こころに、打ち出の小槌を47

2019.09.21 Saturday 05:34
0
    以前、インターネットで、
    2チャンネルという書き込みを見ていたら、
    創価学会(そうかがっかい)の話しが、
    のっていた。

    「創価学会にだって、悪人は、いるじゃないか!」

    とか、

    「創価学会の人が、みんな、善人(ぜんにん)ではない」

    とかいう話しを、していた。


    それは、そうだと思う。


    創価学会に反逆(はんぎゃく)した人たちだって、
    もとは、創価学会だったわけだし、
    まあ、悪人だから、
    創価学会から出ていったわけだけれど、
    もとはといえば、創価学会員だ。

    創価学会は、

    どんな人でも、幸せにしたい!

    と、願っているわけだから、
    いろいろな人が、創価学会に入ってきて、
    当然(とうぜん)だと思う。


    けれど、信心が、狂(くる)ってしまったら、
    その人は、狂っていく。


    仏法(ぶっぽう)の原因と結果の法則(ほうそく)には、
    一点の狂いもない!

    だから、仏法の信心(しんじん)が狂ってしまった人が、
    おかしくなるのは、
    逆(ぎゃく)の意味で、
    この仏法(ぶっぽう)が、
    真実の法則であることの証明だと思う。

    創価学会に入っても、
    信心がなくなり、創価学会員を
    バカにするようになった人が、
    幸せになったら、おかしい!

    それとは、まったく逆の、
    悲惨(ひさん)な結果が出て当然だと思う。

    だから、逆に、
    仏法の信仰(しんこう)を、
    素直に、純粋(じゅんすい)にやっていると、
    思いもよらなかった幸せを、つかめるのも、
    仏法の道理(どうり)だと思う。


    勘違(かんちが)いしてもらっては、
    困(こま)ると思う。


    池田先生(創価学会インターナショナル会長)も、
    どんな悪人であっても、
    創価学会員である以上、
    なんとか、良くしよう!良くしようと、
    心を、砕(くだ)いていたように思える。


    けれど、ひとたび、
    創価学会に牙(きば)を向いたならば、
    絶対に、許(ゆる)さない!


    なぜかと言うと、その悪を許したら、
    創価学会の清浄(せいじょう)な世界が、
    壊(こわ)されてしまうからだ!

    創造(そうぞう)は、一生、
    破壊(はかい)は、一瞬(いっしゅん)。

    ほんとうは、一瞬の気の緩(ゆる)みも
    許されないのが、人生だと思う。

    だから、悪は、許さない。


    ともかく、仏法(ぶっぽう)は、きびしい!
    勝つか、負けるかだ。

    単純(たんじゅん)に考えると、
    この世界は、
    悪人が勝つか、善人が勝つかの戦場だと思う。

    中途半端(ちゅうとはんぱ)は、ありえない!

    善人が、おとなしくしていれば、
    悪人は、いい気になって、
    どんどん、のさばっていく。

    悪人というものは、際限(さいげん)を知らない。

    日本人は、
    「これくらいは許(ゆる)してやれば、
    いいじゃないか」
    とか、
    そういう、中途半端な黙認(もくにん)を、
    美徳(びとく)と考える傾向(けいこう)があると思う。

    けれど、相手(あいて)が、
    あきらかな悪人の場合、
    それは、
    間違(まちが)いとなる。

    そんなことをして、悪人が反省するとでも、
    思っているのだろうか!

    そんなことは、絶対にない。

    悪人というものは、
    気を許せば、
    許すだけ、際限なく広がっていくものだ。

    ドイツが、昔、
    ナチスだった人たちを許さなかったのも、
    そういうことだと、思う。

    ナチスの悪人を、
    たとえ、地の果(は)てまでも、
    追い詰(つ)め、断罪(だんざい)していく。

    それが、人間としての、
    誠実(せいじつ)な、
    真実の生き方だと思う。


    だから、創価学会も、
    悪人を絶対に、許さない。

    ほんとうに、くどいようでも、
    はたから見たら、みっともないように見えたとしても、
    徹底(てってい)して、悪を責(せ)め、
    追及(ついきゅう)しつづける!


    それが、人間の正義(せいぎ)を、
    善(ぜん)を、
    強く高め、
    自分を、世界を、
    平和に、幸せにしていく
    法則であり、方法だからです。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

    ただし、よく、誤解(ごかい)されるのは、
    創価学会員は、なにも、
    善人になるために、
    信心しているのでは、ない。

    そうではなくて、
    『幸せになるために』、
    信心をしている。

    はたから見て、なんの、けがれもないような、
    いわゆる、石にも棒(ぼう)にも当たらないような、
    そんな善人になる必要は、
    なんにも、ない。

    この、けがれた、みだれきった世界に
    生きている以上、
    ひとくせも、ふたくせも、あって、
    当然だと思う。

    日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の時代に、
    大聖人の弟子で、
    四条金吾(しじょうきんご)という素晴らしい弟子が
    いたけれど、
    彼は、武士だ。

    武士(ぶし)といえば、人を切ることを
    商売としているとも言えるから、
    まあ、悪く言えば、人殺しだ。

    よく考えたら、こんな悪人は、いない。

    けれど、それは、生きていく上で、
    しょうがないことだとも、言える。

    仏法(ぶっぽう)は、
    そういう現実の中で生きている人間を、
    ひとりも、否定(ひてい)しない!

    ひとくせも、ふたくせも、あろうが、
    どんな境遇(きょうぐう)の人であっても、
    その人間の生命の中に、
    輝(かがや)かしく、
    素晴らしい生命を見いだして、
    ひとりひとりが、生活の中で、
    実感(じっかん)でき、
    満足していける最高の幸せを、
    つかませてくれる。


    それが、仏法(ぶっぽう)だと思う。


    あえて言えば、
    どんな傾向性(けいこうせい)がある人間であっても、
    幸せという観点(かんてん)から見て、
    その人が、最大限に生かされていく。

    自分の人間としての傾向性が、
    すべて、プラスへと、変えられていく。

    よく、コメディーで、
    自分が、悪意(あくい)でやっているのに、
    それらが、すべて、良い結果を生み、
    なぜだか、幸せになってしまうという
    ドラマが、ある。

    上の例(れい)は、少々、おおげさだけれども、
    創価学会が実践(じっせん)している、
    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法を、
    真剣に、実践していくと、
    ほんとうに、そうなっていく。


    不思議(ふしぎ)だけれど、
    それが、南無妙法蓮華経の力(ちから)であり、
    仏法が、生命に及(およぼ)ぼす、
    素晴らしい力だと、思う・・・・・。


    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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    こころに、打ち出の小槌を46

    2019.09.08 Sunday 13:22
    0
      まえに、聖教(せいきょう)新聞の
      「わが友に贈(おく)る」に、
      こう、書いてありました。
      (わが友に贈る、は、池田先生
      [創価学会インターナショナル会長]が
      毎日、新聞に、のせてくれている短い
      4・5行のメッセージです)


      『幸福の軌道(きどう)は、
       
      すべて御書(ごしょ)にある!』



      『幸福の軌道は、
      すべて、御書にある!』

      スゴク、心に残(のこ)った。

      御書(ごしょ)というのは、
      日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が
      書かれた論文や手紙を
      すべて集めたものなんだけれど、
      その中に、

      『幸福の軌道のすべてが、ある!』

      ということだ・・・。


      なぜだろう?


