喜んだのだろうか?


            もちろん、彼に征服された土地の民衆も、
            アレキサンダーに感謝するようなことも、
            たくさん、あっただろう。
            また、アレキサンダーも、
            民衆が喜ぶようなことを、
            たくさん、してきたかもしれない。

            けれど、民衆たちは、
            本当に、幸せになったのだろうか?


            否(いな)、きっと、ならなかっだろうと思う。


            第一に、戦争という、
            大量殺戮(さつりく)という行為によって、
            どれだれの悲しみや、憎しみが、
            生まれたことだろう?

            古代のことだからと言っても、
            人間としての感情は、今と、まったく、
            変わらないはずだと思う。

            アレキサンダーは、世界を変えた!
            しかし、民衆は、変わったのだろうか?
            民衆の幸せは、つかめたのだろうか?
            また、アレキサンダーの部下たちの幸せは、
            つかめたのだろうか?


            否(いな)、つかめなかっただろう・・?


            アレキサンダーの理想と夢は、素晴らしかった!
            けれど、現実の人間は、最終的に、
            アレキサンダーに、ついていけなかった!
            なぜならば、そこに現実に生きる人間の幸せが、
            なかったからではないかと、
            思う・・・。


            いったい、アレキサンダーのような、
            崇高(すうこう)な理想と夢を
            いだいた人間の幸せも、
            また、ぼくのような、普通の庶民たちの、
            平凡ではあるけれど、最大に尊(とうと)い、
            ひとりひとりの幸せも、どちらも、両方、
            実現できるような、
            そんなことは、
            できるのだろうか?


            また、アレキサンダーのような人物の幸せも、
            また、世界中の、かけがえのない、
            すべての民衆の幸せも、
            何の矛盾(むじゅん)もなく、実現できるような、
            そんな哲学(てつがく)は、
            存在するんだろうか?


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


            ぼくは、存在(そんざい)する!!
            と、言いたい・・!


            『それが、仏法(ぶっぽう)だ!!!』


            それが、創価学会(そうかがっかい)が、実践する、
            仏法の真髄(しんずい)である、
            南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
            の生命哲学だ!!

            世界中のどんな国の
            どんな人間の望みや、夢や幸せにも、
            完全に、対応(たいおう)することができる、
            絶対に人を、選ばない、
            完璧(かんぺき)な生命哲学が、
            存在する。

            現実の中で、息(いき)づき、
            すべての人が、感じることができる幸福を、
            だれでも、つかんでいける哲学(てつがく)が、
            存在する。


            それが、創価学会が実践(じっせん)する、
            南無妙法蓮華経の仏法だと思う。


            この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
            その完璧な生命哲学を、
            ただ、
            『ご本尊(ほんぞん)に南無妙法蓮華経を、となえる』
            という、
            もっとも単純(たんじゅん)な行為から
            出発することによって、
            すべての人間に、感じとらせ、
            すべての人間に、理解させ、
            すべての人間を、現実に幸せにしてきている!

            それが、できるのが、
            『南無妙法蓮華経を、となえる』という、
            仏法の信仰です。


            もし、アレキサンダーが、
            この、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
            仏法(ぶっぽう)を知っていたならば、
            戦争によるのではなく、
            この南無妙法蓮華経の仏法によって、
            世界を広げ、つなげていくことに、
            なんのためらいもなく、
            挑戦していたことでしょう・・!!

            アレキサンダーほどの人物だったら、
            この南無妙法蓮華経の仏法が、
            どれだけ、
            人々に幸せと平和と価値(かち)をもたらすか、
            瞬時(しゅんじ)にわかったにちがいない。


            現在、それと同じように、
            創価学会は、世界192ヶ国に、
            広がっている。

            そして、これからも、もっと、もっと、
            ひろがっていくでしょう・・・・・!


            それは、まるで、
            アレキサンダーの大遠征のように・・・・


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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            こころに、打ち出の小槌を7

            2018.02.07 Wednesday 11:42
            0
              先日、映画「アレキサンダー」を見た話しを、
              しましたが、
              今日は、その映画の内容について、
              話したいと思います。

              アレキサンダーは、大遠征(だいえんせい)に出て、
              つぎつぎに、勝利を、おさめていきますが、
              故郷のマケドニア(?)には、
              帰ろうとはせず、次々と、
              次の戦争へと、向かいます。

              アレキサンダーの情熱と夢は、
              変わることはなかったけれど、
              8年も、故郷に帰ることもできず、
              過酷(かこく)を極(きわ)める戦争の中で、
              部下たちの心は、どんどん、
              アレキサンダーから、離(はな)れていきます。

              それは、普通の人間として、
              当然のことだと思う・・・。

              アレキサンダーの心を、
              理解できる人は、ほとんど、いなかった。
              それで、反乱も起こり、
              多くの部下も、殺されている。

              アレキサンダーには、普通の生き方は、
              あるいは、普通の幸せを求める生き方は、
              できなかったんだろうか?