      本を読むのが好きな人は、
      だいだい、心の支(ささ)えのように
      思っている本が、あったりする人が多い。

      それは、その本を読むと、
      元気になる。
      勇気がわく。
      希望が、出てくる。
      自分の励(はげ)みになる等が、あげらける。

      しかし、『幸せの軌道のすべてがある!』
      と、言い切れる書物が、あるだろうか?


      それが、『御書(ごしょ)』だという。


      日蓮大聖人は、
      貧(まず)しい漁民の子として生まれたが、
      子供のころから、お寺なので、
      勉学に励(はげ)んだ。

      当時(とうじ)は、
      お寺や寺院は学校のようなもので、
      一流の寺院は、
      現代の大学に等(ひと)しかった。

      日蓮大聖人は、超優秀な子供で、
      とんとん拍子(びょうし)に学位を取得(しゅとく)し、
      なんと、17才で、
      仏教の総本山といえる比叡山(ひえいざん)で、
      今でいう教授(きょうじゅ)になっている。

      現代的に言えば、天才的な頭脳(ずのう)を
      持っていたんだと思う。


      しかも、日蓮大聖人には、誓(ちか)いがあった。


      それは、
      全民衆を、不幸から救いたい!
      はるか未来にまでわたる、
      全民衆を、幸せにしたい!!


      ということだった。

      そして、日蓮大聖人は、
      とうとう、自らの生命で、
      仏法(ぶっぽう)の真髄(しんずい)である
      南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
      悟(さと)っていく!


      この時点で、日蓮大聖人は、躊躇(ちゅうちょ)した。


      「もし、自分が悟った
      仏法(ぶっぽう)の真髄(しんずい)、
      南無妙法蓮華経を、人々に説いたならば、
      想像を絶(ぜっ)する迫害(はくがい)にあうであろう!」


      なぜなら、当時の宗教というものは、
      自分の権力(けんりょく)を思うがままに
      あやつるための道具にしかすぎず、
      権力者にとっては、
      民衆を、自分たちの奴隷(どれい)にする、
      かっこうの材料であり、
      隠(かく)れみのだったからです。

      もし、真実の仏法(ぶっぽう)である
      南無妙法蓮華経を広められてしまったら、
      自分たちの私腹(しふく)を、こやすための宗教が
      否定(ひてい)されてしまい、
      商売、あがったりとなり、
      とんでもない!

      だから、日蓮大聖人を亡(な)き者にしようと、
      徹底的(てっていてき)に迫害してくるのは、
      目に見えていた。


      だが、
      この南無妙法蓮華経を説(と)かなかったら、
      不幸に、あえいでいる人々を、
      救うことはできない!

      だったら、説くべきだ。


      けれど、迫害に負けて、
      途中で降参(こうさん)するようだったら、
      最初から、説かないほうがいい!

      その、とてつもない葛藤(かっとう)の中で、
      日蓮大聖人は、すべての民衆のため、
      もっと言えば、未来の全世界の民衆のために、
      究極(きゅうきょく)の法(ほう)である
      『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』を、
      説こうと、決断する!


      そして、予想(よそう)どおり、
      とてつもない命に及(およ)ぶ、迫害を受けながらも、
      全民衆のために残されたのが、
      この『御書(ごしょ)』だと、
      考えていいと思う。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

      御書は、
      人が、普通、本に期待(きたい)する、
      その本を読むと元気になる。
      勇気がわく。希望が出てくる。
      励(はげ)みになるというレベルでは、
      ないと思う。

      最高の哲学(てつがく)と、
      最高の幸せの法則(ほうそく)を、
      生命に刻(きざ)むことのできる書物、


      それが、御書(ごしょ)なのだろうか!


      御書には、すごく、わかりやすい部分もあるけれど、
      すごく、難(むずか)しい部分もある。

      日蓮大聖人は、手紙を送った相手によって、
      頭の良い人には、難しい内容を、
      なもない庶民(しょみん)には、ほんとうに、
      わかりやすい内容を、
      というように、
      自由自在(じゆうじざい)に、
      表現を変えている。


      創価学会(そうかがっかい)では、
      よく、「御書根本」とか、
      「御書を、心肝(しんかん)に染(そ)める」
      とか言う。

      それは、御書が、
      自分の人生を、幸せに導(みちび)いてくれる!
      あるいは、
      自分の人生を、
      勝利してゆくための鉄則(てっそく)が、
      御書に、すべて、ふくまれている!

      ということだと思う。


      けれど、御書は、難しい・・・。
      だって、古文(こぶん)で書いてあるから・・・


      現代では、
      創価学会の機関紙(きかんし)である聖教新聞や、
      月刊誌『大百蓮華(だいびゃくれんげ)』などで、
      御書の一部分を抜粋(ばっすい)して、
      現代語に訳(やく)して解説してくれているけれど、
      それにしても、御書は、
      理屈(りくつ)で理解しようとするには、
      やはり、
      限界(げんかい)がある。

      どういうことかというと、
      本当の意味では、
      御書を理屈で理解しようとしても、
      それだけでは、

      『自分の人生を幸せにすることは、できない!』

      ということです。


      御書が、人々の夢や希望を、かなえ、
      幸せに導(みちび)く手立(てだ)てとなるのは、
      なぜかというと、
      それは、自ら、南無妙法蓮華経を、となえて、
      仏法の実践(じっせん)をするなかで、
      その実践の中で、自分の生命で、
      御書の内容を、感じとっていくからだと思う。


      御書を、
      現実の人生の、
      幸せを切り開くための書物にするためには、
      やはり、自分で、
      南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を
      実践するしかないということです。


      それ以外、
      『御書』を、
      『幸せ』 『人生の勝利』に
      直結(ちょっけつ)させていく方法は、
      ないでしょう・・・。


      ともかく・・・
      それにしても言えることは、
      人間の、幸福への軌道を、
      あますことなく、明確(めいかく)に、
      表現しきっている書物は、
      『御書(ごしょ)』しかない!

      ということだと、思う・・・。


      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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      こころに、打ち出の小槌を45

      2019.08.27 Tuesday 18:25
      0
        このまえ、
        うちの会社に、
        エホバかなんかの、
        キリスト教の勧誘(かんゆう)の女性が来て、
        ある上司(じょうし)のかたが
        対応したんだれけど、
        その上司は、宗教が嫌(きら)いならしく、

        「人が、何を信仰しようと自由だが、
        宗教を、人に勧(すす)めるのは、
        間違(まちが)っている!

        だいたい、宗教というものは、
        昔は、必要なものだったかもしれないが、
        現代では、必要のないものだ!

        宗教は、無(な)いほうが、いいんだ!
        だいたい、お賽銭(おさいせん)を投げて、
        手を合わせて、幸せになるなんて、
        ばかげているし、
        宗教なんて、人間を、たぶらかす、
        害毒(がいどく)にしかならない!」

        と、言っていた。


        確(たし)かに・・、
        世間一般に考えられているものが、
        宗教だったら、
        うちの上司が言うことは、
        正しいと思う。

        確かに、日本人的な宗教の考え方では、
        宗教は、ほんとうに、ばかげていると思う。

        ともかく、みんなが、やっているから、
        なんとなく、余興(よきょう)でやっている。

        手を合わせているものが、
        ほんとうは、何であるのか、
        調(しら)べもしないで、
        なんとなく、手を合わせている。

        観光宗教、あるいは葬式(そうしき)宗教というのものは、
        観光や金儲(もう)けに都合(つごう)がいいように、
        かってに、適当に作り出された、

        『でたらめの産物(さんぶつ)』

        と言えるので、
        拝(おが)んでいるものの内実(ないじつ)は、
        はっきり言って、
        『げてもの』だと思って間違いないです。


        そんなものに、手を合わせている。


        ところが、
        手を合わせるということは、
        人間の生命的には、
        あなたに(拝[おが]んでいる対象[たいしょう]に)、
        命を、ささげますよ!という意味と、
        科学的な効果(こうか)とが、ある。

        だから、祈っている対象が、
        ゲテモノや化け物(ばけもの)だったら、
        化け物や、ゲテモノに、
        命を、ささげることになって、
        自分の生命が、ゲテモノや化け物に、
        影響(えいきょう)されるので、
        自分の人生に、悪影響を、およぼしたり、
        不幸を、もたらすことはあっても、
        100%、幸せになることはありえない!


        それが、観光宗教や葬式仏教、
        神社信仰だと、言えます。


        だから、うちの上司が言っていることも、
        まんざら、間違ってはいない。


        ただし、そう言えるのも、
        世間一般の日本人レベルでのことです。


        もっと、レベルを上げた考え方をすると、
        うちの上司の言ったことは、
        間違っている。

        ちょうど、幼稚園児(ようちえんじ)には
        正しいと言えることも、
        大学生からみれば間違っているようなものです。

        幼稚園と大学生の例(たと)えは、
        おおげさのように聞こえるかもしれないけれど、
        はっきり言わせていただくと、
        日本人の宗教に対する考え方は、

        「幼稚園なみ」

        と、言わざるをえません。


        宗教には、正邪(せいじゃ)があることを知らない。
        そして、その宗教に対する
        無知(むち)、無認識(むにんしき)が、
        多くの不幸を、もたらしているのも、
        事実(じじつ)です。


        話しは、もどりますが、
        確かに、うちの上司が言うように、
        世間一般で考えているようなものが、
        宗教だったら、
        はっきり言えば、
        そんなものは、やらないほうがいいし、
        かえって、やったら、
        害(がい)になります。

        ただ、そのレベルで考えている人は、
        それより、はるか上のレベルにある、
        現実生活と哲学(てつがく)と、科学と信仰に、
        一点の矛盾(むじゅん)も起こらない、
        一点の無駄(むだ)もない、

        『仏法(ぶっぽう)の哲学』

        が、あることを知らない。

        また、知ろうともしないし、
        信じようともしない。


        よく、創価学会(そうかがっかい)のことを、
        調べもしないで、また、実践(じっせん)してもいないのに、
        偉(えら)そうにバカにしたことを
        話す人がいますが、
        一見、偉そうに見えますが、
        仏法の哲学を知っている人から見ると、
        はっきり言って、
        ほんとうに、間抜(まぬ)けに見えます。

        浅(あさ)はかすぎて、かわいそうになるくらいです。


        それほど、本当の仏法(ぶっぽう)の哲学は、
        スゴイということです。


        創価学会では、そのスゴイ!仏法の哲学を、
        なんの教養(きょうよう)もないような、
        おばあちゃんが、
        しっかりと、自分の生命と心に、
        身につけている!

        それは、どんな人であっても同じで、
        この南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
        の仏法の信仰(しんこう)を、
        しっかり、やっていくと、
        自分の生命に、
        絶対くずれない幸せの哲学を、
        必ず、身に付(つ)けることができる!
        ということです。

        偉大な哲学、レベルが高い宗教ほど、
        人を、選ばないというけれど、
        創価学会のスゴイところは、
        そういうところに、あると思います。


        南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)の信仰は、
        人を、選ばない!


        どんな人でも、
        幸せになる、
        明確な哲学(てつがく)と確信を、
        身に付けることが、できる!


        それは、悩みや問題を解決し、
        夢や希望をかなえて、
        その人を、必ず幸せにしていく。


        すごいことだと、思う。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

        日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
        御書(ごしょ)の中で、
        (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
        論文や手紙を、すべて集めたものです)


        『一念三千(いちねんさんぜん)を、
        識(し)らざる者には、
        仏(ほとけ)・大慈悲(だいじひ)を起こし、 
        五字(妙法蓮華経)の内に、
        この珠(たま[一念三千の法則])を、つつみ、
        末代幼稚(まつだいようち)の頸(くび)に、
        かけさしめ給(たま)う。』

        と、言っている。


        難(むずか)しい話しはともかく、
        現代の宗教に関しては、
        赤ん坊のように、
        なんにも知らない人であっても、
        この南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰によって、

        「幸せになる哲学」と、「幸せになる確信(かくしん)」と、
        「幸せという現実の結果」を、
        必ず、つかむことが、できる!