              彼には、おそらく、
              安穏(あんのん)としていることが、
              自分に対して、
              許(ゆる)せなかったのでは、ないだろうか?

              理想も、夢も、あっただろうが、
              彼にとっての幸せは、
              ほんとうは、
              『壁(かべ)を超(こ)えること』
              『限界(げんかい)を超えていくこと』
              そのものだったのかも、
              しれない!!

              前へ!前へ!
              みずからの中の恐れを、越えていくこと、
              それ自体が、
              生きている証(あかし)であり、
              幸せだったのだろう・・・。

              彼の失敗は、ともかくとして、
              生きていく上で、大きなものを、
              学ぶことが、できるかもしれない。


              『壁を超えること』
              『限界を超えていくこと』・・・

              こういうことは、アスリートでもなかったら、
              なかなか、考えずらいことかもしれない。
              けれど、だれでも、悩みを、持っている。
              だれでも、もっと幸せになりたいし、
              もっと、成長したいと思っている。

              壁とか限界は、ある意味、
              その人の幸せの限界を、示(しめ)しているし、
              それと同時に、それが、できないところに、
              悩みや不幸が、あるのかもしれない。

              ぼくたちは、
              大きな悩みや、大きな苦境(くきょう)に、
              限界や絶望を、感じることが、
              あるかもしれない。

              けれど、アレキサンダーは、
              『壁を超えること』
              『限界を超えていくこと』を、幸せと考えた。

              だとしたら、悩みや苦境は、
              幸せになるチャンスとなるはずだ!
              「乗り越えられない壁なんか、あるものか!」
              と、挑戦していく心!!
              じつは、この心に、
              幸せは、あるのかもしれない。


              幸せは、
              壁を乗り越えようとする、
              挑戦しようとする、
              その心の中に、ある・・!


              なぜ、壁を乗り越えようとするかといえば、
              だれもが、幸せになりたいからです。

              幸せをつかむためには、
              当然(とうぜん)、さまざまなことに挑戦し、
              乗り越えていかなければならない。

              だから、それは、
              もともと、人間の生命に備(そな)わっている、
              特質と言えるかもしれない。

              言い方を変えれば、
              壁を越える力(ちから)、限界を超えていく力は、
              もともと、人間に備(そな)わっていると
              いうことです。

              それは、
              壁や限界を超えていく
              強靭(きょうじん)な心が、
              人間には、元々(もともと)ある!
              ということです。

              どんなことにも、負けない、
              どんな困難も、乗り越えていく、
              最強の強靭(きょうじん)な心が、
              人間には、あるんです!!

              そして・・、
              その心のことを、
              仏法(ぶっぽう)では、
              『仏界(ぶっかい)』と言います。
              あるいは、「仏界の生命」、
              「仏(ほとけ)の生命」と、言います。

              この、どんな困難も、乗り越えていける、
              すべてを、幸せに変えていける、
              最強で強靭な心(仏界の生命)を、
              自分の中から、
              引き出すことができたなら、
              その人は、必ず、
              勝利者に、幸せに、なれます!

              しかも、その心は、
              さっきも言ったように、
              すべての人の中に、ある。

              ようは、引き出せば、いい!!

              その、仏界の生命の別名を、
              『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』
              と、いいます。

              だから、仏界の生命(こころ)を、
              自分の中から、引き出すためには、
              その仏界の名前を、呼べばいい!!!

              すなわち、
              『南無妙法蓮華経』と、となえれば、
              いいわけです!!!

              世界中の創価学会員の人たちが、
              さまざまな悩みや困難を乗り越えて、
              なぜ?幸せになれるか?という答えは、
              ここに、あると思う。
              自分の中から、どんな困難にも負けない、
              最強で強靭な心(生命)を、引き出す方法を、
              知っているからです。

              すなわち、
              『南無妙法蓮華経と、となえる』ことを、
              知っているからです。

              これは、理屈(りくつ)ではない。
              世界中の、あらゆる創価学会員が、
              自分の人生と、自分の生命で、
              現実に中で、体験し、
              実感(じっかん)していることです。
              だから、強い!!
              だから、どんなことがあっても、
              アレキサンダーのように、負けないで、
              歓喜(かんき)をもって、
              進んでいける!!