        ということだと、思う。


        ようするに、どんな人でも、
        必ず、幸せになれる!ということです。


        日蓮大聖人は、徹底的(てっていてき)な理論の人で、

        「わたしの理論(りろん)が、
        人に破(やぶ)られることがないかぎり、
        どんな迫害(はくがい)にあったとしても、
        けっして、従(したが)うことはない!」

        と、言い切った人なので、
        大聖人の言葉は、
        徹底的な理論に裏付(うらづ)けられている。

        そして、その理論を破るような人は、
        いまだ、現れていないし、
        その逆(ぎゃく)に、
        日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
        創価学会が世界に広がるとともに、
        世界中の人たちを、幸せにして、
        その理論の正しさを、
        証明し続けている・・・・。


        ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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        こころに、打ち出の小槌を44

        2019.08.06 Tuesday 12:45
        0
          先日、
          映画『君が世界を変えていく』の、
          話しをしました。

          この短編(たんぺん)映画は、
          池田先生(創価学会インターナショナル会長)のエッセイ、
          『君が世界を変えていく』を、
          映画の中で、抜粋(ばっすい)して、
          朗読(ろうどく)しているんだけれど、
          最後のところで、
          すごく、感動してしまったので、
          今日は、その部分を、
          そのまま、のせたいと思います。


          //////////////////////

          私は思う。

          人は、生まれたとき、

          トルコ人として生まれたのではない。

          アメリカ人として生まれたのではない。

          パレスチナ人として生まれたのでも、

          ユダヤ人として生まれたのでもない。

          それらの名は、小さな「符丁(ふちょう)」にすぎない。
          (符丁とは、商人が、商品につけて値段を示す印や符号)


          生まれたときは、だれもが、

          ひとつの「いのち」として生まれた。

          ひとりの「人間」として生まれた。

          お母さんは、「日本人を産(う)もう」とか

          「アラブ人を産もう」と思って、

          産んだのではなかった。

          ただ、「すこやかな、いのちたれ」

          と願っただけのはずだ。


          青きボスポラス海峡(かいきょう)の上を、

          高く遠く飛んでいる雲は、風は、

          地上の人類を見下(みお)ろしながら、

          こんな、ささやきを、かわしているかもしれない。


          ――― 気づいてください。

          この高い空から見れば、

          世界は、ひとつ。

          だれもが「地球の民(たみ)」。

          「アメリカ人」なんて、いないことを。

          「イラク人」なんて、いないことを。

          いるのは、たまたまアメリカに住んでいる、

          ボブという少年の「いのち」。

          たまたまイラクに住んでいるムハンマという

          少年の「いのち」。


          同じ「地球の子」


          それが、国の名前で分けられて、

          憎(にく)み合えと教えられる!


          気づいてください。


          その愚(おろ)かさを。その傲慢(ごうまん)を。

          この憎しみを次の世代(せだい)に引き継(つ)ぐことの、

          「むごさ」を ――― と。


          今、必要な「地球人意識(いしき)」。

          それは、遠いどこかにあるのではない。

          コンピューターの画面の中にあるのでもない。

          人間として人間のために

          『胸(むね)を痛(いた)める心』の中にあるのだと。


          「あなたが苦しんでいるかぎり、私も苦しむ。
           
           あなたが、だれであろうと!

           あなたの悩みが何であろうと!」


          と。


          //////////////////////

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          category:平和 | by:kokouchi | - | -

          こころに、打ち出の小槌を43

          2019.07.23 Tuesday 12:36
          0
            ●映画・『君が世界を変えていく』を、見て●


            このまえDVDで、
            映画「君が世界を変えていく」を、
            見ました。


            おそらく、
            創価学会(そうかがっかい)の人でなかったら、
            まず、見ることはないDVDだと
            思うんですが、
            アメリカコロンバス国際映画祭(さい)という
            映画祭で、
            「ドキュメンタリー社会問題部門(ぶもん)」と
            「脚本(きゃくほん)部門」で、
            2部門のグランプリに、
            輝(かがや)いたそうです。


            池田先生(創価学会インターナショナル会長)の、
            エッセーをもとに作られていて、
            メインの話しとしては、
            アーノルド・トインビーというイギリスの、
            歴史学者の逸話(いつわ)が、
            展開(てんかい)されています。

            アーノルド・トインビーと言っても、
            知らない人も、多いと思いますが、
            世界では、アインシュタインや、シュヴァイツァーに、
            匹敵(ひってき)するような人物だと、
            評価(ひょうか)されているようです。

            そのトインビー博士が、
            当時(とうじ)、あった、
            ギリシャ・トルコ戦争の取材(しゅざい)のため、
            トルコに行く。

            当時、1915年に、オスマントルコによる、
            アルメニア人虐殺(ぎゃくさつ)が行われ、
            西欧(せいおう)では、
            トルコ人は、人間ではないように考えられ、
            また、宣伝(せんでん)されていた。

            その中で、トインビー博士は、
            当然(とうぜん)、ギリシャ側の話しも聞くと同時に、
            トルコ人難民(なんみん)の現場にも行き、
            トルコ人たちの話しも、
            じかに、聞いていく!

            そして、戦争における真実(しんじつ)を、
            なんの差別(さべつ)もなく、記録し、
            それを、そのまま、
            イギリスの新聞に、載(の)せた。

            そのため、イギリス人のくせに、

            「なんで、トルコ側(がわ)に立つんだ!」

            と、イギリス中から、
            反感(はんかん)と怒(いか)りを買い、
            当時、ロンドン大学の教授であった
            トインビーは、
            大学を、辞(や)めさせられる!


            しかし、トルコでも、
            大きな反響(はんきょう)を呼んだ!


            「なんだって!イギリス人が、
            トルコの、おれたちの言い分(ぶん)を、
            初めて、新聞に公表(こうひょう)してくれた!」


            その驚(おどろ)きと、喜びは、
            大きかったようだ。


            このトルコでの経験が、きっかけとなって、
            トインビー博士は、
            大著(たいちょ)『歴史の研究』を、
            完成させていく。


            一方の意見だけを聞いていたら、
            真実は、見えてこない。
            現場(げんば)に行き、もう一方の意見も、
            じかに聞き、対話(たいわ)していく。


            その中に、真実が見えてくる。


            なぜかと言えば、
            そこにいるのは、
            同じ人間だからだと思う。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・


            真実を語ることは、勇気がいると思う。


            けれど、
            偉大(いだい)な人間は、
            迫害(はくがい)に屈(くっ)しない。

            その誠実な、おおらかな心を持って、
            悠々(ゆうゆう)として、堂々と、
            真実を、語りぬいてゆく!