              ここに、本当の仏法(ぶっぽう)のスゴサと、
              真髄(しんずい)が、ある・・・・・!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              池田先生の人間革命という小説の前書きで、
              池田先生(創価学会インターナショナル会長)は、

              『一人における、偉大(いだい)なる人間革命は、
              一国の宿命の転換(てんかん)をも、可能にし、
              やがて、全人類の宿命の転換をも、可能にする』

              という内容のことを、話しています。

              池田先生が、言っていました。

              『今、宿命転換(しゅくめいてんかん)している人が、
               いちばん、偉い!』

              仏法(ぶっぽう)では、
              一念三千(いちねんさんぜん)という法則を、
              説いています。

              一念三千とは、一念(いちねん/こころ)の違いによって、
              違う、3000の世界ができていくという、
              生命の法則(ほうそく)です。

              その一念三千(いちねんさんぜん)の法則から言えば、
              自分が、宿命転換したということは、
              世界を変えていることに、等しい。
              自分が変わることによって、
              その自分のいる世界も変わるわけです。

              自分が、宿命転換した分、
              自分も、幸せになり、
              世界も、幸せに、なっていく!

              ようするに、自分の幸せと、世界の幸せが、
              反比例せず、
              同時に、比例(ひれい)して、広がっていく!

              これが、仏法(ぶっぽう)の、
              生命の法則です。
              その価値(かち)と、実践(じっせん)を、
              仏法は、説いている。

              たった、ひとりではあるけれど、
              全世界に等しい価値を、
              一人の生命の中に、有(ゆう)している!

              だから、宿命転換している人が、
              いちばん、偉大だということに、なる!!!
              なぜなら、世界を、
              幸せに、変えているのだから。


              アレキサンダーは、たった一人であったけれども、
              世界を、変えた!
              その勇気と一念は、すごいと思う。

              それと同じように、
              仏法は、宿命転換を、可能にする。
              人間革命を、可能にする。

              それは、どんな人間でも、
              世界を変えることができることを、意味する。
              また、それが、そのまま、
              自分の幸せへと、
              直結(ちょっけつ)していく!

              これは、本当にスゴイと思う。

              平凡な、一庶民であろうと、
              どんな人間であろうと、
              幸せという、生命の次元(じげん)では、
              アレキサンダーのように、
              世界を、変えていける!

              これは、一人の人間に、
              最大の価値と、
              最大の尊敬と
              最大の希望を、
              与(あた)えてくれる!


              こんなスゴイことは、他では、
              絶対にできない!と思う。

              だから、ぼくは、創価学会の中で、
              宿命転換、人間革命をしていく道を、
              歩んでいきたいと思っています・・!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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              こころに、打ち出の小槌を6

              2018.02.03 Saturday 14:27
              0
                このまえ、
                『アレキサンダー』という映画を見ました。

                オリバー・ストーン監督の映画で、
                アレキサンダーの影(かげ)の部分を、題材に、
                描いている感じが、しました。

                歴史上の人物を題材にした映画の場合、
                監督によって、とらえかたが、
                まったく、違(ちが)うので、
                おもしろいと思いました。


                大遠征(だいえんせい)に出発する前に、
                自分の財産を、すべて、
                部下に与(あた)えてしまい、
                部下から、

                「大王、では、あなたは、
                 何を持って、戦いに向かうのですか?」

                と聞かれ、
                アレキサンダーが、

                『私は、ただひとつ!、希望だ!!』

                と言ったという有名なエピソードは、
                映画には、出ていなかったけれど、
                アレキサンダーの胸には、
                青年らしい、まっすぐな、
                大いなる希望が、
                輝(かがや)いていたんだろう!
                と思う。


                希望があれば、何もいらない!
                すがすがしい気がする!!


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                もし、希望が、ゼロだったら、
                それこそ、何も無い!

                けれど、希望が、ほんの、わずかでも、
                あったならば、
                その希望は、
                無限に大きくなっていく可能性を、
                秘(ひ)めている!

                ミュージシャンの、スティービー・ワンダーは、
                目が、見えませんが、
                彼が、
                南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                となえた時、
                かすかでは、あるけれど、
                光が、見えたそうです。

                それで、スティービー・ワンダーは、
                創価学会(そうかがっかい)に入ったということですが、
                これは、べつに、
                スティービー・ワンダーでなくても、
                すべての人に、言えることです!!!

                南無妙法蓮華経を、となえると、
                自分の中から、希望が見えてくる!
                夜から朝に変わるときのように、
                南無妙法蓮華経を、となえると、
                自分の生命から、太陽があがるからだと思う。


                それが、南無妙法蓮華経という希望の法(ほう)です!


                暗(あん)から明(めい)へ!
                絶望から、希望へ!
                あきらめは、くじけない心に!
                憎しみは、感謝と愛情に!
                弱き心は、強い勇気に!

                一念(いちねん/こころ)の変革だろうか?

                それが、できるのが、南無妙法蓮華経であり、
                『南無妙法蓮華経を、となえる』
                と、いうことだと思う。


                そして、
                胸中(きょうちゅう)に、
                希望を、大きく、大きく、
                輝かせて生きる生き方が、
                仏法(ぶっぽう)であり、
                創価学会の生き方なんだと、
                思う・・・・・!


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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