            そのトインビー博士が、
            自分から、


            『会いたい!対談(たいだん)したい!』


            と、願ったのが、
            池田先生(創価学会インターナショナル会長)
            だと、いう。

            そして、トインビー博士と、池田先生との、
            対談集『二十一世紀の対話』は、
            現在では、20ヶ国語以上に、翻訳(ほんやく)され、
            世界的名著(めいちょ)として、
            世界の平和を願う人々に、
            読まれ、愛され続けている。


            そのトインビー博士が、
            池田先生との対談を、終えようとした時、
            池田先生に、言ったそうです。

            トインビー博士は、一流の大学などから、
            博士号(はくしごう)を、いただいているんですが、
            池田先生に向(む)かって、


            「あなたは、私より、はるかに多くの、
            博士号や名誉称号(めいよしょうごう)を、
            もらうことになるでしょう。」


            と。


            そして、池田先生は、
            現在、世界の大学から、
            300を超(こ)える名誉称号(名誉博士、名誉教授など)を、
            いただき、
            トインビー博士の予言(よげん)どおりと、
            なっている・・・・・・。


            ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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            こころに、打ち出の小槌を42

            2019.07.16 Tuesday 13:00
            0
              昔、子供のころ、
              学校に、
              すごく魅力(みりょく)がある先生が、
              いた。

              なぜだか、
              その先生がいるだけで、
              楽しくなった。

              子供との接(せっ)し方が、
              すごく、うまくて、
              その先生に話しかけられると、
              うきうきしてきて、
              とっても、楽しくなった。

              子供心に、不思議(ふしぎ)に思って、
              なんとなく、
              その先生を、まねて、
              その先生みたいな感じで、
              友達と接するように
              してみた記憶(きおく)がある。

              そうしたら、なんだか、
              調子(ちょうし)が良くなってきて、
              楽しくなった記憶があります。

              もっとも、子供だから、
              長続きは、しませんでしたが・・。


              今、考えてみると、
              その先生は、
              自分に対(たい)しても、人に対しても、
              心の、持(も)っていきかたが、
              すごく、
              じょうずだったんだと思う。

              その心の持っていきかたを、
              まねしたから、
              子供ながら、
              自分も、
              自分の中から、良(よ)い心を
              引き出すことができて、
              調子よく、楽しくなったんだと思う。


              何を言いたいかというと、
              人が、尊敬(そんけい)するような人物の、
              素晴らしい心と、表現が、
              他の人には、無(な)いということは、
              決して、無い!ということです。

              人が尊敬するような、
              素晴(すば)らしい人が出す、
              素晴らしい心と、パフォーマンスは、
              すべての人間の中に、ある!
              と、いうことです。

              違(ちが)うのは、一方(いっぽう)は、
              自分の中にある素晴らしい心を、
              自然(しぜん)に出しているんだけれど、
              もう一方は、その自分の中にある
              素晴らしい心を、
              出せない、出そうとしていない!
              ということだと思う。


              自分の中にある、
              素晴らしい心を出すスイッチを、
              幸せな人は、
              いつも、押(お)している。


              けれど、不幸な人は、
              素晴らしい心を出すスイッチが、
              あるにも、かかわらず、
              そのスイッチを押していないし、
              決して、押そうとはしない。


              その違いだと思う。


              すべての人間の中に、
              すべての心を引(ひ)き出す
              スイッチは、備(そな)わっている。


              問題は、人生において、
              どのスイッチを押すかということだ。


              その押したスイッチの違いによって、
              人生は、
              大きく変わっていく!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

              心のスイッチの、
              ほとんどのスイッチは、
              自分の努力次第(どりょくしだい)で、
              押すことができる場合もあると思う。


              けれど、
              ひとつだけ・・・!


              自分の努力だけでは、
              どうしても押せないスイッチがある。


              それが、

              『仏界(ぶっかい)の心』

              のスイッチだ。


              仏界の心とは、
              仏(ほとけ)のように、
              強くて、あったかくて、やさしくて、
              幸せに、あふれていて、
              心が満(み)たされ、
              それでいて、
              何者にも負(ま)けない、
              最強にして最高の心の領域(りょういき)です!

              具体的に言えば、
              自分に降(ふ)りかかってくる、
              さまざまな運命の嵐(あらし)、
              その、どうしても避(さ)けがたい、
              困難(こんなん)の嵐、
              普通だったら、どうしても
              乗り越えることが、できないような、
              宿命(しゅくめい)の嵐、

              そのどんな困難な運命(うんめい)の嵐さへ、
              乗り越(こ)え、
              打ち勝つことができる、
              最高にして最強の心が、
              仏界(ぶっかい)の心です。

              この『仏界の心』だけは、
              現実世界の中で、
              どんな努力をしても、
              それだけでは、自分の中から、
              引き出すことは、できない!

              なぜかといえば、
              その仏界の心を引き出すための、
              スイッチが、わからないから、
              引き出しようがない!
              と、いうことです。


              逆(ぎゃく)に言えば、
              そのスイッチが、わかれば、
              その仏界の心を、
              引き出すことができる!


              その仏界の心を引き出す、
              スイッチが、

              『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
              となえる!』

              と、いうことです。


              残念(ざんねん)ながら、
              南無妙法蓮華経を、となえる以外、
              この仏界(ぶっかい)の心を引き出すことは、
              できません!


              日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)は、
              その仏界のスイッチを、
              すべての人間が
              押すことができるように、
              南無妙法蓮華経を、残(のこ)されたんだと思う。


              そして、仏界のスイッチを押す、
              南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を、
              一点の曇(くも)りもなく、
              まっすぐに実践しているのが、
              創価学会(そうかがっかい)なんだと思う。


              それは、
              悩みの解決や夢の実現など、
              南無妙法蓮華経を、となえることによって、
              世界中の創価学会の人たちに起こった、
              あまりにも沢山(たくさん)の
              幸せのドラマが、
              明確(めいかく)に、ありありと、
              物語っている・・・・・・!


              ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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              こころに、打ち出の小槌を41

              2019.06.17 Monday 13:28
              0
                この前、
                ちょっと用事があって、
                創価学会員(そうかがっかいいん)の
                80才くらいのおじいさんに、
                会いに行きました。

                そのおじいさんに会うと、
                いろんな話しを、してくれるんですが、
                お孫(まご)さんの話しを、
                よく、してくれます。


                おじいさんには、
                お孫(まご)さんが、
                たくさん、いて、
                みんな、すごく、優秀で、
                おじいさんの自慢(じまん)です。

                その、お孫さんの一人は、
                女の子なんだけれど、
                やはり、すごく優秀(ゆうしゅう)で、
                大学で科学者めざして、
                がんばっているそうです。

                その女の子は、
                創価学会の信心と活動も、
                熱心(ねっしん)で、
                教授に、堂々と聖教(せいきょう)新聞を見せたり、
                この前は、大学のキャンパス内で、
                池田先生(創価学会インターナショナル会長)
                の写真展をやって、
                その責任者として
                活躍(かつやく)したそうです。

                彼女は、雄弁(ゆうべん)で、
                しかも人間的に、
                すごく魅力(みりょく)があるそうで、
                どうしても、うちの子供の家庭教師になってくれ!
                とか、よく言われて、
                家庭教師も、たいへんだそうです。

                大学の友達からも人気があって、
                友達が、学校の売店で、
                ぜひとも、アルバイトに来てほしいとか言って、
                きかないそうです。


                そういう、優秀な孫たちが、
                たくさん、いて、
                おじいさんの、
                生きがいになっています。


                それで、思ったけど、
                この創価学会が実践(じっせん)している、
                南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の
                仏法(ぶっぽう)は、
                自分を幸せにするだけでなく、
                自分の子供、
                孫までも、
                幸せにしていく!

                幸せが自分だけで途切(とぎ)れず、
                家族や子孫までも、
                伝(つた)わっていくということです。


                ほんとうの幸せというものは、
                そういうものだと思う。


                南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
                創価学会の活動によって、
                自分の生命に、
                『福運(ふくうん)』が、
                きざまれていく。

                福運とは、生命に、たくわえられた、
                幸せの元(もと)みたいなもので、
                これが、たくさん、あると幸せになります。

                その「幸せの元」である福運が、
                自分だけでなく、周(まわ)りの人たち、
                子供、孫、
                そして、子孫代々(しそんだいだい)までも
                広がっていき、
                みんなを幸せにしていく。


                それが、仏法の力(ちから)であり、
                南無妙法蓮華経を
                となえぬいた福運のスゴサであり、
                南無妙法蓮華経が、
                その、人間を生命の底(そこ)から幸せにする、
                スゴイ!エネルギーだと思う。


                よく、
                この創価学会の仏法の信仰(しんこう)をやりきると、

                『絶対的(ぜったいてき)な幸せ』、
                『永遠(えいえん)の幸せ』を、つかめる!

                というけれど、
                それは、ほんとうなんだと思う。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
                御書(ごしょ)に、

                (御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
                論文や手紙を、すべて集めたものです。)


                『かれ草が広がる草原(そうげん)に、
                たった一点の火を、つけただけで、
                その火は、どんどんと広がり、
                やがて、草原いっぱいに、
                広がっていく!

                それと、同じように、
                自分の信心(しんじん)で
                つちかった福運も、
                子供へ、子孫(しそん)へ、
                そして、全世界へと、ひろがっていく。』


                という話しが、書いてあった。



                「創価学会員が、なぜ、幸せか?」


                というと、

                自分が、
                南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)の信仰と
                創価学会の活動によって、
                つちかってきた福運は、
                消えない!!!


                美人の奥さんがいようが、いまいが、
                病気だろうが、健康だろうが、
                財産(ざいさん)があろうが、なかろうが、
                そんなことは関係なく、
                自分が刻(きざ)んだ福運の火は、
                当然(とうぜん)のごとく、
                野原いっぱいに広がり、
                そして、
                全世界、全宇宙に、
                広がっていく!

                自分の灯(とも)した福運の火は、
                自分が、死んでも、

                自分が、


                『今まで、生きてきた!』


                という証(あかし)として、
                永遠に広がり続ける!

                まるで、自分の存在の価値(かち)を、
                全宇宙が賞賛し、
                祝福(しゅくふく)しているかのように!

                そして、それは、
                そのまま、自分の子供、子孫、世界に、
                伝(つた)わっていく。

                自分の生きてきた世界に、
                自分の生きてきた宇宙に、
                自分が生きた証(あかし)として、
                自分が、刻(きざ)んだ福運が、
                永遠に残り、広がり続ける。

                そのことが、そのまま、
                「自分の幸せ」となって開花(かいか)していき、
                また、そのことを、
                自分の生命(せいめい)で、
                感じることが、できる!!


                自分が、生きてきたという価値を、
                全宇宙が、すべての生命が、
                最高最大に認(みと)めてくれ、
                絶賛(ぜっさん)してくれ、
                心から、尊敬(そんけい)してくれる!


                そのことを、
                心から感じることのできる生き方が、
                創価学会の生き方であり、
                南無妙法蓮華経を、となえて生きる、
                生き方だと思う。



                おそらく、こんな幸せなことは、
                他には、絶対に無いと思う!



                それが、できるのが、
                南無妙法蓮華経の仏法であり、
                創価学会の活動なんだと思うと、
                こころから、
                感謝(かんしゃ)を、おぼえる・・・・。


                ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                category:幸せ | by:kokouchi | - | -

                こころに、打ち出の小槌を40

                2019.05.18 Saturday 05:55
                0
                  希望は、光る

                  わが胸(むね)の中に!

                  無限(むげん)の希望を

                  生み出して

                  力強く進みゆけ!



                  これは、池田先生が、
                  「わが友に贈(おく)る」として、
                  聖教(せいきょう)新聞の一面に、
                  毎日、掲載(けいさい)していてくれる
                  4、5行のメッセージです。


                  大変、気に入ったらしく、
                  ノートに残(のこ)してありました!


                  ぼくは、正直(しょうじき)、
                  聖教新聞を、
                  すみから、すみまで読むわけでは
                  ありませんが、
                  毎日、聖教新聞を手にした時に、
                  この「わが友に贈る」だけは、
                  必ず、読みます。

                  だって、読むのに、
                  10秒も、かからないし、
                  たったの、それだけのことなんだけれど、
                  毎日、すごく、
                  励(はげ)みになります。


                  それを考えると、つくづく、
                  池田先生(創価学会インターナショナル会長)は、
                  すごいと思う。

                  池田先生は、聖教新聞に、
                  長いメッセージとか、
                  随筆(ずいひつ)、長編詩(ちょうへんし)とかも、
                  のせてくれるけれど、
                  読むのが大変で、
                  なかなか、読めない場合もあると思う。


                  けれど、この、たった五行の、
                  「わが友に贈る」は、
                  だれでも、読める!


                  しかも、いつも、確信(かくしん)をついている!
                  こころに残る!


                  池田先生が、
                  どれだけ、きめ細やかに、
                  創価学会員(そうかがっかいいん)の
                  ひとりひとりのことを考えているかが、
                  よく、わかると思います。



                  人間の心というのは不思議(ふしぎ)で、
                  気持ちの、ほんの、
                  わずかな違(ちが)いで、
                  天国と地獄(じごく)を、
                  わけてしまうようなことが、
                  よく、ある!


                  「なぜ、あの時、こう考えなかったんだろう!」


                  「なぜ、あの時、あんなバカなことを、
                   考えてしまったんだろう!」


                  と、後悔(こうかい)することも、
                  あるかもしれない。


                  それも、それらの心の機微(きび)は、
                  ほんのわずかな違いだ!


                  光は、ほんのわずか角度(かくど)が違っただけで、
                  長い年月の間に、
                  膨大(ぼうだい)な距離の違いが、
                  出てきてしまう!


                  心も、同じだと思う。


                  あと、もう少し、希望を持って生きていれば・・、
                  あと、ほんのちょっと、気を引き締(し)めて、
                  生きていれば・・、

                  その一日は、素晴らしい一日になったかも、
                  しれない。

                  まして、それが、積(つ)み重なり、
                  一生の間には、取り返しのつかない、
                  大きな差(さ)が、できてしまう。


                  それが、現実だと思う。


                  この、池田先生が、毎日、
                  聖教新聞に、のせていてくれる、
                  「わが友に贈る」にしても、
                  ほんの小さなことかもしれない。

                  でも、
                  この「わが友に贈る」を読んで、


                  「よし!今日も、がんばろう」

                  「今日も、気合(きあい)を入れていくぞ!」

                  「気持ちを、しっかり、持たなくちゃ!」


                  と、
                  どけだけ、沢山(たくさん)のひとたちが、
                  その、たった一言に励まされ、
                  一日を、惰性(だせい)に流されず、
                  勇気を持って、過ごすことが
                  できたことか!


                  そう考えると、
                  すごいと思う。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                  池田先生が、前に、

                  「信心(しんじん)とは、泡(あわ)のようなものだ!」

                  と、言っていた。


                  あるようでもあり、ないようでもある!

                  仏法(ぶっぽう)は、心の法則(ほうそく)だから、
                  自分の中に、無限の希望があるといえば、
                  自分の中に、無限の希望が、生まれる。

                  希望なんか無い!と言えば、
                  希望は、なくなり、絶望と地獄の心で、
                  真っ暗(まっくら)になっていく!


                  きっかけは、いつも、
                  ほんの少しのことだ!

                  たった一言の励(はげ)ましかもしれない!


                  そのたった一言の努力を、
                  決して、怠(おこた)らない人!


                  その人は、真実に、
                  誠意(せいい)と真心の人であり、
                  人間の王者であり、
                  こころから、
                  尊敬(そんけい)すべき人間だと思う。


                  ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

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                  category:希望 | by:kokouchi | - | -

                  こころに、打ち出の小槌を39

                  2019.05.06 Monday 06:00
                  0
                    まえに、
                    創価学会(そうかがっかい)の友達に誘(さそ)われて、
                    「ダカーポ」という
                    グループのコンサートに、
                    行ったことがありました。


                    ダカーポと言っても、知らないと思いますが、
                    かなり昔のグループです。

                    「野に咲(さ)く花のように」
                    という歌が有名なようで、
                    聖教(せいきょう)新聞で、
                    池田先生(創価学会インターナショナル会長)の
                    随筆(ずいひつ)に、
                    その「野に咲く花のように」の歌の話しが出ていて、
                    池田先生は、そこから、
                    いろいろと話しを展開(てんかい)されていました。


                    野に咲く花は、庶民(しょみん)の花、

                    野に咲く花は、たくましい。

                    どんな目立(めだ)たないところでも、
                    また、踏(ふ)まれても、
                    たくましく、美しく咲いていく。

                    その花たちを、
                    創価学会の女性たちのようだと、
                    讃(たた)えていた。


                    その随筆の中に、


                    『静(しず)かなる革命』


                    という言葉が、出てきた。


                    すごく清らかで、芯(しん)が強くて、
                    魅力(みりょく)のある言葉だと思った。


                    創価学会の革命(かくめい)は、

                    『静かなる革命』

                    だと思う。

                    けっして、目立たないし、
                    大げさなことでは、ない!

                    一人一人を、励(はげ)ましていく。
                    一人一人に、希望を与(あた)えていく。
                    おのおのが、幸せになっていくために、
                    希望の、勇気の、団結を、
                    ひとりひとりと、結(むす)んでいく!


                    すべては、一人から始まる!


                    ひとりを、幸せにすることに、
                    全力を、尽(つ)くす!


                    なぜならば、
                    一人を、幸せにすることができたなら、
                    幸せの、希望の波動(はどう)は、
                    一人から2人、2人から3人と広がり、
                    やがて、その幸せの波動は、
                    地域へ、世界へと、
                    広がっていくからだ。


                    最も、地味(じみ)だけれども、
                    最も価値(かち)のある、
                    あたたかい、幸せの革命。

                    それが、創価学会の

                    『静かなる革命』

                    だと、思う。


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                    いくら、たくさんの聴衆(ちょうしゅう)の前で、
                    偉(えら)そうなことを言っても、
                    ひとりの人を幸せにできないのなら、
                    なんの価値もない。


                    ほんとうに、一人の人を、
                    幸せにすることが、できるか、どうか?


                    それが、真実の信仰(しんこう)か、
                    そうでないかの、
                    違(ちが)いだと思う。


                    南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
                    の仏法(ぶっぽう)は、
                    ひとりの人を、
                    確実に幸せにすることのできる
                    法則(ほうそく)だと思う。

                    それを、創価学会のひとりひとりが、
                    証明してきた。

                    だから、世界192ヵ国に広がる
                    素晴らしい創価学会が、
                    あるんだと思う。


                    現代という時代は、
                    ひとりの人間を、
                    無力(むりょく)だと考えがちであり、
                    自分なんか!と、
                    卑下(ひげ)する傾向(けいこう)があるようだ。


                    けれど、ほんとうは、
                    一人の人間ほど、
                    偉大(いだい)なものは、ない!

                    一人の人間の中に、世界を変える、
                    無限(むげん)の可能性(かのうせい)が、
                    秘(ひ)められている!


                    その一人の人間の価値を、
                    最高に高め、
                    一人の人間の可能性を、
                    最高に開花させているのが、
                    創価学会が実践(じっせん)している、

                    『南無妙法蓮華経を、となえて生きる!』

                    仏法(ぶっぽう)の信仰なんだと、
                    こころから思う・・・・・。


                    ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                    JUGEMテーマ:日記・一般



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                    こころに、打ち出の小槌を38

                    2019.04.17 Wednesday 22:00
                    0
                      以前、
                      「救命病棟(きゅうめいびょうとう)24時」
                      というドラマが好きで、
                      見ていました。

                      その中で、
                      水道菅(すいどうかん)の工事をする人が、
                      怪我(けが)で入院してくる。

                      そのドラマは、
                      東京に大地震が起こったという設定(せってい)だから、
                      その水道菅の工事をする人が、
                      そこらじゅう、水道菅が破裂(はれつ)して、
                      めちゃめちゃ、大変だった・・
                      という話しを、する。


                      それで、医者の人が、


                      「やめたいと思いませんでしたか?」


                      と、聞く。


                      その入院してきた水道菅の工事の人は、
                      やめようと思ったけど、
                      あるとき、
                      銭湯(せんとう)を無料で開放するということで、
                      銭湯の水道菅の修理(しゅうり)をしたそうです。

                      それで、修理ができて、
                      お湯が出た時、
                      子供も、大人も、
                      ほんとうに喜(よろこ)んで、
                      その姿を見て、
                      その人は思ったそうです。


                      「だれも、知らなくても、いい。
                       だれも、感謝してくれなくても、いい。
                       だれも、認(みと)めてくれなくても、いい。
                       やってやろうじゃないか!」


                      って、そう思ったと言っていました。



                      ちょっと、くさくて、
                      ドラマでなかったら、
                      とても、言えそうにない言葉ですが、
                      そういうことは、
                      だれでも、思っていることだと、
                      思う。


                      だれもが、認めてくれて、
                      感謝(かんしゃ)してくれる。

                      それが、いつも自覚(じかく)できるような仕事だったら、
                      人は、仕事を、やる気になる。

                      けれど、そんな恵(めぐ)まれた仕事をしている人は、
                      それほど、いないと思う。

                      だから、つらい。

                      あまり、気付(きづ)かれない、
                      また、見えてこない、
                      影(かげ)の仕事、

                      それが、ほとんどの仕事だと思う。


                      見えない努力、見えない真心(まごころ)、
                      それを、ひとことでも、
                      認めてくれて、感謝してくれたら、
                      その人は、どんなに、
                      喜ぶか、しれない。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                      仏法(ぶっぽう)では、

                      『冥(みょう)の照覧(しょうらん)』

                      という言葉がある。

                      人には、見えない努力、
                      人には、見えない真心、
                      人には、見えない誠意(せいい)の行動、

                      それは、今は、見えなくても、
                      やがて、大きな花を咲(さ)かせ、
                      みんなから賞賛される、
                      素晴らしい結果(けっか)として、
                      結実(けつじつ)していく!
                      というような意味です。

                      仏法は、
                      因果(いんが)の法則(ほうそく)だから、
                      うそを、つかない!

                      やったら、必ず、結果が出るのが、
                      仏法(ぶっぽう)です!

                      だから、創価学会(そうかがっかい)が実践している、
                      仏法を根本にした行動は、
                      ひとつも、無駄(むだ)がない。

                      すべてが、報(むく)われていく。

                      必ず、そうなるのが、仏法(ぶっぽう)だからです。


                      けれど、世間は、違(ちが)う。


                      どんなに努力しても、報(むく)われないで、
                      沈(しず)んでいってしまう人たちが、
                      どれだけ、たくさん、いることか!

                      かえって、努力が報われないことの方が、
                      普通のようにも、思える!


                      それでは、あまりにも、かわいそうだ。


                      そうならないために、
                      創価学会の人たちは、
                      南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
                      となえる!


                      南無妙法蓮華経は、
                      努力が、必ず、
                      むくわれる法則(ほうそく)だからです。


                      南無妙法蓮華経の、蓮華(れんげ)は、
                      ハスの花を意味しているようで、
                      ハスの花は、泥(どろ)の中からでも、
                      花を、咲かせる!

                      すなわち、どんな苛酷(かこく)な運命にあろうとも、
                      どんなに暗(くら)い泥のような人生のなかにあっても、
                      必ず、素晴らしい幸せの花を
                      咲かせることができることを意味しています。

                      また、ハスの花は、
                      花と実(み)を、同時につけることから、
                      原因(げんいん)と結果が、
                      同時に現(あらわ)れるという、
                      意味も、あるようです。

                      それは、「努力」という「原因」によって、
                      かならず、『結果』がついてくる!
                      幸せになるために努力したということは、
                      同時に、『幸せの結果』が含(ふく)まれているので、
                      必ず、幸せになっていけることを、
                      意味しています。


                      その法則が、南無妙法蓮華経です。


                      南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)とは、
                      宇宙の、幸せの、勝利の、リズムです。

                      そのリズムを、自分で、となえて、
                      自分の生命に、きざむことによって、
                      自分の中に、勝利の、幸せのリズムが、
                      復活(ふっかつ)する。


                      自分の中から、勝利の、幸せのリズムが、
                      湧(わ)き上がってくる!!


                      そうなることによって、
                      花と実が同時にあらわれるように、
                      努力という原因によって、
                      勝利、幸せという結果が、
                      必ず、現れてくるようになる!


                      これが、
                      南無妙法蓮華経をとなえると、
                      いうことだと思う・・・・。


                      だから、
                      南無妙法蓮華経を、となえていると、
                      現実の生活のなかで、
                      必ず、幸せという結果の花が、咲いていく!

                      それが、『南無妙法蓮華経』という、
                      必ず、勝利を生むリズムだからです。


                      そう考えると、
                      南無妙法蓮華経を、となえるということほど、
                      幸せなことは、
                      決して、ない・・・・・・。


                      ・・・・・・・・・・・・・つぶやき(こころに、打ち出の小槌を)・・・・・・・・・・・・・

                      JUGEMテーマ:日記・一般



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